《終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビをってクラスメイト達に復讐する―》第64話 『勝利(ネツァク)』VSユリ

その恐るべき名乗り上げに対して、ユリは反応することができなかった。

「っ……」

後頭部の痛みを落ち著かせながら、ユリは必死に頭を回転させる。

いま目の前で起きている現象は、ユリの常識をはるかに逸している。

人間の髪が突然びたり、致命傷が瞬時に治ったりするなど、どう考えても不自然だ。

それが日向の持つ『勝利ネツァク』のセフィラによってもたらされたことは間違いないが、的に日向が何をしたのかは推測の域を出ない。

そんなユリの様子を気にすることもなく、日向は言葉を続ける。

「ぼくが日向で、そっちが日和ひより。ユリはしらなかったとおもうけど、ぼくの妹だよ」

「フタゴだから、兄とか妹とか、そんなのあんまり気にしてないけどね。ユリとは、こうやってちゃんとお話しするのは初めてだね」

そう言って、日向によく似た――日和ひよりがユリに微笑みかける。

そんな親しみに満ちた日和の笑顔を見てユリがじたのは、得の知れない気味の悪さだけだった。

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そもそも、日向に雙子の妹がいるなどという話は聞いたことがない。

まして、その姿を見たのも今日が初めてのはずだ。

だが日和は、ユリに対して親しみを持って接している。

それは、気心の知れない間柄の者に対してのみ向けられるべきもののはずなのに、だ。

「あれ。そんなにすぐに立てるんだね。けっこうつよめにやったつもりだったんだけど」

痛む頭を押さえながらユリが立ち上がると、日向は驚いたような聲を出した。

毆られた箇所が軽く痛むのは確かだが、さっきまでと比べたら雲泥の差だ。

するのに支障があるほどでもない。

しかし先ほど日向からけた一撃のせいで、ユリが持っていたサバイバルナイフは日和の手に渡ってしまっていた。

は先ほどから、手に持ったサバイバルナイフを珍しそうに眺めている。

今まで見たことがなかったのだろうか。

「……あれ?」

その様子を見ていたユリは、不自然なことに気付いた。

日和の手の中にあるサバイバルナイフには、が付著したことによる汚れなどが一切見られない。

だが先ほどユリは、そのナイフを使って日和のことを刺したはずだ。

本來ならば、その刀は赤黒いで汚れているはずだが、彼が握るサバイバルナイフにそのような形跡は一切ない。

わけがわからなかった。

……『勝利ネツァク』の能力は、想像していたよりも恐ろしいものなのかもしれない。

ユリはそう結論づけざるを得なかった。

「日和。いくよ」

「おっけー」

ユリがそんなことを考えているうちにも、事態は進行する。

日向と日和が左右に分かれ、それぞれの手に武を持ってユリに遅いかかった。

「ほらほらー!」

「くっ!」

「えいっ!」

「――っ!」

日向による縦方向のフルスイングをバックステップで回避し、日和の斬撃をを捻らせて避け切った。

そのまま後ろに下がり、二人から距離を取る。

「……ユリ、はやいね」

「そうだね……」

心した様子で、日向と日和はそんな想をらした。

ユリにしてみれば、二人の攻撃を見切るのはそう難しいことではない。

日向や日和の攻撃は単調で、威力はともかくきとしては子どものそれとあまり大差ない。

速度も速く、きがかなり変則的だった『知恵コクマー』の手のほうが、よほど手こずる相手だった。

どうやら一人一人の純粋な戦闘力は、三田どころかユリにも及ばないようだ。

だが、ユリとしてもこのままでは決定打に欠ける。

今のユリは丸腰で、近くに武になりそうなものはない。

それに、どういう原理なのかは不明だが、日和のほうは大怪我が致命傷にならない可能が高い。

謎の回復力の正がわからない以上、日和のほうに労力を割くのは愚策だろう。

と、なると、

「やっぱり、そうくるよね……!」

自分の方に狙いを定められたことを察知した日向が、好戦的な笑みを浮かべる。

