《Duty》chapter 6 第2の審判 -3

            3 6月20日 第2の審判

今年も夏の暑さが滲み出てきたこの頃。カラっとした快晴の空模様に覆われていた。

このところ、毎朝、宵崎高校3年1組の教室はかつてないほどの清潔さを保っている。

それもそのはず、A軍の山田秋彥が誰よりも早く登校し、教室中を清掃しているのだ。

そんな出來事を初めのころは太ですら驚愕して見ていた。大したものだと思っていた。

カースト上位であるA軍に所屬しているはずの山田がどうしてここまで変わってしまったのか。

それは6月初めに起こったあの事件が原因である。

東佐紀との一件で『罪人』に選定されてしまった山田は、最初の頃は常に沈みきって、怯えていた。

前例の五十嵐の死を知っていたからである。

山田は、自分も五十嵐と同じように死んでしまうのだ、と頭の中で何度も思い描いていた。

「今からでも皆に対して優しく接しておいたほうがいいんじゃない?」

そういう平森の言葉を真摯にけ止め、ある日を境に山田は人が変わったように、イイ生徒になってしまった。

誰よりも早く學校へ登校し、教室中を清掃する。

登校してきた人間には誰であろうと元気に挨拶をする。禮儀正しく、靜かな生徒へと変貌してしまった。

いや、靜かというよりは、自分の存在を極限まで減らしているようにも見えた。

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そんな行いをしている山田を太も桜も素直に心していたのだった。

「アッキー、頑張ってるね、最近」

スマホを片手に教室後方に憑れかかっていた仲居ミキが呟いた。

「命、かかってるからな」

隣に佇んでいた金城が、真剣と冗談の間のようなトーンでそう返した。

「ほんとにさ。またあんなこと……起きるのかな」

「あんなこと?」

「……あの、『審判』とかいうやつ」

「起きなきゃいいけどな」

「アッキー。死なないよね」

「……死ぬわけねえだろ。五十嵐は『審判』とは関係なかったんだよ。偶然だった、運が悪かっただけだって」

「あの出來事、夢オチだったってことにはならないかな」

「ミキ。お前それほんとに言ってる?」

「本気でそう思おうとはしてる」

「……」

金城は一切笑みの無いそんな友達の表を橫目で眺めることしか出來なかった。

そんな山田とは真逆に、もう一人の罪人になってしまった東佐紀の席はあれ以來ぽっかりと空いてしまっていた。

桜はそんな空席を眺めつつ、心配する面持ちで話した。

「ずっと登校拒否、だね。東さん」

太は桜の視線の先をふと見て、答えた。

「あんな悲慘な出來事があって。今度は自分がその対象に選ばれたんだよ。仕方ない」

「ねえ太。もうさ……大丈夫だよね?」

「……」

「あれはさ、誰かの悪戯だったんだよね」

「……わからない」

「きっとそうだよ」

桜は教室を見渡して、頷いた。

「きっと……そうだよ」

ザアアアアアアアアアアアア

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そのとき教室中に絶の音が鳴り響いた。

それは全ての生徒たちの耳に屆き、そして震え上がらせた。

ただ獨り佇む山田は目を見開いて、がくがくとを震わせ恐怖に打ちひしがれていた。

『3年1組の人間り損ないの皆さん、ごきげんよう』

太はスピーカーから鳴り出すその怪異的な聲を鋭く睨みつけ続けた。

「い、いや……」

桜は怯え、太にしがみつく。

『只今の通達によっテ、今回の審判の斷罪の決定権を3人の生徒に委ねられましタ』

「3……にん?」

「私が?」「俺もだ……」とA軍である派手な茶髪に染めている篠原芽と、B軍男子の有沢が靜かに聲を上げた。

その二人に注目が集まった教室で、スマホを見つめる最後の一人が靜かに名乗りを挙げた。

「僕だ……」

ささやかな笑みを浮かべ、そう告げたのはC軍・平森隆寛であった。

『今回は篠原さん、有沢さん、平森さんの3人に審判を行っテもらいまス。罪人の名ハ、東佐紀、山田秋彥でス。日頃の素行・クラス貢獻からどうか正しいご決斷ヲよろスくお願いシマス』

