《Duty》chapter 16 第4の審判 -3

3 9月2日 第4の審判②

平森は目の前で手を組み、不敵に笑った。

影零はゆっくりと目を開いた。

『審判』が始まる。

靜間が、顔を直させて、仰け反った。

「い、いったい、これは……」

そのとき、影零が立ち上がり、靜間を睨みつけた。

「今回は貴方も逃がしませんよ、靜間先生」

「!」靜間は驚いた。

そんな靜間の顔を見て、影零は靜かに口を釣り上げた。

そして、自らの首にかけるロケットをきゅっと握った。

夏季休暇のとき、靜間は言っていた。

「かつての教師たちが救えなかった生徒」「忘れるべきではない事件」。

それは影充、いや影零の復讐対象として、十分すぎる理由であることを太は思い出した。

靜間は拳を握り締め、をかみ締めた。

「3年1組の皆は関係ないはずです! 何かあるのなら、先生一人を狙えばいい!」

影零はそんな靜間の姿を睨み、かすかに笑った。

影零さん。貴方の狙いは――」

『現在、罪人は出ておリませン。これは素晴らしイことでス。皆様、拍手、拍手!』

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再びスピーカーの聲が鳴り出した。

教室の生徒たちはスピーカーに耳を向け、呼吸音すらも抑えている。

『ソれだけ、3年1組の皆様が他人を思いヤル心を取リ戻しつつアルということですよ。実に素晴らしい!』

「うるせえよ……」

太は発信源を睨みつけながら呟いた。

『しかシ! 教室にはいまだ憎悪ヤ嫉妬といったヲ隠してイるだけノ人間もいるはずでウ』

霧島は眼鏡を整えた。

「何を言っている……?」

『そノ者こそ《真の罪人》デはないでしょか!』

窓を強風が叩きつけた。

その音にをビクつかせた生徒たちも窺えた。

『罪人』という言葉は今の3年1組生徒たちを萎させるには十分すぎる言葉だ。

「真の罪人……?」

『そノような人間ヲ皆さんの手で見つけ出してイただきたイ。こノクラスで最も《不必要な人間》……《罪人》を』

生徒たちに悪寒と衝撃が走った。

霧島は壁を叩いた。無機質な鈍い音が鳴った。

『タイムリミットは30分。30分デ罪人を一人選んでくださイ。その者には《死刑》の罰を與えまウ。罪人を選ぶことガできなかっタ場合は、無能デある貴方たち全員ガ罪人であることトしまウ。それでハ開始』

