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なぜ思い至らなかった？

突然源が吹き飛んだ景を前に、亜金はほぞを噛む。

刀剣には、その刀にピタリと嵌る鞘がある。銃には、トリガーロックなどの安全裝置が付けられている。

すべからく武とは、暴発防止機構が付いて初めて実戦投されるものだ。

當然、それはSample 13人間兵にも當て嵌まるはずだと、何故か気付けなかった。

ソレ・・が、暴走すれば確実に自らに牙を向けてくる存在であるならば、なおのことに。

一方で、源は２つの大きな衝撃に打ち貫かれていた。

１つは、背中から衝突したが引き裂かれそうな痛み。

もう１つは、実妹の変化に伴う、自への疑念だ。

源自、その存在を考えなかったわけではない。力を使役する者が、その制裝置をするのは、至極當然なことなのだから。

しかしながら、それを突き詰めると真っ先に思い當たる制裝置は、自らの人格だった。

亜金に組み伏された忌むべき男の施設で期を過ごした源にとって、自らのアイデンティティそのものが怪しく思えてならない。

人格形期における価値観の刷り込みという方法は、今昔や洋の東西に関わらず行われてきた伝統的な洗脳方法だ。それほど多用されるということは、有効と効率は人類謹製ものということだ。

長い歴史の中で導かれた最適解に自も當てはめられているかもしれない、という疑念が、弾丸のように源の神を撃ち貫いていた。

しかしながら、源は知らない。

赤い瞳のSample 13を暴走させたのは、源とギルバートという“失敗”が産んだ新たな制機構。その名は、オッカムの剃刀。

スコラ哲學の言葉を獨自に歪めて作られたこの抑止が外れた今、Sample 13は多くの目的を切り捨てて破壊活に専念する。

しかもその対象は、源やギルバート、己をも生み出した男、ジョセフ・クラークにも及んでいた。

源を吹き飛ばしたSample 13は、ワンストライドで亜金とジョセフの前に立ちはだかる。常人を遙かに超えた速移に、亜金は反応すら出來なかった。

しかしながら、今回ばかりは源とてやられっぱなしではない。自の背中が裂いたコンテナから飛び出た中を、反的に亜金の前に立つであろうに投擲していた。

的確な狙いを定める神資質Heiligeを持つ者同士、互いの手のはわかっている。故に出來た蕓當だった。

下から亜金の顔面を突き上げようとするSample 13の側頭部に當たった金屬片は、の視線と幹を崩し、揺らがせ、彼の拳に空を切らせた。そこに、瓦礫の中から飛び出してきたギルバートが追い討ちのミドルキックを打ち込む。

トンネルの奧へ奧へと吹き飛んでいくを追撃すべく、ギルバートが足を掻く、源もそれに続いた。

全てを見ていたはず・・の亜金は、何が起こっているのかもわからないまま、その場にヘタレこむ。

源の人たる彼だが、鉄火場における彼氏の本気を見るのはこれが初めてだった。その圧倒的な破壊力と速度に、絶的な無力をじた亜金は恐怖する。

源が吹き飛んですぐに、突然目の前に現れた。

認識が一杯で反応すら出來ず、気づけばその姿も人と共に再び消えていた。

『……あんなの、どうすりゃいいのよ』

とりあえず何かしないと気が落ち著かない。亜金は震えるを自らギュッと抱き、周囲の様子を確認した。

慘憺たる有様だ。

無數のコンテナが砕け散り、その瓦礫の合間に絵が死んだように転がっている。常人と神資質Heiligeを持つ者との、天と地ほど決定的な力の差を見せつけられる結果が広がっていた。

結局、亜金と絵が出來たことといえば、マイナスだった形勢をなんとかゼロまで立て直しただけだ。

謎の男の出現というイレギュラーを抱えてそこまで持っていけただけでも大金星なのだが、全く持ってそんな気はしない。

どうやら、今出來るのは撤退の準備を進めることだけのようだ。

せめて男イレギュラーだけでもここで排除しておくべきかもしれない。

そう思い立って足元を見て、亜金の背筋は今一度凍りついた。

「いつ、殺ったのよ、あのガキ……」

源やギルバート、Sample 13を産み出した狂気の生科學研究者ジョセフ・クラークは、その優秀な頭脳を潰されて絶命していた。

亜速で飛んで來る赤いを躱して、ギルバートは相棒バディに目配せする。左手で彼の足首を摑む源は黙って首肯した。

２人にとってジョセフ・クラークは、親であり、上であり、因縁深い敵だ。

報恩謝徳にして不倶戴天。著と敵対心のり混じった奇妙で複雑な気持ちのやり場を、末妹は掠め取っていった。

逆恨みのような形になるが、それだけで源とギルバートにとってSample 13を倒す充分すぎる機だ。

まばらだった照明がその數を減らしていき、ネオナチが裏に行った人実験の被験者たちは、ドス黒い闇の中に墮ちていく。