山田はその場に崩れ落ち、耳を塞いで怯え続けていた。

『今回の審判は有罪・無罪の選択からの多數決で決めて頂きまス。要らない人間はドンドン殺してしまいマショウ』

「くそ……ふざけんな……ふざけてんじゃねえぞ!」

金城は怒鳴りつけた。

しかし、奇怪音聲は無慈悲にも審判の開始を告げた。

『マズは一人目、東佐紀の審判からお願いしマス』

ぶつん――と音は途絶え、教室は靜寂とすすり泣くような聲に包まれた。

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「こんなの、五十嵐の二の舞になるだけだ! 皆無罪にすればいいだけの話だろ!」

太は教室中に屆き渡るように聲を上げた。

「……」

「……」

A軍・篠原芽とB軍・有沢は黙って俯くままだった。

そのとき、平森が靜かに口を開いた。

「東佐紀、彼は自分が罪を犯した後でも、一向に構わずに欠席をし続けた。償いという意識が欠落した最低の人間だと僕は思うね」

太は信じられないというような目で平森を睨みつけた。

「平森君! 東さんの友達じゃなかったのか! キミは!」

「罪人の友人なんて要らないよ」

「!」

C軍の伊瀬友昭はを震わせながら俯くことしかできないでいた。

「俺は無罪だと思う!」

B軍の有沢が口を開いた。

そして大きく深呼吸をするようにした後、えずいているようだった。

「……」

平森はそんな有沢の姿を黙って睨みつけた。

「……臆病なやつめ」

そして誰にも聞こえないよう、そう呟いた。

そんなとき、A軍・篠原芽が拳を力強く握り、目に涙を浮かべて呟いた。

「でも。あのは五十嵐を殺した……!」

平森は不敵に笑う。

「違う! あれは偶然だっただけだって! なあ!」

太は必死になだめようとする。桜はその後ろで怖がることしかできずにいた。

「……あのも同じ目に遭ってしまえばいいんだ」

「篠原さん!」

篠原芽はキッと鋭く目付きを上げ、自らの判決を述べた。

「有罪、だ」

の時が、刻一刻と近づいてくる。

そんな狀況に耐えられず、泣き出してしまう生徒もちらほらと見けられた。

絶対にまた迎えてはならない、あの慘劇を。

「五十嵐の事故は偶然だった」そう思い込みたいだけ。

3年1組の生徒たちは既にこの狀況を理解していたのだった。

『審判で有罪の判決をけた人間は死ぬ』と。

太は靜かにみを託すかのように平森を見た。平森の表はクラスの誰よりも穏やかで、満足げに恍惚としていた。そして、告げた。

「勿論、有罪だ」

「ああああああああああ!」

クラスに誰かの生徒の慟哭が響き渡った。

目を見開き、太は揺を隠し切れなかった。

ザアアアアアアアアアアアア

奇怪な放送が東佐紀の斷罪を告げた。

『只今一人目の判決が下されましタ。東佐紀は有罪。斷罪は全カワハギの刑でス』

「くそ!」

太はハッとしてある人を探した。

「伊瀬君!」

俯き怯えていた伊瀬友昭はその聲に反応して、顔を上げた。

太が伊瀬のもとまで近づき、焦る聲と慌てた様子で話しかける。

「伊瀬君、東さんの連絡先知ってるよな! 電話掛けてくれ!」

「う、うん……!」

伊瀬は震えた手でスマホを取り出し、何度も押し間違えながらも、東佐紀の連絡先へと電話を繋いだ。

「……」

息が切れそうになる度に深く深呼吸を繰り返す。

そんな電話を掛ける様子を他の生徒たちも見つめていた。

そして、

『い、伊瀬、君?』

電話が通じた。

「東さん! だ、大丈夫?」

『あの……え、えっと、私……』

「えっと……」

何を話せばいいのかわからない伊瀬から太はスマホをけ取り、電話を変わった。

「東さん! 神谷だけど、無事?」

『神谷君? う、うん。えっと……』

「よかった……」

どうやら東佐紀は無事のようである。

つまりはやはりこの奇怪な茶番は、死とはなんの関係もない、ということだ。

太も周りにいる生徒たちも安堵の表を見せた。

『どうしたの? 神谷君』

「うん。今ね……あ、いや、なんでもない。無事ならいいんだ」

『そっか……。うん、でもね。なんか私、熱があるみたいで……今、凄く暑いの』

