２

～2176年10月6日PM9:46 東京～

バニラの匂いが甘ったるく香る部屋で、源は紅茶に口を付ける。正岡絵の側面の１つに、紅茶好きがあった。

キーモンのストレートティーは鼻腔を通るたびに蘭の花の香りをホンワリと漂わせ、バニラと混ざり合う。

ラン科の植２種の共演で一気に華やぐ空気の中に、ナス科の香りをぶち込む。

「それで？」

お気にりの臭いを無粋なナス科に邪魔された怒りと共に、絵は先を促す。

対する源は、焦らすように満點の偽の夜空に向けてプワッと紫煙を吐き出した。

「……後のことはテメェの方が詳しぃだろ……特に言うこたぁねぇよ……」

実際、任務の上ではこれ以上言うことはない。

木佐幸太郎は源の手により2176年までの記憶の一切を失い、佐々木小次郎として舟島に散った。

一般には壯絶な死とされる彼の死も、戦場を歩いた経験のある源にとっては３日後には忘れていそうな、さして記憶に殘らないものだった。

しかしながら、絵にとってはかつての同僚にして、元人の死でもある。

それならば、と相棒バディのよしみでこうして絵の下に寄ったわけだが……

「……なに隠してるの？」

絵に隠しごとやウソは通じなかった。

同すらハッとさせる貌を正面から、しかも上目遣いで向けられると、さすがの源もスキが出る。

思わず目線を逸らしたが、こればかりは言いたくなかった。

「……なんも隠してねぇよ」

～1600年10月21日PM6:20 濃～

「隨分アイツを高く買ってるな。惚れたか？」

源の言葉を嘲笑しながら聞き屆けた木佐は、口の端を歪めながら問い返す。かつて絵の人だった経験を下に、そう判斷したのだろう。

だが、いかなはじめ源はそんな甘い生い立ちで人生を見ていない。

「いぃか、俺は人間兵として造られた化だ。使い潰されてなんぼの道なんだよ」

だからこそ、人だとか、惚れた腫れただとか、そんな生的な幸運をんではいけない。

「こんな化もんとっとといなくなるべきなんだ。だから安心して最前線で命張れんだ。その俺がアイツに惚れてる點があるとすりゃ、そりゃ力の使い方が上手いと思った點だ」

さながら、ファンタジーに出て來る使用者を選定する剣のように、源は言う。

「俺はアイツに使われてぇだけだ。アイツに使われて、アイツに使い潰されるなら、それもまぁ悪くねぇくらいの考えしかねぇよ」

「……なんだそりゃ」

歪な生兵どうぐの歪んだ思いを前に、木佐は心の底から嫉妬する。自分では決して示せない、間違えだらけだが一途な価値観に、ただただ嫉妬の気持ちだけが沸き上がり続けた。

「それがベタ惚れっていうんだろうが」

ボソッと出た言葉と共に、木佐の人生は終わりを迎える。

殘るのは、闘爭本能の殘骸となった１人の哀れな剣士だけだった。