《終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビをってクラスメイト達に復讐する―》第17話 狂信者
「……ふぁああー」
盛大にあくびをしながら、安藤は目を覚ました。
し頭が痛い。
慣れない環境で寢ているからだろうか。
教室での雑魚寢というのは、思いのほか気が休まらないようだ。
他の生徒たちは、まだ寢ている。
その顔のほとんどは、安藤にとって見覚えのないものだ。
他のクラスの男子生徒も混じっているので、それも當然のことではあるのだが。
カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
世界がどんな有様になっていても、それだけは変わらない。
おぼつかない足取りで、安藤は窓際へと足を向けた。
カーテンをめくって窓から階下を見下ろすと、校庭をフラフラと歩いている複數の人影が視認できる。
安藤は、それが既に人間ではないことを知っていた。
あのあと公衆便所の個室で目を覚ました安藤は、學校に著いてから、事態の複雑さを知ることができた。
まず、安藤が見た、人間のを食べていた者たち……。
あれは既に人間ではなかった。
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致死率百パーセントのウイルスに染し、死亡した人間のれの果て。
彼らは死んでからしばらくするとき出し、生きている人間を襲いはじめる。
要するに、ゾンビだ。
……にわかには信じがたい話だったが、それを踏まえると、安藤に襲いかかってきた男の行にも説明がつく。
しかし、それだけでは説明できないこともあった。
このゾンビウイルスは、ゾンビに噛まれるか、ゾンビに傷つけられた傷口からウイルスがの中にり込んで染するらしい。
そして安藤は、ゾンビと思しき男に、傷をつけられてしまった。
つまり普通なら、安藤もゾンビ化していなければおかしいのだ。
今になって考えると、あの寒気がゾンビウイルスの癥狀だったのだろう。
だが、安藤は染しなかった。
おそらく、安藤のは何らかの要因のおかげで、ゾンビウイルスを克服したのだ。
さらに、學校に帰ってくる頃には、校庭や中庭など校のいたるところにゾンビの姿を確認することができた。
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しかし、彼らは安藤を襲ってくる気配はなく、ただそのあたりを徘徊はいかいしているだけだった。
そのときには、うまく暴徒を撒けた、程度にしか考えていなかったが、後になって考えるとあれはあまりにも不自然だ。
ゾンビは、人間が近づくと襲いかかってくる。
それは既に、この教室の窓から下を見下ろした時に確認済みだ。
そして深夜。
安藤は學校の教室を抜け出し、即席で作られていたバリケードを抜けて、中庭へと向かった。
その際にゾンビに接近したが、彼らは安藤のことを一瞥いちべつするだけで、襲いかかっては來なかった。
つまり安藤は、ゾンビに襲われない能力を手にれたのだ。
この能力が、この世界においては相當なアドバンテージだということは言うまでもない。
ゾンビに襲われないのならば、外を自由に出歩けるので、食糧の調達も容易だ。
それだけではない。
何でも好きなものを、誰にも咎められることなく手できるし、家主がいなくなってしまった家に勝手に住むことすら自由だ。
ならば、安藤がこんな學校に殘る意味など無いに等しいという結論に至るのは、ごく自然なことと言えた。
顔見知りも何人かいるが、わざわざ自分がいて助けるほどの関係でもない。
亜樹さんにならば喜んで食糧を差し出すだろうが、安藤にとって至上の存在である彼も、今學校にはいないようだった。
「行くなら、さっさと行ったほうがいいな」
しかし、最低限の準備は必要だ。
今夜、皆が寢靜まった頃に、學校を抜け出そう。
安藤はそう決めた。
そして夜。
安藤がもうしばらくしたら學校を抜け出そうとしていた、そんな時だった。
電気も消えて暗くなった教室の中で、安藤を含めた數人の男子生徒たちが雑談に花を咲かせていた。
こんな狀況にあるからこそ、皆仲間と會話していないと不安なのだろう。
そんな風に冷靜に分析できるのは、安藤がゾンビに襲われないという特権を持っているからだろうが。
「なぁ、聞いたか? 外から誰かが學校に來たんだってよ」
「なんだそのアバウトな報……。誰かって誰だよ」
「よくわかんないけど、先生たちがなんか慌てて対応してたみたいだぞ」
「ふーん?」
なにやら學校に訪問してきた人間がいるらしく、教師たちがその対応に追われているらしい。
「もしかして、自衛隊の人とか?」
「……いや、どうだろうな」
男子生徒の楽観的な意見に、安藤は簡単に同意することができなかった。
自衛隊の人間が來たのであれば、教師達もそれを生徒に伝えるだろう。
となると、教師達にとってはあまり歓迎できない人間が訪れてきたのではないか。
安藤にはそう思えてならなかった。
そのあとは特に何が起こるでもなく、そのまま寢ることになった。
だが、安藤には、もはやここに留まる理由はない。
いきなり教室から出ていくのも不自然なので、學校から抜け出すための荷をまとめておき、ひとまずは寢たふりをすることにした。
「……?」
何かの音で、安藤は目を覚ました。
カーテンの隙間かられる月明かりだけが、教室の中を照らしている。
