その事実に思い至ったトバリは、かつてないほどの焦燥をじていた。

なぜなら、そのセフィラという球のおかげでゾンビウイルスの発癥を抑えていたのなら、今のトバリにはゾンビウイルスの発癥を抑える力がないのではないかと、そう考えたからだ。

「でも、今のところは普通に……とは言わないまでも、そこそこけてるよな？　ならセフィラの有無はゾンビウイルスの発癥と関係ないのか？」

そんな楽観的な予測がトバリの脳裏を過ぎったが、すぐに否定した。

それなら、先ほどからじているこの寒気はなんだというのか。

この寒気には、心當たりがある。

ゾンビウイルスに染した直後の、あの覚だ。

あのときほど強烈ではないが、その寒気はじわじわとトバリを蝕むしばんでいる。

しかし、トバリは今のところ完全にゾンビウイルスに発癥しているわけではなさそうだ。

それは一なぜなのだろうか。

「セフィラを持っている人間が近くにいれば、ゾンビウイルスの発癥を抑制できる……とか？　いや、でもそれなら僕が近くにいたのに剎那が発癥したことと矛盾するよな……」

ダメだ。考えても埒らちがあかない。

発癥を抑えている要因についてはわからないが、どちらにせよあまり長くは保たない。

トバリにはそんな確信があった。

いずれにせよ、『知恵コクマー』からセフィラを奪い返さない限り、トバリに未來はない。

いや、トバリだけではない。

同じようにセフィラを持つユリも、このままでは『知恵コクマー』をはじめとする『セフィロトの樹』の連中に狙われ続けるだろう。

生き殘るために、戦うしかないのだ。

自分のためにも。ユリのためにも。

「生き殘るため、か」

トバリには、その意識が希薄だったように思える。

ゾンビに襲われず、特に問題なく安藤たちを殺せてしまったことが、トバリに油斷と慢心を生んでしまったのだ。

トバリは覚悟を決めた。

『知恵コクマー』は、トバリたちが無策で挑んで勝てる相手ではない。

萬全の狀態で臨まなければ。

「ユリ、起きてくれ」

寢転んでいるユリのを揺りかす。

しばらくそうしていると、ユリの瞼まぶたがピクリといた。

「……ん？　トバリ……？」

「よかった。起きたか」

今度はちゃんと起きてくれたことに、トバリは安堵する。

ユリはボーッとしていて、今のこの狀況を理解できていないようだ。

「ユリ。けるか？」

「……んー。ちから、はいらない」

ユリがをかそうとしたが、あまりかせないようだった。

特に足は、かそうとすると痛みに顔を歪めている。

半ゾンビ化していることでの強度が上がっているとはいえ、トバリと一緒に屋上から飛び降りたのだ。

足が骨折しているのだとしても、何ら不思議ではなかった。

「ちょっと待ってろ」

トバリは立ち上がり、その辺にいるゾンビの腕に噛み付いた。

そのまま腕のを噛み千切り、ユリのいるところへ戻る。

「トバリ……それ……」

ユリの言葉は最後まで続かなかった。

トバリのに、口を塞がれたからだ。

「っ！！」

ユリは最初は驚いていたものの、すぐにトバリの意図するものを理解したようだ。

トバリから送られてくるを噛んで、ゆっくりと飲み込んでいく。

それを飲み込むたびに、自分の中の何かが満たされていくのを、ユリは自覚していた。

「よし、こんなものでいいかな」

それを數回繰り返し、トバリはユリからを離した。

「…………」

ユリはボーッとした表で、自分のをっている。

心なしか、その顔も赤くなっているように見えた。

「いきなりこんなことしてごめんな。でも、やっぱりそういうことか……」

先ほどまで何かに引き寄せられて集まっていたゾンビ達が、今は一匹もいない。

そして、トバリのの寒気も消えている。

「多分、ユリのと唾にゾンビウイルスの抗が含まれているんだと思う……って、言ってもわかんないよな」

「……？」

疑問符を浮かべているユリを橫目に、トバリはある一つの結論にたどり著いていた。

おそらく、ユリのや唾には、ゾンビウイルスの抗が含まれている。

つまり、セフィラ持ちの人間のは、ゾンビウイルスの特効薬となるかもしれないということだ。

「まあ、継続的に摂取しないとダメそうだけど」

先ほどの寒気を思い出す。

おそらく、あの狀態が一定時間以上続けば、寒気が全に伝わって死に至るのだろう。

今のトバリには、ゾンビウイルスの抗を自分で生み出す力がない。

つまりそれは、ユリのか唾を定期的に摂取しなければならないことを意味していた。

……神衛生上、次からはを摂取したほうがいいだろう。

適當に肩か腕にでも噛み付けば、それで事足りる。

「どうだ、ユリ？　けそうか？」

「ん……」

ユリの腕の傷口はふさがっている。

足のほうも、かなりマシになっているようだ。

トバリが手を貸すと、しフラつきながらもユリは立ち上がった。

しかし、まだ『知恵コクマー』との戦闘ができるほど元気があるようには見えない。

「それじゃあ、ユリ。僕が刺されたあと、何が起こったのか話してくれるか？」

「うん」

トバリは、ユリと細かい報のすり合わせをした。

やはりというか、トバリが『知恵コクマー』に刺されたあと、ユリは屋上から飛び降りたらしい。

ユリはそこからずっと気絶していたようだ。

トバリは、自分のの狀態と、『知恵コクマー』にセフィラを奪われたであろうこと、それに伴う処置についてユリに話した。

ユリは、トバリの話を終止靜かに聞いていた。

「……だから、僕たちはここで必ず『知恵コクマー』を倒さないといけない。ユリにも、協力してほしいんだ」

「わかった」

ユリはしっかりと頷く。

その瞳には迷いのなど欠片もなかった。

「よし。それじゃあ、行こう」

「うん」

トバリとユリは手を繋ぎ、歩き出す。

部の怪我も、かなりマシになってきた。

だが、まだ足りない。

が足りない。

が足りない。

半分化けと化したトバリのが、それらを貪に求めている。

を再生させるためには、もっとが必要だ。

……そのためには、もっとゾンビのを食べなければ。

トバリは目の前に大量にいる獲たちを眺めながら、溢れてくる唾を飲み込んでいた。