「くっ……」

『知恵コクマー』の死を見屆けたトバリは、その場で膝をついた。

腹部からの出が止まらない。

このまま放置しておけば、さすがのトバリでも死んでしまうだろう。

もちろん、このままにしておくはずもない。

トバリは震える手で、ポケットから明な球を取り出した。

それは『知恵コクマー』から奪い取ったものではなく、元々トバリのの中にっていたほうのセフィラだ。

「うっ……！」

痛みを無視して、腹部に開いたに淡いを放つ球を押し込む。

自分のの中に異がっていくがあるのに、その異をが歓迎している。

それはトバリにとって、ひどく気持ちの悪い覚だった。

そして、その辺に転がっていた手の殘骸に手をばし、それを口に運んだ。

咀嚼そしゃくするとのが口の中に広がり、足りていなかった栄養素が中に補給されていくような錯覚に襲われる。

いや、それは錯覚ではないのかもしれない。

現に今、トバリの腹部の出は緩やかなものになり、痛みもだいぶマシになっているのだから。

「ほんと、便利なだよな……」

ほとんど化けと言っても過言ではないほどの回復力に嘆しながら、トバリは一人長い息を吐く。

人や手を食べることに特に拒否をじなくなっている時點で、もはやまともな人間とは言いがたい。

……こんなになってしまった世界で、まともな人間であることにどれほどの意味があるのかは、トバリにはもうよくわからなくなっていたが。

「あ、ユリ。大丈夫か？」

「うん……」

そのまま手をもぐもぐと食べていると、ユリがおぼつかない足取りでトバリのほうへと近づいてきた。

目立った外傷はないが、どこかボーッとしたような表で、あまり覇気がない。

ユリは、トバリと同じようにその辺に落ちている手を拾うと、それを口にれ始めた。

とても表現できないようなが付著したそれを、ためらうことなく口へと運んでいく。

その作業も、ユリにとっては小學校にいた頃からの慣れ親しんだものなのだろう。

「……そういえば」

「ん？　どう、したの？」

そんなユリの様子を見て、トバリは思い出したことがあった。

「ユリ。お前、最後に『知恵コクマー』に一撃れた後、なんかやけに苦しんでたよな？　アレはなんだったんだ？」

トバリがそう尋ねると、ユリは顔を曇らせて、

「……ユリも、よくわからない。でも、くるしかった」

「ふむ……？　何だったんだろうな？」

ユリにも原因がよくわからないとなると、原因の究明は先に見送ったほうがよさそうだ。

今もその苦しみが続いているのなら大きな問題だが、幸いにも今のユリが謎の苦しみに襲われているような様子はない。

「……トバリ。あれ」

「ん？」

片手に手を持ち、その先端を口に咥えたままのユリが、スーパーの立駐車場のほうを指差した。

自然と、トバリの目線はそちらの方向へと導される。

「……あれは」

トバリがその方向を見ると、立駐車場の窓の部分から、辻が複雑な表を浮かべてこちらを見ているのが目にった。

辻はしばらくこちらのほうを見ていたが、やがて駐車場の奧へと姿を消していった。

それが意味することは、

「見られちゃった、か」

未だ徘徊はいかいを続けるゾンビの中心にいて、ののよだつようなをしたを喰らっていた、かつてのクラスメイト。

そんなものを見て、彼らが何を思ったのか、容易には想像しがたい。

だが、

「さて。どうするかな……」

また一つ、解決しなければならない問題が生じたのだけは、確かだった。

◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇

スーパーの中に戻ってきたトバリとユリは、城谷と辻の姿を探していた。

『知恵コクマー』の目から逃れるために、スーパーの奧の方に隠れ潛んでいたのだとは思うが、的にどこにいたのかはトバリも知らない。

「……夜月」

「……城谷。それに辻も」

だが幸いなことに、城谷と辻はすぐに見つかった。

彼らの表は、困のが強い。

もしかしたら、トバリとユリがゾンビになってしまったのではないかと考えていたのかもしれない。

「見たんだろ？　僕とユリが、ゾンビのを食べているところを」

「……ああ」

城谷はトバリの言葉を肯定する。

瞳を閉じ、トバリの発言を整理しているようだった。

そして城谷は、意を決したように目を開く。

「……お前らは、ゾンビになってない……よな？」

「ああ。僕たちはゾンビじゃない。……かといって、純粋な人間でもないんだけどね」

「……どういうこと？」

辻は、いまいちトバリの言葉を飲み込めていないようだった。

まあそれも仕方のないことだ。

「まずは、これを見てくれ」

トバリは、ポケットから小さな玉を取り出した。

明なそれは、今も淡い灰のを放っている。

「これはさっき、僕たちが殺した法の男のの中から奪い取ったものだ。この球はセフィラって言うらしいんだけど、これを持っているとゾンビに襲われなくなったり、ゾンビウイルスを発癥しなくなったり、自然治癒能力が上がったりするらしい」

「……そんなものが？」

城谷と辻は半信半疑といった様子だ。

突然こんな話をされても、理解に苦しむのもわかる。

だが、トバリは話を続けた。

「もっとも、メリットだけじゃなくてデメリットもある。このセフィラの効果を十分に発揮するためには、人間のを摂取する必要があるんだ」

「人間の…………」

そこまで話してから、城谷はトバリとユリの正に思い至ったらしい。

「そして、僕とユリのの中には、これと同じような玉が埋め込まれている。だから僕たちは、ゾンビのように人間のを食べてはいたけど、ゾンビというわけではないんだ。現に、こうやって理ある會話をすることもできているしね」

「……なるほど」

辻も一応、トバリの話を飲み込めたようだった。

城谷はしばらく唸っていたが、やがて顔を上げて、

「はっきり言って、荒唐無稽こうとうむけいな話だ、って切り捨てたいところなんだけど……法の男のこともあるし、こうやって目の前でゾンビのを食べて平然としていられる以上、夜月の話は本當なんだろう」

どうやら、城谷もトバリの話を信じることにしたらしい。

それなら、話を次の段階に進めることができる。

「で、だ。三田さんはどこにいる？」

「……三田さんは」

城谷は顔を伏せる。

それだけで、トバリには、三田がどうなったのかわかった。

「……三田さんのところまで案してほしい」

「わかった。ついて來てくれ」

そう言うと、城谷は駐車場の奧へと歩き始めた。

トバリとユリも、その後を追う。

三田は、駐車場の奧の方に橫たえられていた。

その顔は青白く、もう終わってしまった命であることを思わせる。

だが、その表はどこか満足したものであるように見えた。

「夜月たちが來るし前に、息を引き取ったよ。どうしようもなかった」

城谷は、そんな言葉を自分に言い聞かせているかのようだった。

トバリは、三田のにれる。

その鼓は止まってしまっており、は冷たい。

いつゾンビとして起き上がってきてもおかしくない狀態だ。

……しかし、呼吸が止まったのがついさっきならば、いけるかもしれない。

「城谷、辻」

二人が、トバリのほうを見た。

これからやることは、ひとつの賭けだ。

どうなるかはわからない。

だが、これでひとつの結論が出るはずだ。

「――三田さんを助けられるかもしれない方法が、一つ、ある」

トバリは城谷と辻に向かって、そう切り出したのだった。