「そうなんだ……風邪か。皆待ってるからさ、治して登校してくるんだよ? でも無理はしないで」

『――ベリィィィイッ――』

「?」

太はスマホの向こうから、何か嫌な音を聞いた。

「え? 東さん? なんか変な音が」

『うん……私……今、凄く暑くて……』

『バリッ……グシャァァ……ベリィイ……』

「あ、東さん? い、今、何を……?」

『暑くてね、今、なんだけど……それでも暑くて……あついあついあついの』

太から嫌な脂汗が湧き出て來る。

まわりの生徒たちも顔がどんどんと強張っていく。

また山田秋彥もその通話を聴いて、この世の終わりとでもいうような表を浮かべていた。

「東、さん?」

ぎたいの……全部、いやあ……あつい……』

東佐紀の聲が涙聲に変わってゆく。

そしてその聲は徐々に悲鳴へと変貌していった。

『はあ……はあ、あつい……痛い……いやあ。いやあああああああああああああああ!』

『――ベリィ――』

「東さん! 東さん! 東さん!」

ねっとりとした悲鳴はの向こう側にいつまでも張り付いているかのように、響き渡っていた。

それは斷末魔となり、東の聲はそのまま小さく消えていった。

震えた手で太はスマホを切り、そのまま絶を浮かべ佇んだ。

「お、おい……神谷……う、噓だろ」

金城が太の隣まで近づき、話しかけた。

「東は、なんでもなかったんだろ!? あのやろう俺たちを馬鹿にして楽しんでやがんだろ! なあ!」

大きく太の肩を揺さぶりながら、金城はんだ。

「ねえ……あの音って何?」

仲居ミキが恐怖し、震えた聲で呟いた。

太や金城、桜はそんなミキの姿を見つめたまま何も告げられずにいた。

そのとき、小さな笑いがかすかに響いた。

「……ぷはは……っ」

皆の視線が一人の生徒に集まる。

視線の先には平森がいた。堪えるようにして笑っていた。

「まさかだけどさ。剝いでたとか? 自分の……からだ――」

「平森いいいいいい!」

金城は平森に向かって突撃した。

「金城!」

太は金城を必死に押さえつける。

「てんめええ!」

「冗談だよ、でも死んだのかな? 彼

「平森……」

太は金城を押さえながらも平森を睨みつけた。

そんな様子を山田秋彥はぶるぶるとを震わせながら、頭を抱え見ていることしかできなかった。

その顔は今まで見たことが無いほど涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。

『刑が執行されました。ソレデハ続いて二人目の罪人・山田秋彥の審判をよろすくお願いいたしまウ』

暗く靜寂という名の闇が教室を包み込んでいるようであった。

太は許せなかった。

どうしてこんなことが行われようというのか。

この3年1組の生徒は死ななければならないような何かをしでかしてしまっているというのか。

【こんなに簡単に……人が、シヌ……などあっては……なら――】

ぼーっとする頭を太は振り払った。

山田秋彥が自らの額が割れてしまうのではないかというほどの勢いで床に向かって土下座をした。

「お願いだ! 俺は死にだぐない! 許じてくれ! 頼む! 無罪にしでくで!」

泣きじゃくる聲で山田は無様に頭を下げ続ける。

A軍の篠原芽は、そんな山田に近づき、背中をでて優しく話しかけた。

「大丈夫。山田は悪いことしてないよ。一生懸命クラスのために頑張ってたじゃん……私は山田を無罪にする」

キッと殘り二人の審判者を睨みつけてそう告げた。

太も有沢と平森に向かって、大きく告げた。

「もうやめよう。誰かが死ぬなんて間違ってるよ。皆で無罪にして終わらせよう?」

有沢は深く俯いた。

今、無罪が1票あるこの狀況で有沢が無罪になれば山田秋彥は助かるのである。

もう誰かが死ぬところなど見なくて済む。

有沢は太を見つめた。

太は大きく頷いた。

スッと息を吸い込み、有沢は自らの判決を告げようとした「無罪」と。

「勿論、有罪にするよね。有沢君は」

「!」

平森が冷徹な表のまま、そう告げた。

「……え?」

「あれ有罪に決まってると思ってたよ」

平森はゆっくりと有沢に近づく。

「あれはさあ2ヶ月くらい前だよねえ。有沢君、この山田に毆られたことあったよね」

