《終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビをってクラスメイト達に復讐する―》第37話 勧
法の男を目の前にして、トバリは奇妙なプレッシャーをじていた。
おそらく法の男も、他のゾンビたちと同じように、あの巨大なゾンビに投げられることでこの屋上に到達することができたのだろう。
あまりにも無茶苦茶ではあるが、法の男自にもそれなりの耐久があるのなら、有効な手ではある。
そして同時にトバリは、ひとつの確信も得ていた。
法の男の後ろに待機している化けたちは、法の男を襲う気配すらない。
やはりこの男も、トバリやユリと同じ、『資格』を持つ人間なのだ。
「……お前が、法の男だな?」
「法の男? ……ぁあ。あなた方には、わたしはそう呼ばれているのですね。いやぁ、実に心外です。わたしには『知恵コクマー』という誇り高き名前が與えられているというのに」
「コクマー?」
それが、法の男の名前だと言うのだろうか。
「知恵の『知恵コクマー』ですよ。わたしの持つセフィラ、『知恵コクマー』と同じ名前が、わたしには與えられているのです」
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「……セフィラ?」
法の男――『知恵コクマー』が自分の名前についてそう熱く語るが、トバリにとってそれ以上に重要なことがあった。
『知恵コクマー』の口から飛び出した、『セフィラ』という、聞き慣れない単語だ。
「……ぁあ。セフィラについてもご存知ないのですね。あなた方は『資格』をお持ちのようですから、お話をするのもやぶさかではありませんが……」
そこまで言って、『知恵コクマー』は言葉を切る。
不思議なことだが、今のところ、『知恵コクマー』のほうに戦意はない。
そこにあるのは、たしかな知と、得の知れない不気味さだけだ。
……話を聞くべきだ。
今は、『セフィロトの樹』についての報が、しでもしいのがトバリの本音だった。
「話を聞かせてくれ。セフィラってのは何だ?」
「セフィラというのは、我々の神が人間に與えた『資格』ですよ。セフィラは小さな球の形をしていて、基本的にはの近くに埋め込まれていることが多いですね。セフィラを持ち、一度ゾンビウイルスに染した者はゾンビから襲われないようになり、自然治癒力も上がります」
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『知恵コクマー』の話は、トバリやユリの特徴と一致する。
しかし、トバリはそんなものをに埋め込んだ覚えはない。
そもそも、トバリとユリは、『セフィロトの樹』の信者でも何でもない、ただの一般人だ。
そういう意味でなら安藤もそうだったはずだが、セフィラを持つ條件というものは何もないのだろうか。
「……なるほど。それを僕とユリは持ってるっていうのか? そんなものをに埋め込んだ覚えはないんだけど」
「そうです。わたしの後ろにいる彼らがあなた方を襲おうとしないのが、あなた方が『資格』を持っている何よりの証。それに、セフィラは自然に自分の中に生まれるものですから、人為的に埋め込まれるものではないのですよ」
たしかに、『知恵コクマー』の後ろに控えている化けたちは、トバリたちを襲う気配がない。
『知恵コクマー』の話を聞く限り、トバリとユリのに、そのセフィラとかいう球が埋め込まれているのは確定的だった。
しかし、『知恵コクマー』の態度は、思いのほか穏やかで紳士的だ。
大量の殺戮さつりくを繰り返してきた狂人という認識を持っていたが、一応話も通じる。
さらに報を引き出すために、もうし話をしておきたいところだった。
「――わたしの方からも一つ、お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですかね?」
「……なんだ?」
『知恵コクマー』は、トバリとユリのほうを真っ直ぐに見據え、
「あなた方は、我々と共に、新しい世界を創るつもりはありませんか?」
「……なに?」
「『セフィロトの樹』は、すべての人間に救済をもたらし、我々の神がむ新しい世界に到達することを目的に活を行っています。本來であれば、教徒以外の人間を勧するのは問題なのですが……今はとにかく人手不足でしてね。『資格』を持つ人間で、かつ我々の活に理解を示してくださるのであれば、ぜひそのお力をお借りしたいと、そう考えているわけです」
陶酔したような表で、『知恵コクマー』がそう説明する。
こいつらが行っている活といえば、生き殘りのいるところを襲撃しているだけのような気がするが、違うのだろうか。
「とにかく、我々はあなた方に害を加える気はないのです。ぁあ、この前小學校にあった死から一つセフィラを回収しましたが、あれは死んでしまっていましたからね。今は教団のほうで預からせていただいていますよ」
小學校にあった死というのは、十中八九、安藤のものだろう。
セフィラが埋め込まれているとわかっていれば回収しておいたのだが、今はそんなことを言っても仕方がない。
「あんたたちの活容を詳しく知りたい。それを話してもらってからでないと、首を縦に振るわけにはいかないな」
「當然ですね。我々の最近の活は、専もっぱら、神の救済をけれない人間たちをのから解放することです。魂は天へと還り、は新しい生命を得るのですよ」
「……なるほど」
