「三田さん！　三田さんっ！」

トバリの腕の中で、三田が意識を失った。

その手は力なく垂れ下がり、顔は真っ青だ。

腹部からはおびただしい量のが溢れ出し、腸らしきものかれ出ている。

このまま放っておけば、間違いなく三田は死ぬ。

……しかし、どうすればいいのか。

このスーパーはもちろん、こんなことになってしまった世界でこんな大怪我を治療できる場所などあるはずもない。

そもそも治療できる場所があったとしても、助かるかどうか微妙なほどの大怪我だ。

「もしや、彼を助けようなどと考えているのですかね？」

そんな聲をけて、トバリは顔を上げる。

顔面を自ので汚した『知恵コクマー』は、必死に三田に呼びかけるトバリを左目で眺めながら狂笑を浮かべていた。

「無駄です。彼はもう助かりませんよ。セフィラが覚醒した我々のには、ゾンビウイルスが溢れかえっています。そんなが、生の人間に傷をつければどうなるか……あなたならわかるでしょう？」

「――っ！」

つまりそれは、『知恵コクマー』の手に、他のゾンビたちと同じように、傷をつけられただけで致命傷になるゾンビウイルスが含まれているということだ。

たしかに、アレが『知恵コクマー』の一部であるのなら、その主張にも納得がいく。

このままでは、三田は出多量で命を落とすだろう。

そして、なんとかして三田を助けることができたとしても、三田のはゾンビウイルスに耐えられない。

どちらにせよ、三田は死に、その死はき始める。

「トバリ」

「……わかってる。大丈夫だ、ユリ」

三田はもう助からない。

その現実をけれて、『知恵コクマー』を倒すことに全力を盡くすべきだ。

自分の心を落ち著かせる。

三田は優秀なリーダーだった。

できることなら助けてやりたかったが、こうなってしまっては仕方がない。

「もしや、悲しんでいたのですか？　それなら心配ありませんよ。あなたたちもすぐに、彼と同じ場所へ旅立つことになるのですから」

『知恵コクマー』が微笑みながらそんなことを言うと同時に、その法の下から大量の手をばしてきた。

それらは驚異的なスピードで、トバリたちへと迫る。

「…………」

トバリとユリは無言で迫り來る手を避け、その中の數本を切り落とした。

そのスピードは、先ほど『知恵コクマー』と対峙したときの比ではない。

人を食べたことで、二人の能力は大幅に強化されていた。

「もうお前の攻撃は當たらない。その気持ち悪い手をこそぎ切り盡くして丸にしてやるよ、『知恵コクマー』」

「っ……！　やれるものなら、やってみなさい――！」

激昂した『知恵コクマー』が無造作に手を振り回すが、それらがトバリとユリに當たることはない。

その景を目にした『知恵コクマー』は、困の表を浮かべる。

「なんです……なんなんです！？　どうしてわたしの攻撃が當たらないのですか！？　いったいどんな手を――！？」

「別に特別なことは何もしてねえよ。ただ、お前と同じ土俵に上がっただけさ」

『知恵コクマー』とまともに戦えているのは、トバリとユリが人を摂取したことによって能力が向上しているからだ。

いや、正確に言えばそれだけではない。

三田が『知恵コクマー』の右目を潰してくれたおかげで、距離を把握する覚が鈍っているようにじる。

先ほどから何度も、當てられるはずの手を変な方向にばしているのが、その証拠だ。

「まさか、人のを喰らったのですか……？　いや、あなたは既にセフィラを持っていないはず……それにもかかわらず我々と同じように人のを喰らい、ゾンビウイルスにも発癥していない……。そんなことが可能なのは……」

