《終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビをってクラスメイト達に復讐する―》第69話 辻の打開策

「……大丈夫、城谷くん?」

「……はぁ……はあっ……だ、大丈夫じゃ、ない……」

春日井と三田の気配が完全に消えたのを確認すると、辻は城谷に駆け寄った。

城谷は真っ青な顔で、荒い呼吸を繰り返している。

『慈悲ケセド』となった春日井の蹴りを思い切りけたのだ。

臓の一つや二つくらい、つぶれてしまっていてもおかしくはないだろう。

返事をするのも辛そうだが、そんな彼の様子を見ても、トバリの心に憐憫れんびんののようなものは欠片も浮かんでこない。

『慈悲ケセド』の春日井がどれだけ悪辣あくらつで危険な人間なのか、城谷も嫌というほどわかっていたはずだ。

それにもかかわらず、城谷は春日井に食糧を求めた。

とても正常な判斷とは言えない。

「そもそも、なんであいつに食べを要求したりしたんだよ……。ロクなことにならないって、城谷くんだってわかってたんじゃないの……?」

「腹が……減って、たんだ……しょうが、ねぇだろ……。というか……それが、怪我人に言うことかよ……」

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辻の咎めるような聲に、城谷もどこか棘のある言葉を返す。

普段は城谷と仲のいいはずの辻も、今回に関してはトバリと同じような意見のようだ。

「……そうだよね。ごめんね」

「……いや、違う。悪……かった、辻。全面的に、おれが悪い……」

無表になった辻が謝罪すると、城谷も顔をゆがめながら謝った。

トバリはその様子を見て、なんとなく小學生の時のことを思い出していた。

表面だけのくだらない謝罪だ。

辻が黙ったまま、トバリのほうまで戻ってくる。

トバリも手足を手錠のようなもので拘束されているため、自由にけるのは辻しかいない。

「夜月くんは、どう思う?」

「……なにが?」

「今の狀況だよ」

城谷のことではなく、トバリ達三人が今置かれている狀況のことだというのはすぐにわかった。

「春日井の格は、間違いなく前よりひどくなってる。あの様子じゃ、いつぼくたちを殺してもおかしくないよ」

「……そうだろうね」

パンデミック以降も亜樹のそばにいたせいか、春日井の格は本當にひどい。

それこそ、遊び半分でトバリ達を殺してしまっても、何もおかしくないくらいには。

「ぼくは、ここにいても事態は好転しないと思う。亜樹さんは『僕たちを殺すな』、みたいなことを春日井に言ってたけど、このままじゃ本當にそのうち殺されちゃうよ……」

「…………」

亜樹が春日井にした、トバリ達を殺さないようにという命令は、トバリも記憶している。

春日井が亜樹の命令に背くとは思えないが、亜樹の命令自が無くなることはあり得る。

そうなれば、春日井はおもちゃで遊ぶ子供のようにトバリ達を慘殺するだろう。

「そうなる前になんとかして、ここから出することはできないかな……?」

「…………」

出する方法は、ないわけではない。

しかしそれは、城谷と辻にもできる方法ではない。

トバリは隙を見て、辻か城谷のを食うつもりだった。

彼らのを十分に食べることができれば、トバリは力を取り戻すことができるはずだ。

そうすればここから逃げるどころか、春日井にも復讐を果たすことができるかもしれない。

だが、そんなことを考えていると辻や城谷が知ったら、トバリもただでは済まないだろう。

今のトバリは拘束されていてきが取れない。

辻と城谷が本気でトバリに襲い掛かれば、トバリが殺されてしまうということもあり得る。

「……夜月くん?」

「――ああ、悪い。ちょっと考え事してた。そうだね、何か僕の手錠を破壊できそうなものがあればいいんだけど……」

「なるほど。たしかに夜月くんが自由にけるようになれば、ぼくたちが逃げられるようになる可能もかなり高くなるよね」

辻はトバリの言葉に神妙に頷いていた。

そこに一縷いちるのみがある、とでも言うかのような辻の態度に、トバリは心で暗い笑みを浮かべる。

――せいぜい、最期の時まで利用させてもらうことにしよう。

「僕はけなくて見えないから一応確認しとくけど、今も外にはゾンビがうろついてるんだよな……?」

「そうだね……。相変わらずいるよ」

辻が苦々しげにそう口にする。

そんなやりとりをする中で、トバリはある結論にたどり著いていた。

……辻を何とかしてかすしかない。

それ以外に手はない。

辻がゾンビに食われて戻ってこなければ、その時はその時だろう。殘念だが、辻への復讐は諦めるしかない。

一人に復讐を果たし損ねる危険はあるが、優先順位を間違えてはいけない。

今の目標は、とにかく生きてここを出ることだ。

辻が消えていることに春日井は怒り狂うだろうが、トバリたちを殺せない以上逆転の芽はある。

なんとかして城谷のを食べることができれば、春日井や三田相手でも勝機はある。

「僕もこのままけないからな……。城谷もあの様子だとまともにけないだろうし、けるのは辻しかいない」

「……うん、そうだよね。そうなんだよね」

「……辻?」

辻は、しだけ笑みを浮かべていた。

それは悪意を含んだものではなく、むしろどこか、悲壯な決意をたたえたもので。

「夜月くん。ぼくちょっと行ってくるよ」

辻が何を言い出したのか、トバリには一瞬わからなかった。

しかしそれも一瞬のことだ。

トバリの心に暗い喜びが沸き上がるが、必死に堪える。

歓喜の念を押さえつけながら、トバリは心配そうな表で辻に忠告する。

「正気か? 外はゾンビだらけなんだぞ? ここから生きて出られるわけないだろ」

「逆に考えてみてよ夜月くん。外にいるのはゾンビだけだ。春日井も三田さんも今はいない。ぼくたちがここを出できるチャンスは、今しかないかもしれない」

「それは……そうだけど」

辻の言うとおりだ。

外にはゾンビしかいないし、春日井も三田も今はいない。

出する絶好のチャンスなのだ。

ゾンビがうろついているというだけで、監視制はそこまで厳重とは言えない。

しかし、ただの人間である辻にとってそれは脅威以外の何でもない。

逃げるのがしでも遅ければ、ゾンビの餌になっても何もおかしくないのだ。

「夜月くんには、本當に々と助けてもらった。城谷くんも、今はあんなじだけどちゃんといいとこあるんだよ? だから、今回はぼくが二人を助けるんだ」

「……っ」

辻がそう笑うのを見て、トバリの心は鉛のように重くなる。

あまりいい気分ではなかった。

そしてそれは、春日井たちに監されているからという理由では、決してなくて。

「待ってて。必ず助けを呼んでくるから」

そう言い殘し、辻は走り出した。

テナントを突っ切り、すぐにその姿は見えなくなった。

それと同時に、眠っていたようだったゾンビたちも、活を再開したようだ。

ショッピングモール全を、いやな空気が包んでいる。

を狙う捕食者たちの粘ついた気配が、嫌でも伝わってきた。

「……馬鹿な奴」

トバリはそう呟いて、テナントのり口から視線を外した。

靜かな部屋に、時折城谷がく聲だけが響いていた。

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