《終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビをってクラスメイト達に復讐する―》第16話 あの日

「間に合え……っ!!」

八月二十五日。

夏休み中にある、高校の登校日。

安藤はその日も、遅刻ギリギリの時間に學校に到著した。

放り投げるように自転車を停め、全速力で走って教室まで向かう。

ホームルーム開始のチャイムが鳴ったのと、安藤が教室にり込んだのは同時だった。

「ぜぇー、はぁー、ぜぇー、はぁー……。な、なんとか間に合った……」

チャイムの鳴り終わる頃にスライディングすることもあるので、今日はまだ余裕がある方だ。

「おっす。おはようさん」

「ああ。おはよう」

挨拶をしてきた辻つじに応えて、安藤は自分の席に著席した。

そして何気なく、一つの席が空いているのを見つけた。

「……あれ? 今日は亜樹あきさん來てないのか?」

「うーん。まだ來てないみたいだね」

「へぇ……。珍しいこともあるもんだな」

安藤の質問に答えた城谷しろたにも、し困気味だ。

亜樹さんが學校に來ていないのは、珍しいことだった。

毎日毎日、いつも誰よりも早く學校に來ている印象がある。

「沢城さわしろー。お前なんで亜樹さんが學校に來てないのか知らないのか?」

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「……知らない」

沢城に亜樹さんのことを聞いてみたが、そっけない返答が返ってきた。

手元にある本の文字に目を走らせて、こちらのことを見ようともしない。

安藤は軽く鼻を鳴らして、沢城から視線を外す。

沢城は、夜月が不登校になってから、ずっとあんな調子だ。

安藤たちが話しかけても、まるで相手にされない。

もっとも、それを安藤が気にすることなどないが。

「靜かにしろー。ホームルームを始めるぞー」

そんなことを考えているうちに、擔任の教師が教室にってきた。

その聲が響くと、教室の喧騒が徐々におさまっていく。

「ふぁー……」

擔任教師の話を聞き流しながら、安藤は思いきりびをした。

もうすぐ夏休みも終わる。

また、あの退屈な日常が戻ってくる。

退屈だが悪くはない、あの日常が。

しかし、今日は亜樹さんがいない。

亜樹さんがいない學校など、何も面白くない。

「つまんねぇの……」

安藤のそんな呟きは、誰に聞き取られることもなく消えていった。

やはりというかなんと言うか、登校日の授業は退屈だった。

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いつもと同じように、教師が謎の言葉を発し、黒板に文字を綴つづる。