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プツン――

と切れた音を鳴らし、スピーカーからの音は途切れた。

「おい! ふざけんな!」

太は音を鳴らす機械を毆り始めるのではないか、というほどの勢いで激昂した。

教室中の生徒たちが、まわりの生徒を怪しく見始めた。

先ほどまで、傍にいて、くっついていた友人同士であろうという生徒まで離れた。

このなかから誰かを選ばなければならない。

次の犠牲者を。

生贄を選ばなければ、自分が死んでしまう。

生徒たちの恐怖心と焦燥で、教室中には濁った空気が蔓延していた。

霧島が、太の耳元で囁いた。

「神谷君まずいぞ。今回は一人選出すれば審判は終わる。つまり、ここにいる誰もが考えているはずだ。自分以外なら誰でもいいから死んでくれ、と」

この焦りは他人の死を歓迎するムードへと躍進させる。

霧島は続けた。

「つまり……誰かが一人の名前を挙げたとき、その人になる可能が高い」

太はまわりを睨みつけた。

「自分以外だったら、誰でもいいってことかよ」

靜間がゆっくりと周りを見回し、口を開こうとした。

慌てて霧島が靜間を制して止めた。

「靜間先生。今は下手に発言するのは止したほうがいい」

「……霧島君」

太は歯を食いしばり、悔しさとけなさを堪えていた。

そうしている間も周りの生徒たちは、自分以外の人間を品定めするように見ていく。

そんなとき、一人の人間が口を開いた。

「素晴らしい! 素晴らしい!」

平森は、高揚し天を仰ぐように手を広げ、教室の空気を目一杯吸った。

そして、続ける。

「いいじゃないか! 皆で決めようよ! このクラスに、いやこの世界に最も不必要な人間を!」

平森は不気味な笑みを浮かべながら、周りの人間を指差していった。

「キミかい? キミかい? ふふふ」

太は拳を握り締めた。

「平森……お前……」

平森は目を見開き、太の姿を視界に捉えた。鼻で笑い、口を開いた。

「なんだい? どうした神谷君。罪人として推薦したい人間がいるというのかい? 僕に言ってみるといい。聞いてあげよう」

太は聲を上げた。

「ちがう! こんなふざけた茶番に付き合うのは止めよう。誰かを選ぶより、皆でもう誰も死なない方法を考えるべきだ」

平森は笑った。

「あっはっはっは! 何を言っているんだキミは。悪質な人間を処分できるチャンスをどうして僕が捨てなければならない? 皆で助かる方法? そんなものあるわけないだろう? だから僕たちは最初からクラスメイトを殺してきたんだろ? そうやってフルイに掛けているからこそ、 僕のような優秀な人間が生き殘っているんだろう!」

教室を徘徊しながら、平森は捲くし立てるようにいった。

一人を減らし殘りの人間を助けるほうが今は現実的かもしれないと、心のどこかでは太も思ってしまった。

しかし、それでは何の解決にもならない。

恐怖は何も変わらない。

『審判』は何も終わらない。

「平森……お前は間違って――」

「この世に悪はいらない」

平森の聲が変わった。

もうそこには、かつて最低階級C軍の平森隆寛はいなかった。

その姿はまるで五十嵐アキラのような、いやそれ以上の――

「神谷太。お前は人を弱者と決めつけ、そいつを救うことで優越に浸っているのだろう。偽善者め」

平森は冷え切った刃のような視線を太へと向けた。

「……え」

「僕はね。このクラスが嫌いだった。どうしてゴミどもが威張り腐って、高尚なる人間を支配した気になっているんだ?」

と、言いながらかつてA軍と呼ばれていた生徒たちを平森は睨みつけた。

そして、その生徒たちを指差していった。

「僕はかつてA軍と呼ばれていた、このゴミどもが嫌いだ! でもね……僕はそれ以上に……」

平森の指先はゆっくりと、別の方向を向いていき、そして一人の人の前で指を止めた。

「神谷太。ずっと前からお前のことが大嫌いだった。殺したいくらいに」

平森は太のことを指差し言った。

「!」

太のがまるで蛇に睨まれた蛙のように固まった。

教室中の生徒たちの視線が太に突き刺さる。

微かにれるような聲が囁きあっている。

「何を、言って……平森……くん」

「僕にとって邪魔なんだよ、お前は! このクラスに、この世界に必要ない!」

「平森君、キミ何を言っているんだ!」

「平森君、落ち著け!」

靜間と霧島が太を庇うように立った。

「落ち著いているよ、僕は。自分でも怖いぐらい冷靜だ」

平森の釣りあがった口から、しずつ、小さな笑い聲がれ出した。

「五十嵐アキラが死んでから、いや奴が生きていたときからも、ずっとこのクラスの裏で粋がっていたのは他の誰でもない。お前だろが、神谷太」

太の背に悪寒が走り、汗が噴き出した。

呼吸がれ、激しくなる。

「他の人間を勝手に弱者に決め付けて、正義のヒーローぶるのがそんなに面白いか! 人から羨の眼差しを浴びるのが、そんなに気持ちいいか! お前のような人間は、悪よりももっと薄汚い卑怯者だ! 偽善者め!」

「ひ、平森……キミはずっと、俺を……そんなふうに……」

太のが震えた。

瞬きの回數が多くなっているのに、自分でも気が付いた。

平森の指先が太の瞳にしっかりと向けられた。

そして、不気味に笑った。

「このクラスで『真の罪人』になるべきなのは――」

「平森君、やめろ!」

霧島のびが響いた。

「おまえだ」

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