やはりこいつらは、わけのわからない論理で、自分たちの殺戮さつりくを肯定しているらしい。
まともな布教活でもしているのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだった。
「それで、どうですかね? わたしとしては、ぜひあなた方にも協力していただければと思っているのですが」
「そうだな……」
トバリはユリに目配せする。
ユリは頷き、次のトバリの指示を待っていた。
「――全力で、お斷りするよ」
トバリは懐ふところから取り出したサバイバルナイフを持って飛び出し、『知恵コクマー』へと迫る。
同じように、ユリもナイフを持って飛び出した。
『知恵コクマー』は無防備のように見える。
サバイバルナイフで致命傷を與えれば、『知恵コクマー』を殺すことも可能に思えた。
しかし、そんなトバリの考えは裏切られることになる。
「――それがあなた方の答えですか。殘念です」
「……ッ!?」
大量の赤黒い手が『知恵コクマー』の右腕から生えて、トバリとユリのサバイバルナイフをけ止めていた。
いや、それは生えているなどという生易しいものではない。
まるで、『知恵コクマー』の腕自が手になってしまったかのような、そんな変貌だ。
ゾンビ達から生えていたものとは、太さも強度も、あまりにも違う。
サバイバルナイフの刃が途中までしか通っていないのが、その証拠だ。
中途半端に食い込んでいるせいで、抜くこともままならない。
トバリは、ナイフを抜くのに集中してしまった。
それが間違いだった。
「まあ、あなた方もその程度の知能しか持ち得ない存在だったということですか……。致し方ありませんね」
そう言って、『知恵コクマー』は憂げに表を曇らせる。
そして、
 
次の瞬間、トバリのに何本もの手が突き刺さっていた。
「せめてセフィラだけでも、頂いていくことにいたしましょうか」
「と、トバリっ!?」
ユリが悲痛なび聲を上げる。
トバリは、自分のに刺さっているものを、信じられないものを見るような目で眺める。
「……ぁ」
聲が出ない。
の中に自分のが溢れていくおぞましい覚と、想像を絶するような激痛に耐えられない。
口からの泡が噴き出した。
それを右手でけ止めて、自分がどれほどの重傷を負っているのかを再確認する。
頭が回らない。
意識が薄れていく。
そうしてトバリは、意識を失った。
「トバリっ!! トバリ……っ!」
ユリが必死に呼びかけるものの、その場に崩れ落ちたトバリが反応する気配はない。
それどころか、手が引き抜かれたせいで、出は増す一方だ。
「さあ、あなたも」
「……っ!!」
そう囁く『知恵コクマー』を目の前にして、ユリは思わず後ずさりをしてしまった。
圧倒的な力量差があることが、嫌でもわかってしまう。
手のゾンビを相手取るのとは、全く異なる威圧があった。
ユリは、既に冷たくなりつつあるトバリを抱き寄せる。
に耳を當てると、弱々しく鼓を打つ心臓の音が聞こえてきた。
「……!」
まだ死んでしまったわけではない。
ならば、可能はある。
「……っ!」
屋上のり口のほうへと走ろうとしたが、そちらには大量の手のゾンビたちが待ち構えていた。
最初から、トバリとユリを逃がすつもりなどなかったのだろう。
「それ、なら――っ」
ユリはトバリを負ぶさり、屋上の壁のほうへと走る。
し高いが、手を食べた今のユリなら、車の上に飛び乗ってしまえば、越えられない高さではなかった。
「逃がしませんよ」
「……っ!?」
『知恵コクマー』の手が、ユリを止めるために迫ってくる。
しかし、ほんのしだけ、ユリのほうが速かった。
手がれるギリギリのところで、ユリは屋上の壁を飛び越えた。
そしてその下には、なんの変哲もない道路がひらけている。
立駐車場の三階は、ユリが想像していたよりも高かった。
「……だいじょうぶ」
ユリは、トバリを背中にじながら、落ちていく。
その直後、鈍い音が辺りに響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……取り逃がしてしまいましたか」
『知恵コクマー』は手をばして、屋上の壁の上に飛び乗った。
眼下では、さっきまで『知恵コクマー』への抵抗を続けていた年とが、重なるようにして倒れている。
ピクリともかないそれらを見て、『知恵コクマー』は満足げに頷いた。
「協賛が得られないのは殘念でしたが、まあ仕方のないことですね。低脳な猿が、我々の崇高な目的を理解できるということ自、稀有けうなことなのですから」
とにかく、のセフィラを回収しなければならない。
スーパー部の制圧に手駒をある程度割かなければならないため、セフィラの回収へと向かわせるのは數だ。
「これからスーパーの部へと進しますが、あなたたちは隙を見計らってスーパーから出し、先ほどののからセフィラを回収してください。回収したセフィラは死守するように」
『知恵コクマー』からそう命令された手のゾンビたちは、理解を示すようにこうべを垂れた。
「さて、とりあえず二つのセフィラは手にりそうですね。もしかしたらさらなるセフィラがあるかもしれません。気を引き締めていきましょう」
そう言って、『知恵コクマー』は屋上のり口に向かって歩き出す。
その手の中で、のない明な球が淡いを放っていた。
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