８

「エリちゃん！すぐTLJを送って！急いで!!!!」

屋敷の中を駆けながら、絵はWITにぶ。

中の傷みに、否応なしに聲は震せていた。

イレギュラーが相次いだ為か、紙園はすんなりと要請を諾。

『早く!!!!早くして!!!!』

儘ならない自のパフォーマンスと背後から聞こえる斷続的な衝突音が嫌な汗と焦燥を生み、絵の時間を引き延ばす。

到著寸前の使用人部屋から蜂の羽音の様な音が響き出す。

二つある襖の東側。

その前に絵が到著した時、音は止んだ。

直ぐに襖を開け放つ。

そこには、無機質極まりない空間が広がっていた。

読者諸賢は、スーパーカミオカンデⅣをご存じだろうか？

岐阜県飛騨市に実在するスーパーカミオカンデⅣは、50,000tの超純水を11,200本の電子倍増管を張り巡らせたタンクにれ、チェレンコフ効果による発現象を観測する為に作られた國有數の大型実験裝置だ。

襖を開けた先は、そのスーパーカミオカンデⅣの部にソックリだった。

規模こそ一畳程に小されているものの、ソフトボール大の半球が壁や部屋を埋め盡くし、それぞれ明な樹脂板で覆われている。

ただその樹脂の中に、スーパーカミオカンデⅣにはないが二つ、埋め込んであった。

一つは、環狀の超小型ハドロン衝突型加速。

歐州原子核研究機構が所有する、LHC、大型ハドロン衝突型加速を小型化した代だ。

そしてもう一つが、その環にれる形で設置された、三角形の黒い板だった。

これがTLJ-4300SH-吽、世界で初めて作られたタイムマシンの片割だ。

タイムマシンと聞くと、読者諸賢の中には某ドクが作った生ごみでく『DMC-12』や、績不振眼鏡小學生男児の保護者たる実質貍型モデルのロボットが機の引き出しに隠し持つを想像される方がいるだろう。

だがこのタイムマシンは、それらとはまるで異なる仕組みを持っている。

TLJ-4300SHは、遠隔作で空間そのものを切り取り、時間跳躍させるのだ。

故にこのタイムマシンは、遠隔端末たる『阿』と時間跳躍用空間裝置の『吽』の二機でセットとなる。

その関係は、言うなればリモコンとチャンネルの関係に近い。

リモコンからの赤外線によってチャンネルが変わる様に、遠隔端末からの時間超越電波によって時間が変わるタイムマシン。

それが、TLJ-4300SHだ。

一畳程の限られた空間に、絵はまず人事不省に陥った有島を押し込める。

ボロボロので中年男を引き摺るのは隨分と骨だったが、屋外の源を思うと文句は言っていられない。

膝を抱く形で有島を押し込み、即座に絵は踵を返す。

続けて川村マリヤを運搬しなくてはならない。

腐敗した畳に幾度も足を取られながら部屋を橫斷し、一息に襖を引き払う。

だが、開け放った押れに、川村マリヤの姿はなかった。

「噓でしょ？何で……」

部を隈なく探してみるが、隠れる余地等全くない。

本命を取り逃す、申し開き出來ないミスだ。

『どうしよう……』

片っ端屋を探すにしても、有島のが保ちそうにない。

だからと言って外に出るのも、帷子ギルバートの存在が恐ろしい。

そもそも、マリヤが消えたか手掛かりが一切ない。

八方は塞り、五里は霧中に包まれた。

手も足も出たものではない。

絵は決斷する。

「源！」

力の限りWITに呼び掛けた、直後だった。

派手な音を立てて、使用人部屋の襖が吹っ飛び、木材と曇りガラスが刺さった源のが転がって來る。

水切りの石ころの様に二度大きくバウンドしたソレは、土壁に當たってようやく運を止めた。

屋敷の骨組みが、嫌な音を立てる。

「源!?源!?!?しっかりして!!!!起きて!!!!」

慌てて源に駆け寄るも、れる前に脇腹を撃ち抜かれた。

再び走ったを打ち抜かれる痛みに絶する。

それを噛み殺し、立ち上がろうと膝を立てるが、適わない。

忘れていた訳ではないが、彼の力はもう、限界だった。

張り付く様な背中の痛みは一向に取れず。その場凌ぎの止が決壊した肩と脇腹からが溢れ、人外な力で罅の這っていた腕が、救済の溜息サァイ・ウィズ・レリーフの出反で完全に折れていた。