寢たふりで済ませるつもりだったのに、しっかりと仮眠を取ってしまったようだった。
そのことを反省しながら、安藤はを起こす。
「……ぇ?」
何気なく、本當に何気なく橫で寢ている男子生徒のほうを見て、安藤の表は凍りついた。
隣で寢ていた男子生徒が、目を開けている。
僅かな月明かりが、男子生徒の無機質な瞳を照らしていた。
そして、その男子生徒のの上で、何かが蠢うごめいているのも。
蛸たこのような足――手のようなものが、白い肋骨が顕あらわになった男子生徒の部をまさぐっている。
でるように、慈しむように。
手は、男子生徒のの部を躙じゅうりんし、何かを探しているように見えた。
その手は、男子生徒の上に馬乗りになっている人影からび出ている。
その正はわからないが、目の前にいるのが明らかに常軌を逸した存在であるということだけはわかった。
「――おや、起こしてしまいましたか」
背後からそんな聲が聞こえて、安藤は鳥が立った。
おそるおそる振り返る。
月明かりもほとんどないはずなのに、そいつの姿は、やけに鮮明に見えた。
純白の法をに纏まとい、髪は黒い短髪。
骸骨のようにの悪い、痩せぎすの男だ。
「……聖職者?」
その異様な姿に、安藤は隣にいる怪と同様に警戒を示す。
すると、それを見た男は、微笑みながら安藤に向かって手を差し出してきた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。わたしたちは、あなた方を救いに來たのですから」
「す、救いに……?」
いや、違う。
確信があった。
間違いなく、目の前のこの男と安藤の間には、決してわることのないほどの価値観の乖離かいりがあると。
「のから魂が解放され、そのには新たな意思が宿る。これを救済と呼ばずして何を救済と呼びましょうか」
「――――――――」
まるで自分の言葉に酔っているかのように、陶然とした表でそう語る男。
それはつまり、目の前の男が、自分たちに殺されることこそが神に救済される道だと説いたということ。
しかも、男の言葉の中には聞き逃すことのできない単語も含まれていた。
「神様が、人間がゾンビになってしまうことを肯定しているとでも言いたいのか、あんたは……?」
「當然です。今、全世界で起きているこの現象はわたしたちの神の意思によるもの。神が、我々をより高位の存在に作り変えようとしているのですよ」
菩薩ぼさつのような表で、平然とそんなことを言ってのける男に、安藤は嫌悪を隠せない。
――狂信者。
安藤の頭に、そんなフレーズが思い浮かぶ。
だいたい、ゾンビを人間より高位の存在などと言っている時點で、々とおかしい。
あれは人間の死でしかなく、それ以上の役割など……存在しない、はずだ。
「……話にならねえや」
安藤がそう呟くと、男はゆっくりと安藤に顔を近づけて、その耳元で言葉を紡ぐ。
「――け容れることです。今、この時代でこれが起こったということの意味を考えなさい。あなた方は、そんな神の意思に逆らうとおっしゃるのですか?」
「逆らうとか逆らわないとかじゃなくてよ。そもそも俺は神様なんて信じてないし」
安藤の言葉を聞いた男は、理解し難いものを見る目で安藤のことを見た。
「……まあ、いずれあなたにもわかる日が來ます。この世界の真理が……いや、そうだ。そうでした。わたしにはもっと重要な用事があったのですよ」
そして、ふと思い出したかのように安藤に質問を投げかける。
「ところで、あなたは知りませんかね?」
「……なにを?」
正直言って、安藤は今すぐにここから逃げ出したかった。
すぐ橫には得の知れない化がいる。
すぐ目の前には、得の知れない男がいる。
こんな場所に、一秒でも長くとどまりたくない。
「わたしたちは、神の手違いで『資格』を得てしまった者を探しているのですよ」
「……『資格』?」
「ええ」と男は頷き、
「他のゾンビ達から干渉されない。つまり、ゾンビから襲われない質を持っている者がいるはずなのです。その力こそが、『資格』を持っている証」
「……え?」
ゾンビに襲われない力。
それは、まさに自分のこの能力のことではないのか。
「……ん? んんんん?」
安藤の様子が明らかに変わったのを見て、男も何かをじ取ったらしく、安藤の顔を凝視する。
「まさか、あなたが……?」
男は、安藤にれるためにそっと手をばしてきた。
安藤にはそれが、死神の手にしか見えなかった。
「や、やめろぉ!!」
「あっ! ま、待ちなさい!」
大聲を出して、暴に男の手をふりほどく。
そしてそのまま、教室の口から逃げ出した。
鍵はかかっていなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
何も考えず、ただひたすら夜の學校を走り続ける。
幸いなことに、バリケードは突破されていた。
おそらく、先ほどの奴らがやったのだろう。
「やった……出口だ……!」
いつもは何気なく見ている下駄箱が、今はとてもありがたいものに思えた。
そして、校舎の中から出る直前。
「――絶対に逃がしませんよ。神の心のままに、世界のあるべき姿を取り戻すこと――それが我々、『セフィロトの樹』の使命なのですから」
そんな男の聲だけが、暗闇の中で、やけに鮮明に聞こえた気がした。
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