「ぐぇっ！！」

春日井の毆打が、辻の顔面に炸裂する。

それだけで辻のは面白いように吹き飛んだ。

床をゴロゴロと転がり、壯絶な痛みにうめき聲を上げている。

そんな辻の様子を、春日井は冷めた表で眺めていた。

「俺は噓つきが嫌いでな」

うめき聲を上げる辻を足蹴りにしながら、春日井は言葉を続ける。

「出ルートを見つけたなんて、噓だよな？」

「……っ」

「ここから下に降りるルートにも、お前が言う駐車場のところにだって、ゾンビがうじゃうじゃいる。ただの人間であるお前が、そんなところまで行って確認なんざしてたらすぐゾンビ共に食われちまうだろ？」

「…………」

「つまりお前は、適當こいて命からがらノコノコと戻ってきただけの無能だよなぁ」

「…………っ！」

春日井の言葉に、辻は何も言い返さない。

どうして何も言い返さないのか。

それではまるで、春日井の言葉が真実なのだと言っているようなものではないか。

「ちょっと格好つけて飛び出したけど、実はビビって安全な空間に隠れてたんだろ？　それで、俺が夜月と城谷を確実に処分した明日、出しようと思ってたんじゃないのか？」

「ち、ちが……」

辻が何かを言い返そうとすると、春日井は足をしあげた。

それだけで辻の口は塞がれてしまう。

そんな反応に春日井はひとしきり笑うと、スッと目を細めて、

「でも俺は、卑怯者は嫌いじゃあない。そんな素敵なお前ら……城谷と辻に、提案がある」

「提案……？」

辻は思わぬ言葉に、顔を困のに変えている。

城谷はさっきからピクリともかない。

トバリは、その中に自分が含まれていないことに、なんとなく察しがついた。

「俺と一緒に夜月を痛めつけたい、って言うなら、解放してやらないでもないぜ？」

春日井のそんな言葉に、辻は目を見開いた。

そんな彼の反応に、春日井は「ああ」と頷き、

「俺だって、好きでお前らに暴力を振るっていたわけじゃない。亜樹さんに頼まれたから、仕方なくやってたことなんだよ。その辺、夜月をいじめてたお前らならわかるんじゃぁねえのかぁ？」

「…………」

春日井の言葉に、辻が俯く。

思い當たる節があるのだろう。

「俺の提案をけれたからって、お前らが気に病む必要も全くない。俺の提案を斷れば、お前らは俺に殺されるんだからなぁ。そう。これは仕方ないことなのさ」

辻のがブルリと震える。

春日井の言葉は、誇張ではない。

この提案を斷れば、辻は春日井に殺されるだろう。

「また一緒にそいつをボコボコにしようぜ。な？」

悪魔の甘な囁きが、辻の耳を揺らしている。

辻は黙って俯いていた。

その表は窺い知れない。

普通に考えれば、悪くない話だろう。

春日井の言葉がどこまで信用できるかはわからないが、なくともこの場で殺される危険は大きく下がる。

トバリの心を抜きにすれば、大人しく春日井の提案をけれるのは賢い選択と言えるかもしれない。

「……ごめんね、春日井くん。それはできないよ」

だが、辻はそう言った。

顔を下げて、床に這いつくばり、切れたを噛みしめながらも、春日井の提案をけれることを拒否した。

「んー。幻聴か？　今、辻のほうから明らかに不適切な言葉が聞こえた気がしたんだが」

「……っ」

春日井が不快そうな顔で、辻を威圧する。

それだけのことで、辻を黙らせるには十分すぎた。

「……誰が、てめぇみてぇな勘違い野郎の味方につくかよ」

そんな言葉を発したのは、それまで靜寂を保っていた城谷だった。

「あぁ？」

「……おれたちが夜月をいじめてたのは、亜樹さんに頼まれたからじゃねえ。おれたちが弱かったからだ」

城谷の言葉に、春日井の表がとてもつまらないものを見ているようなものに変わる。

その危険信號に気付かず、城谷と辻は言葉を続ける。

続けてしまう。

「おれを毆るなら好きにしろよ。おれは絶対夜月を毆ったりしねえけどな」

「……夜月くんは友達だ。友達を売るような真似はできない」

城谷と辻は、そう言い切った。

自分たちがどれほど愚かな選択をしたのか気付かずに。

「……ぷっ。あはは。はははははははははははっ！！！」

春日井は狂ったように笑い始めた。

しかし、それは目の前の景が愉快だったからではない。

これから彼が目の前に作り出す景を想像して笑っていたのだ。

「せっかく知人のよしみでチャンスを與えてやったのに、ほんとにお前らはどうしようもないカスだなぁ……」

吐き捨てるようにそう言って、春日井は這いつくばっている辻を踏みつける。

それはトバリのこれまでの人生の中で、もっともののよだつ音だった。

「げぇっ」

辻の背中が破裂した。

春日井の足は辻の背中を貫通し、床に達している。

床にの花が咲いている。

春日井の足は真っ赤に染まっていた。

「え？」

辻の口からおびただしい量のが溢れる。

自分のに何が起きたのか、わかっていないのだろう。

どう見ても致命傷だった。

「夜月をいじめてる時、楽しかっただろ？　どうしようもないほど優越をじてただろ？　なに今更いい子ぶってんだぁ？　あぁ？」

春日井は無表で辻の背中からまみれの足を引き抜き、再び辻の背中を踏みつける。

いや、それは踏みつけるなどという生易しい作ではない。

潰れた臓とを攪拌し、ほとんど意識すら殘っていない辻の最期をより苦痛に歪めようとしている。

辻にはもう、それに反応できるほどの生命力も殘っていない。

その目にはなかった。

「ひっ……」

ひとしきり臓を潰し終えて満足したらしい春日井は、次に城谷の方を向いた。

城谷はあまりの景に怯えて聲も出せない。

そしてそのけない聲が、彼の人生の最後の言葉となった。

「そういうのが一番ムカつくんだよ、カスが」

春日井が城谷の頭を蹴り飛ばすと、と骨の砕ける音が辺りに響いた。

頭だったものの中が辺りにぶち撒けられ、との臭いが辺りに充満する。

それだけで、辻と城谷は命を落とした。