あっという間に距離を詰めてきたユリに向かって、バットを振るうが、

「おそい」

「えっ!?」

日向のフルスイングは、むなしく宙を切った。

驚きの表を見せる日向に、大きな隙が生じる。

「あ――」

攻撃を躱かわしたユリは、日向の腕にかじりついた。

そのまま歯を食い込ませ、腕のを噛み千切る。

「日向っ!?」

「い――っだいっ!!」

ユリに腕を噛まれた日向は、日和の悲鳴にも反応できない。

苦鳴を上げ、日向は大きく勢を崩す。

「だめぇええっ!!」

涙目でサバイバルナイフを握りしめ、ユリは自めがけて突進してきた日和を軽くいなす。

「うわぁっ!?」

日和は勢いを抑えきれずに、廊下の床を転がっていった。

あまりの衝撃に、手に持っていたサバイバルナイフが床に落ちる。

それを拾い上げながら、ユリは日向の様子を注意深く観察していた。

「……ひどいよユリ。ぼくのうでをたべるなんて」

倒れこんだまま、恨めしそうな顔でユリを見上げる日向。

その右腕には、小さな歯型の形にが抉れている。

「っ!」

口の中にあったものを飲み込むと、ユリのに活力が漲みなぎってくるのがわかった。

をした直後に飲む冷水のように、の本能的な部分がそれをしがっていたのだと、摂取してから理解できる。

これはセフィラを持つ者にしかわからない覚かもしれない。

「ひ……なた……」

日和は倒れたまま、日向のほうへと手をばしている。

だが、それ以上近づく気配はない。

転倒したときに、変な倒れ方をしたせいだろうか。

なんにせよ、好都合だ。

「これで、おわり」

「ひっ!」

サバイバルナイフを日向の元に突きつけると、日向は怯えた聲を出した。

瞳を揺らし、本気で恐怖しているように見える。

今のこの狀況から、ユリが追い詰められるというのは考えにくい。

……そんなわずかな余裕ができたからだろうか。

ユリが、思わずこんな疑問の言葉を口走ってしまったのは。

「日向は、日向と日和は、どうして三田さんの味方をするの?」

「……三田さんが、『ティファレト』のメーレイでうごいてるからだよ」

渋々といった様子で、日向が答える。

答えなければどうなるかわからないから、というのが彼の本音だろう。

「ティファレトっていうのは、なに?」

「『ティファレト』は、『セフィロトの樹』のリーダーだよ」

「……っ!」

その言葉は、ユリの中に大きな衝撃をもたらしていた。

間違いなくいるだろうとは思っていたが、やはり『セフィロトの樹』にはリーダーがいるのだ。

三田や日向に命令できるような、強い力を持つリーダーが。

「ぼくたちは、『ティファレト』に救われた。だから、ぼくたちは『ティファレト』の言うことをきくんだ」

「……そっか」

それは、ユリと日向がもう二度と相容れないという宣言に他ならない。

ユリは覚悟を決めた。

だが、

「えいっ!」

「――っ!?」

ユリのが思い切り後ろへ引っ張られ、そのまま仰向けに転がった。

慌てて起き上がろうとするが、誰かに抱えられるように押さえられているせいで、まともにくことができない。

「……くるしそうにしていれば、あいてはチョーシにのる。ぼくたちの父親が、そういってたんだ」

囁くような聲が聞こえた。

何のも篭っていない、背筋がゾッとするような聲が。

「ユリはバカだね」

を嘲る年の聲が、廊下に響く。

微笑を浮かべた日向が、仰向けに倒れるユリの上に乗りかかってきた。

「やった! うまくいったよ!」

そしてそんなユリの下で、日和がユリのを押さえこんでいる。

「なん、で……?」

勢を崩される直前まで、まったく気配がなかった。

背後に立たれて、ユリが気付かないはずがないのに。

それはまるで、その場に突然、日和が現れたかのような――

「おかえしだよ、ユリ」

「――――いっ!!」

ユリのそんな思考は、強烈な痛みによってかき消された。

日向が、ユリの首筋に噛み付いていた。

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