２

「ちょっと！どーゆー積りよ！WITアレなきゃ私達帰れないでしょ？」

「あら、源を誑かしていても見るものは見ていたのね」

「そんな事はどーでもいーでしょ今は！」

「どーでも良くはないわよ」

「あー言えばこー言うみたいな切り返し止めてくんない！」

自由になった両手をブンブン振り回して熱弁するマリヤを、実に適當な態度でいなしつつ、絵は梁に腰掛けた。

WITを渡した以上、今絵に出來る事は何もない。

だからこうして羽をばしているのだが、相棒バディへの心配が貧乏揺すりとしてれていた。

「別に良いでしょう、會話のリズムは重要よ」

「それこそどーでもいーわよ！あんた本當に正岡絵なの？皮被った源じゃないわよね？」

「唐突に何て事口走っているのよアンタ」

「は？……あ！いや、そんな意味で言った訳じゃ」

「何想像しているのよ下品ね」

「うるさいわね！あんたが言ー出したんでしょーが！」

今にも噛み付かんばかりの剣幕で怒鳴り散らすマリヤを余所に、絵は天を仰ぐ。

「いつの時代も空は高いものね」

「ちょっと、聞―てるの？」

「聞いているでしょ、文句も言わずに」

二人を取り囲む様に、蟲が鳴いている。

朽ちた家屋に差し込む月だけを源に聴いていると、場違いにもそこはかとなく幽玄とした心持ちになって來る。

足元こそ落ち著かないものの、そこ以外は実に悠然たる態度にじるものがあったのか、マリヤは嘆息して絵の隣に座った。

「暢気なもんね」

「井戸に住んでいると、やれる事ないのよ」

「え？」

「知らない？井の中の蛙、大海を知らず」

「えっと……知らない」

「日本の諺よ。井戸に住んでいる蛙は広い海を知らない。世間知らずって事ね」

「あー程」

「これ続きがあるのよ。余り有名ではないけどね。井の中の蛙、大海を知らず、されど天の高さを知る」

「天の高さ……」

「井戸から見たら、さぞ空は高くじるのでしょうね」

「そりゃ地下だからね……ってかさっきから何が言ーたいの？」

直後、絵が笑った。

表を窺っていたマリヤの背に、悪寒が走る様な笑みだった。

心にもない表現をすれば、まるで小をいたぶる子供の様なそれは、純粋であるが故に恐ろしい、狂った笑顔だった。

「例えどれだけ海が広かろうと、終末のラッパが鳴り響いて天罰が下れば逃げようがない」

饒舌な狂喜のは、そこで唐突に表と話題を変えた。

まるで神に告白する様に、穏やかな聲と表だった。

「し、思い出話をしてあげる」

「え？」

「T.T.S.の承認試験をけた時、死に掛けた話」

いきなり不穏な流れに傾いた話題に、絵に対する得の知れない恐怖が膨らむ。

相手の思考が分からない度し難い恐怖が、自然と従順な態度をマリヤに強いた。

「アンタ憶えている？2171年にロンドンで起きた占拠事件」

「憶えてるわ。犯人も被害者もいない謎の事件って言われたアレでしょ？T.T.S.が絡んでるって噂が広まって、どのメディアも砂糖菓子を見付けた蟻みたいに報じてた」

「そうね、T.T.S.絡みってだけでバリューは充分だったのでしょうけど、お蔭で々隠すのに苦労したものよ……まあその果もあって、連中も私が渦中にいた事までは嗅ぎ付けなかったけども」

「そう……良かったわね」

「現場の畫像を見た事は？」

「崩壊寸前のビッグ・ベンなら嫌と言う程見たわよ」

「今からあれを再現するわ」

「何ですって？」

耳を疑った。

ロンドンで起きた舊英國國會議事堂の占拠事件は、現代のオカルトとして有名だ。

センセーショナルなビック・ベンの畫像は、嫌でも人目を惹き、報も集めた。

だが、橙のが時計塔の大半を吹き飛ばす様を目撃した誰もが、犯行組織や被害者を知らない事。

橙のの正と思われる電磁狙撃銃や、その弾さえも発見されなかった事。

周辺一帯のWITやNITの通信記録は丸ごと消失していた事が分かり、今でもこの事件は最も人気のトピックの一つとなっている。

マリヤも一技者として調べた事はあるが、それに目の前のが関わっていたのは知らなかった。

しかも、それを再現すると言う。

「源はそれ知ってんの？」

「知らないけど気付くわよ。その為の一言だもの」

正義の味方とは程遠い笑みを湛え、は今一度天を仰いだ。