《終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビをってクラスメイト達に復讐する―》第70話 生きる意味

「……ほう。辻は逃げたのか。ま、賢明な判斷だな」

次に春日井がトバリ達の前にやってきたとき、最初に口に出したのはそんな言葉だった。

辻が出て行ってから、どれぐらいの時間が経っただろうか。

時間の覚はとっくに無くなっている。

近くには三田の姿もある。

今回も二人そろってやってきたらしい。

相変わらず、春日井の行に干渉する気はないようだが。

「ち、違う……。辻は……助けを、呼びに……」

「ヘタレ野郎が、助けを呼んでくるってか? こんなゾンビだらけの中を走って? 脳みそお花畑かよカスが。戻ってくるわけねぇだろうが」

城谷のそんな聲を、春日井は鼻で笑う。

冷靜に考えると、春日井の言うことは正しいとトバリは思った。

どうしてトバリは、辻がそのまま逃走するという可能を考えなかったのだろうか。

その答えにたどり著きそうになって、トバリは考えるのをやめた。

なんだか無に気分が悪い。

「夜月もだいぶ調子が悪そうじゃねぇか。二日も飲まず食わずだとそんなものなのかねぇ」

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「ぐぇっ!!」

そんなことを言いながら、春日井はトバリを蹴り上げる。

何の脈絡もない突然の暴力に、トバリの目の前で火花が散った。

「な、なにを……」

「まあ逃げたものは仕方ない。代わりと言っちゃあなんだが、辻の代わりにお前らを多めに痛めつけることにするから安心しろよ」

春日井は笑っていた。

辻が逃げたことなど微塵も気にしていない様子だ。

考えてみれば、辻や城谷が拘束されていないのもおかしいのだ。

いくら外がゾンビだらけとは言っても、自由にけるならいくらでも出のチャンスはある。

辻や城谷を拘束しなかったのは、別に逃げられたらそれはそれでいいと思っていたからなのではないか。

その証拠に、春日井も三田も怒ったり、焦ったりしている様子は微塵も見けられない。

むしろ春日井は、これで合法的にトバリ達をボコボコにできると喜んでいる節さえあった。

「俺はまだいいとしても、アンタはちょっとヤバいかもしれねぇけどな。亜樹さんからこいつらを管理するように言われてたんだろ?」

「……そうだな。俺の管理不足だ。どうせ期限は明日の朝までだから、それまで俺がここにいてもいいだろう」

「面倒な選択肢を取るんだな。別にそれでも構わねぇが」

春日井が鼻を鳴らすと、三田もそれで話は終わりだとばかりに口を閉じる。

本當に相が良くないらしい。

もう二日目に差し掛かっているという事実に、トバリは歯噛みする。

しかも今日からは、三田がトバリたちの見張りとしてつくという。

どうしようもない狀況だ。

その後、トバリと城谷は春日井から暴行をけ続けた。

蹴られ、毆られ、踏まれ、意識が朦朧としながらも、痛みだけはしっかりとに刻まれる。

ようやく春日井が満足して立ち去ると、トバリと城谷は完全に意識を手放した。

「……痛ってぇ」

の痛みを知覚して、トバリは目覚めた。

セフィラを持つトバリにも、さすがに限界がきている。

傷の治りは先日より明らかに遅い。

城谷も寢ているようだった。

寢ているというより、気絶したままになっているというのが正しいかもしれない。

その息は苦しげで弱々しく、次の瞬間に呼吸が止まってもおかしくないような気配があった。

空腹も強烈な痛みに変わっている。

セフィラを持っているトバリですらこれなのに、ただの人間である城谷にはどれほどの苦痛なのだろうか。

想像することすら難しい。

「起きたか」

「……っ!」

突然の聲に、トバリのは無意識に反応してしまった。

三田が、壁にもたれて近くの床に座っていた。

その顔には、特に何のも見ることはできない。

「朝が來れば、俺もここを発つ。意味はわかるな?」

三田の言葉に、トバリは黙ってうなずく。

つまり、もうあと數時間で、亜樹が命令したタイムリミットがやってくるのだ。

三日間としか指示されていないようではあったが、朝までは時間があるということだろう。

「そうか。ならいい」

三田はそれっきり黙ってしまった。

おそらくは起きているのだろうが、トバリにはよくわからない。

トバリも寢ることにした。

異常なほどの倦怠が全を包んでいる。

無気力と呼んでもいい。

ここ數日、虛無的な思考がトバリの脳を支配していた。

思えば、トバリはなぜこんなことになった世界で生きているのだろうか。

トバリをいじめていたクラスメイト達に復讐するため……本當にそのためだけだっただろうか。

何かとても大切なものを忘れているような、そんな気がしてならない。

復讐したあとはどうするつもりなのだったか。

何か考えていた気がするが、それも思い出せない。

普通に考えれば、こんなことになってしまった世界で生きていても仕方ないのではないか。

復讐心ではない、何か希のようなものを持って生きていたような気もするが、思い出せない。

それこそ気のせいだったのかもしれない。

最初からそんなものはなかったのかもしれない。

泥沼のような思考の中で、トバリの意識は眠りへと落ちていった。

「――くん! 夜月くん!」

「……ぁ?」

が揺れている覚で目が覚めた。

今日が亜樹の言っていた期限だというのに、疲れのせいか眠ってしまっていたようだ。

不用心にもほどがある。

しかし、今はそれよりも確認しなければならないことがあった。

「……辻?」

「そうだよ! 今はそんなことはいいんだ、早く逃げないと……!」

目の前にいるのは、たしかに辻だ。

まさか、本當に戻ってきたというのか。

三田の姿はなくなっていた。

もう出発したのだろう。

城谷は相変わらず床に転がっている。

息はしているようだが、もう蟲の息と言っても差し支えない。

生きているのが奇跡なのではないかと思わずにはいられなかった。

「あいつら、そこから中へはって來られないみたいなんだ。だからぼくでもなんとかなったんだけど」

そう言って、辻はテナントのり口を目で示す。

おそらく三田が、ゾンビたちに「あそこから中にはるな」と命令しているのだろう。

ある意味、ここは安全地帯としての役割も果たしていたのだ。

「とにかく、すぐに逃げよう。出するルートは考えてあるし、乗ってきた車はそのままになってるから、そこまでたどり著ければ大學病院まで戻れるはずなんだ」

「大學病院……ああ、そうだよな」

トバリは、大學病院で避難生活を送っていたのだった。

城谷や辻もそうだ。

そこに帰ることに、何の問題もあるはずがない。

いや、問題はある。

三田がここを出発しているということは、三田がユリの回収のために大學病院に向かっているということだ。

そこで戦闘が起きる可能もある。

だが、ユリ一人が『知恵コクマー』となった三田に対抗できるかと言われれば、怪しいところだ。

案外あっさりと決著がついて、大學病院には平穏な日々が訪れるかもしれない。

だが、トバリがそんな場所に戻って、いったい何の意味があるのだろう。

トバリの目的は、復讐なのだ。

復讐対象と慣れ合ってどうするのか。

トバリがそんなことを考えていた、そのときだった。

「……何やってんだ、お前ら」

テナントのり口。

トバリたちの唯一の出ルートになる場所に、『慈悲ケセド』が立っていた。

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