「!」

「なんか腹立つからって、B軍のキミが。あれは五十嵐アキラが山田をよく甚振ってたからさ、そのストレスをキミで解消したんだよ。このクズは」

「……」

有沢の表は徐々に曇ってゆく。

「有沢君……?」

太は顔からの気が引いていくのを確かにじながら、小さく有沢の名を呟いた。

「廊下でれ違いざまに顔面向かって。そのあともさトイレに連れ込まれて、ボコボコにされてたよねえ? 僕見たよ、モップで何度も毆られてた」

「……」

土下座をしていた山田がゆっくりと顔を上げる。

その表は蒼白で曇りきっていた。

「あ、有沢……ち、違うんだ……あ、あれは」

ふっと笑って平森は続ける。

「結局額切れて、傷が出來て。結局手で塞いだんでしょ? 勿論、このクズは治療費なんか出してくれやしないし。可哀相だなあ。一生の傷だもんね~」

「……」

有沢はを噛締め、震え始める。

「あ、有沢! 違うんだあれは! あ、あの、ゆ、許してくれ! この通りだ!」

山田は急いで、床に頭をつけ、謝った。

「安っぽい土下座だよねえ。有沢君。こいつはキミの為に土下座をしてるんじゃないよ。自分の為にしてるんだ。命が掛かってるから。このクズは有沢君のことなんかこれぽっちも考えちゃいないよ。死ななきゃわからないんだよ、こういうクズは」

呆然と山田を見つめる有沢をうように、平森は冷たい言葉を溢す。

「コイツは生き殘ったら、有沢君のことなんてすぐに忘れるよ。そしてまた同じことを繰り返すに決まってる。クズはどこまでいってもクズだからね」

有沢は靜かに山田の姿を見下ろす。

「平森君、やめろ、やめるんだ」

太は必死の思いで聲を出した。

だが、彼ら2人には聲は屆いていないようで。

「有沢君さ。こんなクズのこと許せるの? 誰彼構わず暴力を振るう。このクズを」

「……」

「このクズをやっと裁けるんだよ?」

「……」

「この世には、死んだほうがいい人間だっているんだよ」

にやっと不気味な笑みを浮かべて、平森は有沢に囁いた。

「大丈夫。キミは痛くもくも無い。本當にこのクズを裁くのは、僕だからね」

有沢は拳を握り締め、山田に近づいた。

そして、山田の顔面に思い切り拳を叩き付けた。

「がはっ!」

山田は口を切ったようで、が一線垂れていた。

「俺は……こいつを有罪にする」

の空気が辺り一面を包み込んだ。

そんななか、平森は邪悪な笑みを浮かべていた。

「平森君……やめろ」

「平森……」

太と金城は靜かに平森を見つめた。

山田は靜かに顔を上げ、自らを見下ろす平森の冷徹な表を視界に捉えた。

そして、平森の口が開かれ、判決が言い渡された。

「山田秋彥は、有罪だ」

の気の引いた山田の顔は一瞬にして、絶へと墮ち、慟哭が響き渡った。

「いやだああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「平森いいいいいいいいいいいいいいい!」

金城は平森目掛けて駆け出し、平森を毆り倒した。

ふらふらと山田はその場に立ち上がった。

「あああああああああああ!」

ザアアアアアアアアアアアア

『只今二人目の審判が下されましタ。山田秋彥は有罪。斷罪は飛び降りの刑でス。さようなら』

その瞬間、ふらふらと窓際に向かって山田は足を進め出した。

「アッキィイー!!」

金城は歩みを進める山田に手をばそうとした。

教室中の生徒たちは目を塞ぎこんだ。

「アハハハハハハハハアハハハハハハ!」

山田は高らかに狂った笑い聲を上げ、窓へ向かって走り始めた。

「山田!」

太のびなど屆くはずもなく、山田は窓ガラスを突き破り、宙へと駆け出した。

そして悲鳴がこだまする教室に目を向けたまま、殘酷にも山田のはゆっくり地へと落下していった。

『今回も素晴らしイ審判をありがとうございマシた。皆様、これからも誰に対しても謙虛で、親切でありますように。イイ人だけのクラスを目指しマしょウ。それでハ次回審判で遭いましょウ。ばいちゃ!』

        

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