《T.T.S.》File.5 Worthless Road Movie Chapter1-2
2
~2176年12月25日AM2:00 東京~
誰も彼もが、彼らに注目していた。T.T.S.及びP.T.T.S.の記者會見は、異常な數の同時接続者を集めていた。
警察機関が市民を傷つけた、という衝撃的な訴えの真相を、解釈の良し悪しは様々とて、誰もがんでいた。
前世紀に大きく信頼を失った大手メディアは勿論だが、急速な勢いで市場を拡大した人間抜きのAI
メディアや個人運営のメディアサイトなど、多種多様なメディアが結集する中、T.T.S.Master甘鈴蝶の記者會見は始まった。
「これより、先ほど発生したP.T.T.S.作戦行中の事故についての會見を始めます」
無數のフラッシュが焚かれる中、鈴蝶は下げていた頭を上げて記者団を見回した。
そうして一拍の間を挾んで、彼は朗々と告げる。
「まず、會見に先立ってT.T.S.Masterとして申し上げます。今回の事故に乗じて強襲レイドを畫策、実行した反T.T.S.組織、及び薔薇乃棘崇拝組織に告げる。時空間跳躍に要する膨大な演算処理を、今回は特別に貴方たちの居場所を割り出すためだけに割いてあげました。今しがた、あるいは今この瞬間、地元警察が貴方のお宅の玄関を叩くでしょう。全ての証拠ログはこちらでしっかりと保存してあります。安心して有罪判決と獄中生活を手にしてください」
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記者會見の趣旨たる事故さえなければ、間違いなくヘッドラインを賑わせたであろう発表に、會場は騒ついた。
だが、報道的には鮮度抜群でも、鈴蝶にとっては過ぎた話。特に何かを付け足すこともなく、彼は淡々と本題に切り掛かった。
「前置きはここまでにして、本題にります」
《ちょっ、ちょっと待ってください!》
どこかのウェブメディアの記者が遮るので、鈴蝶は目だけを上げて記者団を見る。
「何でしょうか?」
「今しがた仰ったことの詳細は……」
先の回線越しの言葉を継ぐように、會見上に參じた記者が聲で問うて來た。どのメディアも、初報のアドバンテージをしているようだ。
ただ、鈴蝶としては、その件に関してこれ以上述べることはないので困り顔で首を傾げるしかない。
「その件に関して、これ以上こちらから発表出來ることはございません。近日中にも各警察機関の発表があると思いますので、そちらをお待ちください」
管轄が違う。
警察組織の常套句でサラリと流して、鈴蝶は笑顔で催促する。
「進めてもよろしいですか?」
その瞬間、報道陣の半分が慌ただしく退席した。
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よろしくお願いします。と記者団が応えるまでに、たっぷり10秒。
鈴蝶の狙いが、見事に刺さった瞬間だ。
人々の視線を分散させ、世論のT.T.S.への責任追求の一極化を緩和させる。
それをなす最小工數は、自もまた被害者であるとアピールすることだ。
かくして、會見は記者団の揺醒めやらぬ中で始まった。
事故の狀況説明、被害狀況報告、飛散したものの説明など、淡々と進行を進める鈴蝶が見る限り、どの記者もパッとしない表だ。
さて、いよいよ、勝負の時とあいなった。
「以上が事故の概要となります。では、続いて質疑応答に移ります。質問のある方は挙手をお願いします。こちらが指名しますので、社名と氏名を申告の上、質問をお願いします」
ここから5秒間、誰が手を挙げどんな質問をするかがこの會見のイメージを決める。
鈴蝶としては、やることはやった。
先の突発スクープの発表は元より、報作用のお抱え記者を記者団に紛れ込ませることもした。
しかしながら、そこまでしても、及ばないところは存在する。
例えば、目的を1つに絞ってこの場に臨んだ者に、そんな小細工は機能しなかった。
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「質問よろしいでしょうか?」
ピン!と真っ直ぐ挙げられた手は、余りにも威風堂々としていて、自の行に一點の曇りもないと確信しているようだ。
『出たね。人権屋』
人を救うという行為は、とてつもない満足と充実を生む。それこそ、自らの存在意義をそこに見出す者があらわれるほど、その全能は魅的だった。
だが、快に溺れる者は、その快を得るために何でもしだす。
その様子は飢えた獣にも似て、なまじ自の行を正義と信じて疑わないがために、迷いがない。
しかも、拗らせた連中に至っては、そこに自らの責任による過失が生じたとしても、それすら他責として振る舞う。
大義名分を基に、時に傍若無人な他責思考的行すらも是とする、ひたすらに厄介な存在。
その権化が、鈴蝶の前に立ち塞がっていた。
「OF-BY-FOR通信のアナスタシア・プリレーピンです。今回の事件について、被害に遭われた方々にT.T.S.Masterとしていかにケアをするのか、お訊かせいただけますか?」
『“事件”ね……早速か』
初手から堂々と始まった印象作に心苦笑しながらも、鈴蝶は用意していた返答を……言うのをやめた。