安藤はただ何も考えずに、その文字を寫し取っていく。

「亜樹さん、來ねえかな……」

教師のわかりにくい説明を聞き流していると、突然、教室のドアが開いた。

教室中の目線が、ドアのほうへ集まる。

「すみません。遅れました」

ドアの前に立っている人を視認すると、安藤の心は幸福に包まれた。

「亜樹さん……」

絹のように艶のあるショートヘアの黒髪に、小を彷彿ほうふつとさせるらしい顔立ち。

今日も亜樹さんは、天使かと見間違うほどにしい。

亜樹は微笑みながら教師に向かって一禮すると、自分の席へと著いた。

それを見るだけで、安藤の心は弾んだ。

安藤の、退屈な日常が返ってきた瞬間だった。

「――くん? 安藤くん?」

「えっ?」

し、ボーッとしていたらしい。

気がつくと、不思議そうな表をした亜樹が、安藤の顔をのぞき込んでいた。

「うぉっ!? ど、どうしたんですか?」

「安藤くん、なんかボーッとしてたみたいだから」

そう言っていたずらっぽく笑う亜樹さんに、安藤はが高鳴るのを自覚せざるを得なかった。

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「もう……あんまりびっくりさせないでくださいよ」

それを必死に隠しながら、安藤はコンビニで買っておいたパンを頬張る。

しかし、顔が紅しているのまでは隠すことができない。

それがまた、安藤の恥心を煽あおった。

晝食の時間は、安藤にとって至福の時間だ。

亜樹さんと一緒に食べる晝食は、どんな安モノでも一級品となる。

辻や城谷を含めて、他にも數人よくわからないのが近くにいるが、取るに足らない存在であることは疑うまでもない。

「そういえば亜樹さん。どうして今日はし來るのが遅かったんですか?」

「ちょっとやることがあってね。……ひょっとして、寂しかった?」

「そ、そんなことないですけど……」

――この人は、自分のことを全てわかってくれている。

そんな、安心とも被征服ともとれないようなめながら、安藤は亜樹と共に晝食を食べているのだった。

「――ん? 亜樹さん、なんか聴いてるんですか?」

突然そんな言葉を発したのは、亜樹さんの近くに座っていた中西なかにしだ。

「……チッ」

せっかく亜樹さんのことを全じていたのに、それに水を差されたような気分になった安藤は、中西に向かって思いきり舌打ちする。

しかし、たしかに亜樹さんは耳にイヤホンをつけて、何かを聴いているようだった。

亜樹さんはき通るような微笑を浮かべて、中西の疑問の言葉に答える。

「ラジオをね、聴いてるの。この近くで暴があったみたいだから、その報が流れてこないかな、と思って」

「暴ですか? 日本でそんなことが起きるなんて、最近はおっかないですねぇ……」

中西がしみじみといった様子で聲をらす。

それを安藤は、冷めた目で見ていた。

「暴……ねぇ」

そんなニュース、朝はやっていなかった気がする。

今日、亜樹さんは遅刻してきたので、學校が始まってから流れてきたニュースなのだろうか。

そんなふうにして、晝休みは穏やかに過ぎていった。

そして放課後。

終業のホームルームで、安藤たちは擔任教師から、誰も予想だにしていなかったことを告げられた。

「――え? 下校止って……どういうことですか!? 詳しく説明してください!」

「は!? 意味わかんねえ。なんで帰れないんだよ!?」

「えっと……。いつ帰れるようになるんですか……?」

――下校止。

今まで聞いたことも実行されたこともないそれが、今日に限っては実行されるということで、教室の中は荒れに荒れていた。

擔任教師から驚きの言葉を告げられたクラスメイトたちは、次々に疑問の聲を上げる。

擔任教師は慌てたように眼鏡を押し上げると、つたない説明を始めた。

彼曰く、高校の近くのいたるところで暴が起きているらしく、このまま下校させると、生徒たちの安全が確保できないと判斷した先生たちの決定らしい。

部活も、今日は自粛してほしいとのことだった。

だが、全員の生徒がそれに納得できたわけではなかった。

「……馬鹿らしい。俺は帰るぞ」

「ま、待ちなさい!」

擔任教師の制止の言葉を無視した男子生徒が、そのまま教室の外へと出て行く。

それに続いて、複數の生徒たちも教室を出て行った。

その中には、あの沢城の姿もあった。

「亜樹さん。俺たちはどうします?」

「うーん。先生には悪いけど、わたしたちも帰りましょうか」

「りょうかいっす」

帰るか殘るか迷っていた安藤は、その一言で帰宅することを決める。

他の面々も、亜樹の決定を知って家に帰ることを決めたようだ。

「ま、待ちなさい! こんなことが許されると思っているのか!?」

「それじゃ先生。さようなら」

亜樹さんは微笑みながら先生に向かって軽く手を振り、迷い無い足取りで教室を後にした。

安藤たちも、そのあとに続く。

亜樹たちはそのまま歩きながら、雑談に花を咲かせた。

「亜樹さんは、今日も家の人が迎えに來てくださるんですか?」

「そうだけど。どうして?」

「いや……。今日は暴騒ぎがあったじゃないですか。亜樹さんのご家族の方は大丈夫かなと思いまして」

安藤も、心の中で佐々木ささきの発言に同意していた。

