５ ７月１１日　影零

「影さん」

廊下の先へ向かってゆっくりと歩き出そうとしている子生徒、『影零』の背中に向かって、太と霧島、桜の３人は聲を掛けた。

放課後のオレンジに染まった廊下に、吹奏楽部の演奏が鳴り響いていた。

第３の審判があり、金城蓮と仲居ミキ、そして伊瀬友昭の３人が死亡した。

それによる生徒たちの神的不安を考慮してか、３年１組は２日間學級閉鎖となっていた。

その休み明けの今日、影零へと聲を掛けたのだ。

その理由は言うまでも無い。

真相の究明である。

「なに？　早く帰りたいんだけど。私」

影零は一切表を崩さずに、冷ややかにそう呟いた。

「ごめんごめん。そんなに時間は取らせないつもりだよ。キミが率直に答えれば」

霧島がいつもの調子でりのある笑みを見せた。

「なに？」

「影さん、今、俺たちのクラスに起きている出來事については把握しているよな？」

「……」

影零は太の姿をじっと捉えて、しばらくの間睨み続けていたあと答えた。

「『罪人』とり果てた生徒が次々に『審判』によって裁かれ死亡している。今學期の初めからね。嫌でも把握しているわ」

無表の影零は瞬きすら見せずに答えた。

「ふふ、影さん。この現狀についてはどう思うかな？」

「どう……って？　どういうこと？」

「スクールカーストに深く関わっている人間が死んでいるってことについて」

「……神的にもかなりキツイ、に決まってるでしょう？」

「へえ～。本當に？」

「當たり前でしょ。人が死んでいく場面を目撃しているのよ。気持ちのいいものではないわ」

桜はそんな影零を見つめたあと、太の裾をった。

そして、

「ねえ、太。影さん、やっぱり関係ないんじゃ？」

と小さく呟いた。

「桜。俺たちはもう引き返せない」

太は囁くように桜へ返した。

「あはは。芝居なら必要ないよ。その程度の対応で犯人確定というほど、淺はかな推理はしないから」

霧島は影零を睨むように見て、笑った。

「カーストに関わった人間が死ぬことについて。間違っているとは言わないんだね」

「……」

影零は無表を貫いている。

「別の聞き方をしてみよう。影さんは僕たち３年１組のクラスカースト狀況について覚えはないかな？」

「……おぼえ？」

「このクラスで起こっていた日常的な『イジメ』に関して何か意見はないかな？」

「貴方、私に何を言わせたいの？」

霧島はを怪しく釣り上げ笑み、言った。

「例えば、影さんのお兄さんが、『イジメ』が原因で自殺をした……とか？」

「！」

今まで無表を貫いていた影零の表に明らかな揺が走った。

そんな影零に向かって、なるべく落ち著いた聲で太は尋ねた。

「影充って人、知っている？」

影零はその名を聞いた途端に太を鋭い目付きで睨みつけた。そして明らかに揺した口調で言った。

「どうして貴方たちが充兄さんのこと知っているの……？」

「やっぱり影さんのお兄さん、だったんだね？」

「貴方たち何を調べたの？」

「ちょっとね、宵崎高校の歴史を漁ってみただけ。それだけだよ、詳しいことなんて知らない」

霧島は掌を広げ、首を橫に振った。

影零は鋭く睨みつけたまま、続けた。

「だから何？　充兄さんの自殺を嘲笑したいの？」

「違うよ！」

桜は咄嗟に否定した。

「私たちは今のこの狀況を止めたいだけ」

影零は桜を一瞥したあと、視線を外し答えた。

「どうぞ。勝手にすれば？　私の兄は関係ないでしょ？」

「……影さん」

太が口を開こうとしたのを見たあと、遮って霧島が告げた。

「率直に言おう。僕たちは影充さんの自殺がクラスの『審判』に関係しているのではないか、と考えている。『審判』という僕たちのクラスに取り憑いている呪いは影充さんの恨みの現化である可能が高い」

