６

「再會を祝う気持ちはないんだね」

「あるかんなもん、気持ち悪ぃ。仮にあったとして、ワインもねぇんじゃ杯も上げられねぇだろ」

「そうか、殘念だよDie Haende,um Gott zu fangen。それとも、今は片手間ワンサイドゲーマーと呼ぶべきなのかな？もう、僕の知る君と違うんだね。それにしても君、アルコール飲めるようになったのかい？」

「その通ぉり、中々空気読めんじゃんよBeine,um Gott zu jagen。いやさ、帷子ギルベルト。今は英語式にギルバートって名乗ってんのか？相変わらずアルコールがさっぱりなのは明察だ……まぁいぃ、T.T.S.のNo.2として告げる。お前のしがる俺は土の下だ。墓荒らしならピラミッドでも當たるんだな」

「……そうか、それならば結構だ」

『帷子……ギルバートですって？』

翁面の男と源の會話を聞きながら、絵は未來からの資料に隠されていたもう一つのメッセージを理解した。

業病患者差別史保存委員會副會長、帷子ギルバートは絵へと面を向ける。

「源の仕事ぶりはどうだい？我が強いから君は気苦労が絶えないんじゃないか？」

だが、ギルバートは絵にその返答をさせようとはしなかった。

更に強く押し付けられる足が、彼の呼吸を阻害する。

『この野郎……』

睨みつける絵を見下ろしながら、ギルバートは直垂の袂に手を突っ込んだ。

源が構えるのが、気配で分かる。

だが、非常にけない事に、今の絵には見屆ける以外の選択肢がない。

迫するストレートフラッシュを前に、ギルバートが取り出したのは、アンプル付きの注だった。

源が息を呑むのが聞こえる。

バディが二つの可能を危懼している事を、絵は理解していた。

即ち、投與先がギルバートか絵か、だ。

どちらが良いか、なんて選択肢ではない。

どちらも最悪だ。

かくして、注はギルバート自に突き刺さった。

同時に、一オクターブ跳ね上がったギルバートの聲が源に向く。

「でもそれは仕方がないね。彼は昔からそうだったんだ。噓じゃないよ？僕と彼は年が三つ違うんだけどね、彼はが好きで、僕は嫌いなんだ。逆に僕は魚が好きで、でも彼は嫌いでね。ある時彼は言うんだ。“魚ばっか食ってるお前より、を食ってる俺の方が強い”ってね、笑っちゃうだろ？彼はそれを本気で言うんだ。一部の隙もなく、自信タップリに、本気でね。」

ギルバートは饒舌だった。

面の奧の笑みすら容易に想像出來る。

誇る様に両腕を空に広げ、歯切れよく滔々と紡がれる口調そのものを愉しむ様に、演説をぶち続けた。

「まあそれだけ、僕と彼の付き合いは古いのさ。それでね、彼はいつも言うんだよ。“俺が負けたのはを食う量がなかったからだ”ってね。だから僕はその度彼に言ったさ。“じゃあ次はもっと沢山を食べて來ないとね”って。すると彼はこう言うんだよ。“當たり前だ。次は俺もお前が魚を食う以上にを食って、必ずお前に勝つ”ってね。本當、笑っちゃうよ。だって毎回そんな遣り取りが続くんだよ？でも彼は言い張るんだ。“を食う量が足りなかった”って。頑固だろう？呆れる程に」

でもね、と不意にギルバートの聲が急変した。

まるでに落ちた乙の様な、思春期の甘酸っぱい妄想に耽る様な、トロリとした妖しさに酔い癡れていた。

「でもそんな彼も普段は可らしいんだ。まるで弟みたいに僕の後に付いて來てね。嵐の酷い夜なんて枕を持って僕の部屋まで來て眠るんだよ。可らしいだろ？」

ギルバートの言葉を聞きながら、絵は思う。

もし彼の言が真実なら、い頃の源は、まるで。

『まるで紫姫音じゃない』

例えば、大好きな誰かを獨占しようとする言。

法隆寺でもビック・ベンでも、紫姫音は源と絵の遣り取りにケチをつけた。

時には悪態を吐きながらも、決して離れようとはしない距離で、まるで相手のを確かめる様に。

ギルバートの演説は終わらない。

「分かるだろう？僕が彼に魅了されたその訳が！源はどこまでも真っ直ぐに！そして素直に！僕に相対し続けてくれたんだよ！だから！……だから僕は、彼が緋雅嵯紫音に會いたいと言った時、全力で彼を手助けしたんだ」

再び、強い衝撃が絵を震わせる。

彼の中で、しずつドットがラインをして行く。

『それじゃあ……あの記事は本當だったの？』

緋雅嵯紫音と言う名は、T.T.S.ならずとも世間に知れ渡っていた。

何故なら、あの有名なTLJ-4300SHの末尾を飾る《SH》の由來、世界で初めてタイムマシンを開発した人の名だからだ。

“現代のヨハン・フォン・ノイマン”と呼ばれたタイムマシン開発者とい(かなはじめ)源の間に、線が生まれる。

それを補強する様な、あのタブロイド誌の記事。

“世界初のタイムマシン開発者に隠し子がいた”

そして亜生インターフェイスFIAI紫姫音。

思い返せば、マリヤが攜わった亜生インターフェイスFIAI開発は緋雅嵯紫音を中心に據えて始まっていた。

果たしてこれ等は偶然の一致か、必然の合致か。

『偶然では……ない』

絵は思う。

源が気掛かりにしていた帷子ギルバートの口から飛び出た緋雅嵯紫音の名前を考えるに、その繋がりが偶然である筈がない。

ギルバートが、ゆっくりと絵に手を差し出した。

「君は今の彼のパートナーなんだろう？どうだい？彼の相棒は中々大変だろう？向いていないんだよ」

「止めろギル!!」

を吐く様な源の聲が聞こえるが、絵はギルバートから目を離せない。

「全く以って彼らしくないよね、てんで向きじゃない。一緒にやっていてそう思う事が多いんじゃないかい？」

その言葉は、凪いだ湖の様に靜かなのに、髭の様に絵の強迫観念に蔓延った。

強まる腳力に耐え兼ねて、きをらしながらも、絵はギルバートを睨みつける。

「おいおい、そんなに睨まないでくれよ。ただ僕はこう言いたいだけなんだ」

ギルバートが笑った。様な気がして、圧し潰されそうな絵のに嫌な予が去來する。

『何、よ……』

「お前は源の相棒バディに向いてない。役不足だ」

直後。

キィィィィィィン

ドブジュッ！

「絵！」

どこかで聞いた音が絵の聴覚を揺すり。

彼の左肩に、孔が穿たれた。

「う…っあああああああああああああああああああ……」

焼ける。

そうじた。

左肩を中心に、全が焼き盡くされてしまうと。

意識がどこかに飛ばされて行きそうだ。

だが、それを遮る様に、急速な圧低下が吐き気を呼び込む。

痛い。消える。気持ちが悪い。熱い。溶ける。寒い。凍える。重い。砕ける。崩れる。痺れてペラペラで、淀んでザラザラで、痛くてジクジクする。

ザワザワ五月蠅い五の全てが、急激に鎮まって行く。

薄れ行く意識に死をじた時、その更に向こう側で、対照的な二つの聲が聞こえた。

「酷い歌だ。耳障りでらしさが微塵もない。醜悪だな」

「ギルバートォ!!!!」

そこからしの間、正岡絵は記憶がない。