冷靜に考えると、あちこちで暴騒ぎが起きている中で下校するというのは、予想している以上に危険なことではないだろうか。

「心配してくれてありがとう。でも、わたしの家族は大丈夫」

しかし亜樹さんは、そんな佐々木の言葉をやんわりと否定する。

まあ、亜樹さんが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。

「あ、あれじゃないですか? お迎えの車」

「うん。そうみたい」

春日井が指で示した先では、高校には不釣り合いな黒塗りの高級車が近くに駐車しているところだった。

「それじゃあみんな、さようなら」

「はい。また明日です」

「さようなら、亜樹さん」

別れの言葉を言う面々に、亜樹さんは笑顔を浮かべていた。

亜樹さんを車に乗せた車は、すぐに走り去っていく。

殘ったのは、亜樹の周りに群がっていた男たちだけだ。

「……んじゃ、帰るか」

「そうだな」

亜樹がいなくなった男たちには、群れている理由もない。

そこで自然と解散となった。

「ん?」

自転車を走らせていると、道端に何やら人垣ができているのが目に付いた。

「なんだ?」

人間が道端に十數人単位で群がっているなんて、よほど珍しいものでもあるのだろうか。

安藤は自転車から降りて、その中心に何があるのか確かめることにした。

「すみません。これって何やってるんですかね?」

安藤は、すぐ近くにいたおばさんに話しかけた。

だが、俯いたおばさんは安藤の聲には反応せず、ただ人間たちが集まっている中心部へと足を進めたがっている。

そのきは、理ある人間のものとはし異なるように、安藤は思えた。

「あのー……」

その様子を見ている安藤の脳に、不意に蘇ってきた単語があった。

――暴

日本ではまず聞くことのないその単語が、今日に限っては至るところで聞くことができた。

まさか、ここにいる人間たちは、その暴徒だとでも言うのだろうか。

「……ん?」

そこで安藤は、先ほどから耳を叩いている音があるのに気がついた。

その音は最初はあまりにも小さく聞き取れなかったが、なぜか今ははっきりと聞き取ることができる。

「なんだ、この音は……?」

本能的に嫌悪を覚えさせる音が、辺りに響いている。

それは口を開けてを咀嚼そしゃくしているような、そんな想像を掻き立てさせる下品な音だった。

そして、安藤は見てしまった。

「――は?」

十數人単位で群がっている人間たちの隙間から、その中心部にあるものが覗き見える。

それは人間だった。

力なく倒れ込んでおり、のいたるところからを流している。

そして、腕や足のの一部が、奇妙な形にえぐれていた。

安藤にはその傷跡が、人間の歯型にしか見えなかった。

その人間が、まだ生きているようにも、見えなかった。

「なんだよ……なんなんだよ、これっ!?」

その聲に反応して、死に群がっていた人間たちが安藤のほうをふり向く。

「ひっ!?」

安藤は彼らの口元を見て戦慄した。

彼らの口元は、でべったりと汚れていた。

そして、彼らの口はまだいていた。

その口の中にあるものを咀嚼そしゃくして、口の端からを垂れ流している。

そこで安藤はようやく、彼らが先ほどから何をしていたのかを察した。

彼らは、人間のを食べていたのだ。

それも、十數人という大人數で。

「――っ!!」

一瞬の隙をついて、目の前にひとりの男の影が迫っていた。

安藤は咄嗟とっさに避けようとしたが、その男に腕を摑まれてしまう。

男の手は冷たかった。

それはまるで、死人のように……。

「は、離せっ!!」

慌てて振りほどき、安藤は停めておいた自転車にまたがった。

振りほどく時に男の爪が安藤の腕に食いこんでが出ていたが、そんなものは関係ない。

安藤はそのまま、ペダルを踏んだ。

無我夢中になって、自転車を漕ぎ続ける。

(……どうする?)

そんな疑問が、安藤の脳裏を過ぎった。

先ほどの景を思い出す。

あれほどの數の人間が、同じ人間のを食べていたなど、どう考えても異常だ。

まさか、あれと同じようなことが、この街のいたるところで行われているというのだろうか。

……この暴が収まるまで、安全な場所に避難しなければならない。

しかし、いったいどこに行けばいいというのか。

「そうだ、學校なら……!」

先ほどまで、下校することを止していた學校なら、この暴騒ぎも起こっていないはずだ。

安藤は、比較的安全な場所であると思われる、學校へ避難することにした。

學校へ向けて自転車を漕いでいると、安藤は自分のに異常が起こっているのに気がついた。

「なんか、寒いような……」

最初は軽い寒気がある程度だったが、その癥狀はどんどんひどくなっていく。

しまいには、自転車を漕ぐことさえ困難になってきていた。

「なんだ、これ……」

し休もうと思い、安藤は近くの公園に自転車を停めた。

公園に人影はない。

とはいえ、いつ先ほどの暴徒が現れるかわかったものではないので、こんなところで休むわけにもいかなかった。

そこで安藤は、近くにあった公衆便所の個室で休憩することにした。

本來は障害者用のものだが、今は急事態だ。

安藤はトイレの便座に腰掛け、そのまま深い眠りに落ちていった。

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