『知恵コクマー』が何やらブツブツと呟いているが、そんなのはトバリの知ったことではない。

手をばす本に薄し、その本に傷をつけるべく、サバイバルナイフを振るおうと、

「トバリ！」

「っと！」

ものすごい勢いで迫ってきた手を避けたせいで、狙いが逸れてしまった。

しかし、刃の勢いは止まらない。

サバイバルナイフは、いまだ思考中の『知恵コクマー』の首を切りつけた。

「ぁああああああああ！！　やめろこのクソ蟲がぁぁあああ！！」

自らの思考を掻きされた『知恵コクマー』は絶を上げ、法の下から大量の手をばしてきた。

赤紫をしたそれは、トバリたちを貫かんと縦橫無盡にき回る。

だが、當たらない。

今のトバリたちにとって、その手を避けるのは大して難しいことではなかった。

手から距離を取り、トバリとユリは『知恵コクマー』の攻略方法を話し合う。

「やっぱり、か頭じゃないとダメか」

「そう、だね」

その他の部位では、自然治癒力が働いて大した痛手にはならない。

からセフィラを奪い取ればいずれゾンビウイルスにを侵されて死ぬし、頭を壊せば奴は即死する。

狙うとしたらその辺りだろう。

「でも、どうやら奴の頭は相當にいらしい」

『知恵コクマー』の右目には、銃弾が突き刺さっていた。

狀況から見て、三田が奴の目に撃ち込んだものと見て間違いない。

おそらく奴は、能力の強化の応用か何かで、頭蓋骨の強度を大幅に上げているのだろう。

いまだに右目が再生を始めていないのは、自然治癒力の限界なのか、異が突き刺さったままだからなのか、そこまではわからないが。

このまま押すことができれば、いずれは『知恵コクマー』を倒すことができるはずだ。

奴は集中力を欠いている。

突ける隙は決してなくない。

「……っ」

だが、トバリはこの狀況がいつまでも続くものではないとわかっていた。

「ユリ、頼む」

「うん」

トバリはユリの肩に食らいつき、そのを吸う。

ユリのがにってくると、トバリのを蝕むしばんでいたものがしだけ和らぐのをじた。

「そうか、で……なるほど。まさかとは思いましたが、やはりお前たちは『王冠ケテル』と『王國マルクト』だったのですね……」

『知恵コクマー』が何事か呟いているが、知ったことではない。

それよりも、もっと重要なことがあった。

「やっぱり、気のせいじゃないな……」

目を覚ましてから三回ほどユリのを飲ませてもらっているが、既にの寒気は無視できないレベルに達している。

それは紛れもなく、ゾンビウイルスの癥狀が進行している証だ。

セフィラが生み出すのはゾンビウイルスの特効薬などではなく、文字通りその発癥を抑える程度のものでしかないのだろう。

そしてそのセフィラを持たないトバリが人を喰らい、無理な能力の強化を図ったのだから、今のトバリの狀態も當然と言える。

やはりセフィラがなければ、トバリ自が生き殘ることすら難しい。

なんとしても、『知恵コクマー』からセフィラを奪い返す必要があった。

あまり悠長なことはしていられない。

トバリ自、いつの限界が來るかわからないのだ。

「さっさと、ケリをつけないとな……」

ふと、いまだに淺い呼吸を繰り返している三田のほうを見た。

その手には、にまみれた拳銃が握られている。

トバリはその拳銃を取った。

ずっしりと重く、それが人の命を容易に奪えるものなのだということを実させる。

「このわたしが、貴様らのような蛆蟲うじむしに傷をつけられるなど、あってはならないこと……。お前たちはわたしが必ずひきにして食べて差し上げましょう……」

トバリはそれをポケットにしまい、いまだ怒り狂っている『知恵コクマー』と対峙する。

冷靜に眺めると、『知恵コクマー』も相當にボロボロだ。

右目は弾け飛び、後頭部はまみれで、首には深い切り傷が刻まれ、手も何本も切斷されている。

しかし、それほどの深手を負っていながらも、『知恵コクマー』は平然とき続けている。

同じ人間とは思えないほどの強度だった。

「やれるもんならやってみろよ、手野郎」

そう言うや否や、トバリは『知恵コクマー』に向かって駆け出す。

「……仕方がありませんね。これはあまりやりたくなかったのですが」

『知恵コクマー』は、深くため息を吐くと、自のに左手を置いた。

そして、その一點が灰のを放ち始める。

「……まさか、あれがセフィラか？」

トバリのそんな疑問に答えることなく、『知恵コクマー』のの発は収まった。

「……う」

次いで、『知恵コクマー』のから奇妙な聲がれる。

そして、それをトバリが認識した瞬間、事態は予想を超える方向に進行し始めた。

「……おい。噓だろ」

が裂ける音が斷続的に辺りに響き渡り、裂けた『知恵コクマー』の背中から大量の手が姿を現した。

その量と長さは、先ほどまでのものの比ではない。

『知恵コクマー』が立っている後ろを全て覆い盡くすほどの、圧倒的な質量を前にして、トバリは戦慄する。

「……さあ、始めましょうか」

「くっ――！？」

大きく手數を増やした『知恵コクマー』は慘に笑う。

それは他でもない、死神からトバリとユリへの死刑宣告に他ならない。

そして、大量の手たちがトバリたちに襲いかかった。