は、どんどんトバリのほうに近づいていく。

トバリはその場から一歩もけない。

そして、ゾンビのはトバリのことを不思議そうに見つめながら、トバリのにれた。

「……うん？」

何をしてくるのかと構えていたが、はただトバリの腹部をぺたぺたとっているだけだ。

敵意はない。

こうしていると、ただの無口なに戯れられているように見えなくもなかった。

「ビビった……」

トバリは力して、大きく息を吐く。

なくとも襲われたりすることはなさそうだった。

「でも、なんなんだお前は？」

他のゾンビとは明らかに異なるその様子に、トバリも困する。

他のゾンビは、トバリにここまで近づいてくることはないし、トバリにってきたりもしない。

不思議なゾンビだった。

とりあえず、ここにいても仕方ないので、部屋の外に出ることにした。

「……なんでついてくるんだ？」

トバリが部屋の外に出ると、ゾンビのもトバリの後ろをついてきた。

トバリのそんな問いかけに対しても、は無反応だ。

おそらくゾンビは喋らないので、それも仕方ないことなのだが。

「止まれ」

のきが止まった。

どうやら、命令はしっかりと遵守するようだ。

しかし心なしか、トバリを見つめるの視線が若干厳しくなったような気がする。

「もういいぞ」と言っての拘束を解くと、彼の視線は再び穏やかなものになった。

そんな彼の様子を見て、トバリは頭を悩ませる。

通常のゾンビとは明らかに異なるこのを、野放しにしておいていいものなのか。

そんな思考に対する答えが出ないまま、事態は進行してしまった。

「きゃぁぁぁぁあっ！！」

「っ！？」

の悲鳴が聞こえた。

かなり近い。おそらく小學校の中からだ。

やはり、ここには生き殘りがいたのだ。

そしてその聲が聞こえた瞬間、の様子が明らかに変わった。

ぼんやりとしていたまなざしは鋭いものになり、聲の気配を探るかのように廊下の天井を見つめている。

やがて何かを追うかのように、のゾンビは階段のほうに向かって走っていった。

それはあまりにも人間的なきだった。

トバリが今までに見たことがあるゾンビとは明らかに違う。

トバリは、のあとを追うことにした。

「あいつ足速すぎだろ！」

ぜえぜえと息を吐きながら、トバリは悪態をつく。

トバリはを見失っていた。

三階に繋がる階段を登っていたところまでは見ていたのだが、そこからどこに行ったのかまったくわからないのだ。

今まで下の階をうろついているだけだったゾンビ達も、生きている人間の気配を嗅ぎつけたのか、だんだんと上の階に上がってきている。

三階に生存者がいるのは明白だった。

「あ！　いた！」

ゾンビのが、子トイレの中にっていった。

しだけ躊躇したあと、トバリもすぐにそのあとに続く。

トイレの中には、以外にも一匹のゾンビがいた。

一つだけ閉まったドアを開けようとしているのか、斷続的にドアの表面を爪でガリガリと削っている。

そしてその個室の中から、のすすり泣くような聲が聞こえてくる。

さっき悲鳴をあげていたかもしれない。

ゾンビのはトイレのドアの上に手をかけ、上から個室の中を覗き込んだ。

流れるようなそのきに、トバリは咄嗟に反応できない。

「……ゆりちゃん？　よかった、無事だったのね！」

一瞬の空白のあと、個室の中から再會を喜ぶような聲が聞こえてきた。

もしかすると、ゾンビののことを知っていた人間なのかもしれない。

だが、ゾンビのは笑っていた。

「……ゆり、ちゃん？」

それは、捕食者が獲を見つけたという喜びの現れにほかならない。

それ以外のがあるとしても、それは決して再會を喜ぶようなものではないだろう。

の瞳の中にあるのは、憎しみだ。

人間に対する、溢れんばかりの憎しみ。

そして、それは間違いではなかった。

ゾンビのは、まるで蛇のようなきでトイレの個室に忍び込んだ。

「ゆりちゃ……あああああぁぁあぁああああ！！」

次いで、の絶がトイレにこだまする。

個室のドアが開き、ゾンビのに首を噛み付かれたままのが、わけのわからない言葉を発しながら暴れまわる。

その聲が決定打となり、トイレの辺りにいたゾンビたちがのほうに引き寄せられていく。

我先にとトイレになだれ込むゾンビたちに道を譲り、トバリはその一部始終を靜観していた。

のが壊れていく。

ゾンビのに首を抉り取られ、男のゾンビに指を噛み切られ、のゾンビに足のを齧られ、がただのの塊に変わっていく。

その景を、トバリは穏やかな気持ちで見つめていた。

ゾンビののその憎しみが、トバリにはひどく心地よかった。

やがてを貪るのにも飽きたのか、ゾンビたちはから離れ、ふらふらとどこかへ去っていった。