久しぶりの自宅は、何も変わっていなかった。

経年劣化の目立つ、比較的大きなマンション。

その一室が三田の自宅だ。

「変わらないな、ここは」

軽トラックから降り、三田は久々に見る景に改めて想をらす。

うだるような暑さはマシになっているが、照りつける日差しは健在で、三田の力を容赦なく奪っていく。

三田はさっさと日に移することにした。

辺りには、人の一部に傷を負ったり、欠損しているゾンビたちがふらふらと彷徨うろついている。

冷靜に観察すると、こんな暑さの中にあっても、ゾンビたちが腐っている様子はない。

ということは、もしかしたらゾンビにも何かしらの生命活のようなものがあるのかもしれない。

彼らに反応されないのを新鮮にじながら、三田はマンションの前までやってきた。

割れたガラスを踏みつけながら正面玄関を通り抜け、階段を登っていく。

途中でゾンビや人間の死らしきものとすれ違ったが、特に何が起きるわけでもない。

やがて、自室の前にたどり著いた。

表札には、『三田』の文字が記されている。

それに僅かな寂寥せきりょうかんをじながら、三田は目を閉じた。

「ふー」

長い息を吐き、覚悟を決めてそのドアに手をかける。

自宅のドアを開けると、熱気とともに見慣れた景が目に飛び込んできた。

家の中は、三田がここを出て行った時と何も変わっていない。

洗濯はそのまま干され、食は水に浸かりっ放し、部屋中に服が散している。

まるで時間が止まってしまっているかのように、何も変わっていなかった。

「……殘ってるな」

冷蔵庫を開け、中にっていた水を取り出す。

それが冷えていることを確認し、ゆっくりと口に運んだ。

まだ冷蔵庫の電源はついているが、電気を使えなくなるのも時間の問題だろう。

し前から電波は繋がらなくなっており、攜帯電話はもう使いにならない。

というより、どちらかと言えばいまだに電気が使えていることが、三田には不思議に思えてならなかった。

この辺りの様子を見る限り、日本全國が同じような狀態になっていると三田は予想している。

もちろん、自衛隊などによる救援は絶的だ。

だが、今はそんなことはどうでもいい。

どうでもよくなった。

「…………」

三田は、トイレのドアを見た。

そこもこの部屋と同じように、靜かすぎるほどの靜寂を保っている。

「……よう。久しぶりだな」

誰もいないはずのトイレ。

だが、そのドアには鍵がかかっていた。

三田はポケットから、貨を取り出す。

それは、このドアを外から閉めた時に使ったものだ。

取っ手の部分に貨をはめ込んで回転させると、トイレのドアはあっけなく開いた。

そして、トイレの中には、誰かが立っていた。

茶い髪をショートボブにしただ。

長は三田よりもそれなりに低く、綺麗というよりも可いという表現が似合う顔立ちをしている。

彼は、夏らしいラフな格好で、三田のほうにぼんやりとした眼差しを向けていた。

「…………」

三田は、彼のに手をばした。

らかく、しかし冷たいが手を通して伝わってくる。

そこから生命の鼓をじることはできなかった。

しかし、三田が彼から襲われることはない。

彼は三田に襲いかかるでもなく、ただ三田のなされるがままになっている。

「――茜あかね」

それは、意図せず三田の口かられ出た。

何よりも、誰よりもしい妻。

それが今、三田の目の前にいる。

三田を目の前にしても何のきも起こすことなく、ただ靜かに三田のことを眺めている。

三田は、茜を抱きしめた。

茜は抵抗するでもなく、おとなしく三田の腕の中に収まっている。

「……セフィラ、か」

それは、あり得ないと考えていた可能だった。

――セフィラがあれば、死んだ人間を蘇らせることができるかもしれない。

『知恵コクマー』に敗北したあのとき、三田は間違いなく死んでいた。

そこからの蘇生のがセフィラという球にあるのならば――可能はある。

「君にもう一度會うためなら、俺は……」

どんな手段を使ってでも。

どんな過ちを犯してでも。

必ず、セフィラを手にれる。

そして、もう一度。

「必ず君を、迎えに來る。だから、待っていてくれ」

三田はこの日、そう誓った。