何もかもが許せなくて、自他の垣を超えて全ての不幸や不運は絶対自分ではない誰かのせいで、きっと処罰されるべきで、それを決めるのは自分の特権だと信じて疑わない。そんな生き方しか出來ない、折り紙付きの人間嫌いかつ、究極の他責主義者が、剝きで突撃しに來てくれたのだ。
とっておきの極報にして、絶対的に抗えない事実で歓待してやるのが筋だろう。
「ミズ・アナスタシア。ご活躍は予々。常時はコミュニティだけの活をしていらっしゃるのに、わざわざ直接會場まで乗り込んでのご取材、痛みります」
明確な特別扱いから口火を切った鈴蝶の挨拶に、アナスタシアの表が僅かに引き攣った。
慇懃無禮と言えなくもない、ギリギリの煽てに言葉が継げないのだろう。
その躊躇いに、鈴蝶は蜂のように言葉を刺す。
「が、本件を“事件”と稱して當組織に加害意識があったとする片腹痛い印象作、非常に灑落臭く、憾の限りです。仰りたいことの察しはつきますが、社主催の難民救済プログラムを本件に噛ませる余地はありません」
この世には、真摯に被害者に寄り添い、毅然と世の不條理と戦う者たちもいる。
だが、そういった人々は、その多忙さゆえに聲を上げる機會すら失して、存在を小さくしているのが常だ。人を救うと言うのは、それくらいの手間と時間の犠牲がいるのだ。
鈴蝶が指す“人権屋”とは、そこに當てはまらない者たちのことだ。
弱者を自稱することで強者を強請らんとするそのビジネスモデルは、前世紀の前半から顕在化し出した文明社會の膿のような存在だ。
當然、そんな迷千萬な輩と混同されては敵わない。優しき人々は、水面下で“人権屋”の報換をする獨自のネットワークを築いていた。
そこには、鈴蝶も名を連ねている。
「本件の被害者の方々は、すでに地元のNGO団“不如授人以漁”と接されており、そちらからは既に我々に対して被害者の當面の生活保障と損害補填、および醫療費、謝費などの大まかな見積もりが屆いています。正直目も眩むほどの額に上っていますが、どこかのように中抜きを前提としない妥當な値です」
アナスタシアの顔と目から笑顔が消える。
鈴蝶はその目を真っ直ぐに見據えながら小首を傾げる。
「これ以上の措置をおみならば、不如授人以漁の方にお問い合わせいただくのが筋かと存じます」
お前がここにいるのはお門違いだ、と言外に告げて、鈴蝶はアナスタシアの質問に対する返答を締め括った。
だが、質問者の目は死んでいない。鈴蝶からの誹りなど、最初から予想していたのであろう。
それどころか、鈴蝶の態度にどこか納得した様子すらある。
「なるほど、確かにおっしゃる通りですね」
飲み込めないものを無理矢理にでも飲み込んだような、苦悶の表で得心の言葉を絞り出したアナスタシアは、しかし、「ですが」と次いで強い目線を鈴蝶に送り返した。
その行の意味を、鈴蝶は即座に理解する。
眼前の人権屋が満を辭して返す言葉の刃は、T.T.S.の笛どころではない。もっと深くて暗いところに突き刺すためのものなのだと。
「本事件を引き起こしたとされるT.T.S.No.2いかなはじめ源氏は、かつて実施されていたというネオナチによる人実験、新人類組計畫Neuemenschheitherstellungplanの被験者、いや、この場合被害者であるという報があります。T.T.S.はこれを承知の上で彼をエージェントとして雇用していたのでしょうか?」
一気呵に捲し立てられるそばから、鈴蝶は自分のの気が引いていくのをじる。
「アナタ、その話どこで……」
思わずれ出た鈴蝶の聲をどう捉えたのか、アナスタシアは嫣然とした笑みを讃えていた。愉快痛快といった彼の様子を、鈴蝶は改めてに見る。
これから振り手振りをえながらの熱弁でも振るうのかと思われたアナスタシアの手が、すっと下半にびたのを見て、鈴蝶はんだ。
「伏せろ!」
直後、人権屋の腸や子宮に詰められていた薬が弾け、凄まじい衝撃が會見場を吹き飛ばした。
激しい耳鳴りと白飛びした視界、肺を圧迫されてれた呼吸の中で、鈴蝶は慙愧する。
『ヤバい、確かめられた・・・・・・』
DPトリガーという部侵略兵が、かつてあった。源やギルバートのような生兵や、マスタードガスのような化學兵と同様に、國際法によって使用をじられている兵に分類されるこの兵は、実態のない一種の洗脳裝置だ。
対象の深層心理に無意識下の行を起こさせるためのアンカーを沈めて、特定の話題にれた瞬間に本人の意思とは関係なくテロリズムを斷行させる。
冷戦時代の合衆國で裏に生まれたこの技が、ディープウェブの底から掘り起こされて無秩序な連中の手に渡ってしまった話は、ICPOでも問題視していた。が、最悪の形で顕在してしまった。
ならば、と鈴蝶はICPO本部のチャンネルに向けてありったけの聲でぶ。
「本部、聞こえる?本部!こちらT.T.S.本部!DPトリガーが使われた!繰り返す!DPトリガーがT.T.S.本部ウチの襲撃に使われた!」
耳鳴りで聴覚は潰されているが、反響風のノイズを添付しての送信は出來た。
遮蔽に選んだ會見壇に衝撃が來ない様子を見ると、追撃はまだのようだ。
ならば、と鈴蝶は姿勢を低くしたまま即座に行に移る。
いかなはじめ源を取り巻く狀況は、絵の予想通り、そして、鈴蝶の思いのほか、荒れているようだ。
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