それでも、悪魔は足を緩めない。

「白兵戦で僕に勝てた試しなんてなかったのに、そんな事も忘れちゃったのかい？」

手狹な使用人部屋に、堂々とギルバートが這って來る。

月明かりに照らされた直垂には塵も埃もなく、発する聲には息切れをじさせない。

『化』

頭の中に浮かんだ単語は、それだけだった。

源の言葉が、頭を過る。

“アレは尋常じゃねぇ！異常でもねぇ！異端だ！可笑しんだよ存在自が！人の理を完全に外れてる！人の皮を被った別の何かだ！”

その言葉が、今になって絶的に染み渡る。

天と地程も遠い、実力の差。

実際、大で歩くギルバートは絵に一瞥も寄越さなかった。

目を向けるまでもないと言う判斷が、絵の心を砕いて行く。

『駄目だ……敵わない……』

自然と、涙が溢れて來た。

『駄目だ。無理だ。どう足掻いたって勝てない』

悔しさが込み上げて、嗚咽がれる。

一、自分は何が出來ると錯覚していたんだろうか？

ロンドンで出會った頃の源に、追い付けたとでも？

だとしたら、それはとんでもない勘違いだ。

現実はこのたらくだ。

の速さで進行して行く事態に、自分は一何が出來た？

『……何も出來ない』

泣く事しか出來ない現狀が恨めしくて、嗚咽がれた。

今日まで続けて來たあらゆる努力が無に帰して行く様で、歯くて憾で仕方がない。

さめざめと零れて行く涙が、視界を霞ませる。

聲も出せずに命運が盡きて行くのを待つなんて、これ程悔しい事はない。にも拘らず、何かが出來るとは、到底思えない。

彼の手は、金の鎖を握れない。

「…………絵…………」

絞り出す様に、一人の男の聲が聞こえる。

首を傾け、縋る様に転じた視線の先に、塗れの源の、力強い眼差しがあった。

「立…て……早、く………」

弱々しくを吐き、きもしない膝を上げながら、それでも源は手をばす。

這って進もうとして、自らのにる。

憐れみすらじさせるその景を、ただただ泣きながら見るしかない。

そんな自分が恨めしくて、自らの前に立つギルバートを睨む事さえ出來ない。

だが、そんな絵の耳に今一度源の聲が響いた。

「そぉだ絵、さっさと立て」

それは、確かな自信に満ちた強靭な煌きをじさせ、弱々しさ等微塵もない。かつてロンドンで聞いた様な余裕を持った聲だった。

同時に、眼前の死神の姿が消え、使用人部屋の口が吹き飛んだ。

「行け！バディ!!!!!!」

その聲に、絵の中にあった最後の疑問が解けた。

Operation Code:G-3864-proto

追加された作戦名。

そして、紙園エリのあの言葉。

“ごめんなさい。でも、宜しくお願いしますね。”

絵の中に、仄かな希が燈り、彼の腳に、最後の力が籠もった。

地を蹴る。

新で慣らした彼のは、恐ろしくらかい。

限界まで腰を折った姿勢のまま、地面すれすれに腳を漕ぐ。

『行ける!!!!今なら、まだ!!!!!!』

揺るがない確信が、一気に部屋を狹くした。

地に伏す塗れのパートナーに、迷わず手をばす。

そのまま止まる事なくTLJにをり込ませ、朱に染まる相棒のを抱き寄せた。

空かさず閉ざされる襖の奧から、間延びした聲がする。

「悪ぃ絵、文句は全部終わったら聞いてやっから」

涙を流しながら、絵はWITにんだ。

「エリちゃん！跳ばして!!!!!!!!!!」