影零はそんな霧島の発言には一切表を崩さず、ただただ黙って太たちの姿を見つめていた。

「……驚かないんだね。まるで知っていたかのようだ」

「……」

「しかもオカルトチックなことに関しても否定はしないのか」

「で？　貴方たちの言いたいことは結局何？　貴方たちの仮説中で『審判』は兄の呪いだから、妹の私に償えとでも言うの？」

「違うって。そうじゃない」

太は慌てて返した。

「僕たちは影さんにそんなことをんで話しかけたわけじゃないよ。キミが『審判』を起こしていた犯人ではないのならばね」

「……」

霧島は影零の反応を見て続けた。

「影充さん……お兄さんの自殺についてどう思う？」

開いた窓から木の枝を潛り抜けた爽やかな風が流れた。校庭からは野球部の聲が響いてくる。

しばしの沈黙のあと、影零は靜かにしずつ口を開いた。

「……悔しかった」

わずかに視線を床に落としながら話す影零の姿を太たちは見守るように佇んでいた。

「私は充兄さんのことが大好きだった。が繋がっていない私を本當の妹のように守ってくれて、とても優しかった」

「が……繋がっていない？」

「親の再婚だったの。充兄さんは義理の母の子よ」

「……へえ。その後、また離婚か……」

囁くようにそう言ったあと、霧島は顎をでるように指でった。

「……もういいでしょ。なに？結局貴方たちは私の過去を聞きたかっただけ？」

太は一歩影零に近づき、告げた。

「今、俺たちのクラスに起こっている『審判』を止めるのを手伝ってしい」

「……」

影零は黙って太を見つめている。

「きっと『審判』はこれからも起こり続ける。今のこの迫した狀況じゃ、次に誰が死んでもおかしくない。俺たちはもうこれ以上、誰も失いたくはない」

桜が神妙に頼み込むように続けた。

「もしも霧島君が言うように影充さんの呪いで『審判』が引き起こされているんだとしたら、供養してあげようよ、お兄さんを。そうしたらさ――」

そのとき、黙っていた影零が口を開き聲を張り上げた。

「私は憎んでいるの。充兄さんを死に追いやった連中も、隠蔽した學校も、兄さんを救えなかった私の父と義理の母のことも！　何もかも全てが憎い！」

影零は冷徹なその目で太たちを捉え、初めて靜かに笑った。

「何故審判を止めなきゃならないの？」

「……え」

「なんだと？」

「いいじゃない、今のままで。今の３年１組あの教室には以前には無かった秩序が存在している。それの何がいけないの？」

「み、影さん？」

「ふざけるな！　何人も人が死んでるんだぞ！　それを――」

「これが兄さんのびなの！　罪を行ってきた人間への制裁！　この學校という閉鎖された狹い世界の中で粋がっている悪を処刑することが兄さんの正義！　だったら私は耐えられる。人の死を見る事だっていずれ慣れる。これこそが充兄さんがんでいた學校という世界の在り方だから！」

喚にも似た影零の誓言を聞き、太は自らの中に蠢くどろどろとした迷いを打ち砕くように言い放った。

「恐怖による支配から生まれた平和は秩序じゃない。ただの地獄だ」

自らを問い詰めるように哀しむ表を浮かべる太を眺め、影零は鼻で笑った。

「別に貴方たちにどう思われても構わない。『審判』が充兄さんの想いである以上、私は絶対に終わらせない。兄さんのびが『あの』に屆くまでは！」

霧島はその影零の発言に耳を傾け、小さく首を傾げた。

「……あの、……？」

影零は黙ったままの太に近づき、耳元で小さく呟いた。

「何も知らない貴方は幸せね『神谷太』」

「……え？」

そのとき何か記憶の斷片を拾うかのように太は影零の姿に向かって告げた。

「影零……お前、俺の何かを知っている、のか？」

小さく鼻で笑って影零は返した。

「『貴方』のことなんて何も知らないわ」

そのまま背を向け、歩き始めた。

「『審判』はまだまだこれからも続く。せいぜい死なないようにしなさい」

窓から差し込む燈に燃え上がる廊下で、不気味に反響する彼の聲は渦巻き、そのまま小さく消えていった。