７ ９月２日　蝋の翼

「待ちなさい」

平森が桜の首にあてがったカッターナイフを振りかぶったとき、教室のどこかから誰かの聲が聞こえた。

桜も太たちも、目を見開き、その人の姿を探した。

「今、僕に指図したのはだれ？」

平森は手を緩め、威圧するようにまわりの生徒を見やった。

生徒たちは自分じゃない、とでもいうようにきょろきょろと聲の主を探した。

そのとき、生徒たちの狹間をって影零が現れた。

平森に対し冷徹な表を貫いている。

「お前がいったの？」

平森が尋ねた。

「ええ。そうよ」

影零が答えた。

「なんか文句でもあるの？　僕と対等に話をするなんて、の程知らずにもほどがある。お前がこのの代わりにでもなるか？」

平森は桜にカッターナイフを向けて告げた。

そんな平森を見下ろすかのような眼差しを向けたあと、影零は大きく溜息をついた。

「平森隆寛、貴方何か勘違いしているわ」

「なんだと？」

平森は影零の姿を睨みつけた。

だが、影零は一切怯むことなく続けた。

「いま、このクラスを支配しているのは、貴方なんかじゃない」

「……はあ？　なに言ってるのお前。馬鹿じゃない？　いままでの罪人を裁いてきたのは全部僕だ。僕に逆らうってことが、この世界においてどういうことか。まだわからないなんて馬鹿すぎるだろ！」

平森はおもわず噴き出して笑った。

「きゃはははははは！」

しかし、

「きゃははは……はは、は？」

平森は周りを、教室を見渡して、あることに気付いた。

まわりの生徒たちから自らへ、刺すように軽蔑の眼差しが向けられていることに。

自分のまわりには誰もいないことに。

自分は獨りだということに。

「……え？　あ、あれ？　お前たち、どうしたの？　なに、その目……笑えよ、面白いだろ？」

平森の言葉を無視するようにして影零は言った。

「自分の気にらない人間が死ぬにつれて哀れな妄想に囚われたのかもしれないけど、私たちにとっては迷な話」

平森への刺すような眼差しは続いている。

「お、おい！　その目を止めろ！　僕が、僕がお前らの上流階級だぞ！　逆らえば殺してやる！」

「今まで審判に盡く口を出してきていたけど、普通の人間なら自分のせいで人が死ねば罪悪を覚えるはずよ。貴方はそれよりも快楽をじてしまったみたいね」

平森の視界からは、３年１組生徒たちの眼差しが自分を取り巻き渦巻いているように見えた。

「おい！　やめろよ！　そんな目で僕を見るな！」

――人殺し

――気持ち悪い

――最低階級

――クズは黙ってろ

――人の気持ちもわからないなんて

――最低

平森は桜を投げ捨てて、自らを取り囲む眼差しを払うように腕を振りまくった。

「やめろ！　やめろ！　ちがう！　僕は！　このクラスのためにやったんだ！」

太は急いで桜のもとへ向かった。霧島と靜間も駆け寄る。桜の呼吸を整えるように、桜の背中を支えた。

その様子には目をくれずに影零は続ける。

「貴方が意見を言わなければ、死なずにすんだ生徒だっていたはずよ」

平森は歯を食いしばって、んだ。

「ふざけるな！　僕は……僕はずっと、このクラスの被害者だ！」

影零は表を一切崩さずに告げた。

「相手が死ぬまで復讐に取り付かれた人間が、被害者面できるわけないでしょう？」

影零は目を閉じた。

「痛みを知っていて、他人にその痛みを與える行為。それをした時點で、貴方はもう被害者じゃない」

平森の心臓の鼓が教室中に響いてきそうなほどだった。

それほど平森の表は蒼白で、開いた口を震わせていた。

「ちがう！　ちがう！　やめろ！」

「貴方は覚悟もないのにやりすぎた。これじゃあただの……」

「やめろおおおおおおお！」

平森はカッターナイフを掲げて、影零へと向かっていった。

そして、振り下ろした。

そんな平森には一切怯まずに、影零は告げた。

「『罪人』よ」

平森は目を見開いた。

振り下ろされたナイフは影零に屆く寸前で止まっていた。

平森の呼吸が荒くなる。

脂汗がどっと噴き出てくる。

溫は生きた心地のしないほど冷めていた。

「いやだ……いやだああああああああああ！」

目を雫で潤ませた平森の號哭が響いた。

平森は自がナイフを持つ手を震えさせ、ゆっくりと部のもとまで引き下ろした。

その手は#自分以外の何者かにられているもの__・__#に対抗しているようだった。

「やめて、やめ、て……」

平森はもう一方の手で、ナイフを持つ手を押さえつけた。

しゃがみ込み、歯を食いしばって。

そのとき、ふっとナイフを持つ手にかかる力が抜けた。

平森の表に安堵が見えた。

次の瞬間、ナイフを持つ手が平森の眼球目掛けて直撃し貫いた。

「ああああああああああああああ！」

教室中に平森のびがこだました。

まわりの生徒たちが目を背けるなか、影零だけはその姿を捉え続け、靜かに不敵な笑みを浮かべた。

『只今の審判によリ、今回ノ罪人は平森隆寛に決定いたシまシた。罪人に與えらレた判決はしぶきの刑でウ。皆様、審判ノご協力ありがとうゴざいまシた。それデハ次回審判でお會いシましょウ。ばいばいきーん』

――ぷつん

と、スピーカーから鳴る放送は途切れた。

平森はの流れる目を押さえつけ、もう片方の目で周りの生徒たちを睨むように見やった。

どこにも自分の友人はいなかった。

太と桜を見た。

「平森……」

太と桜は自分へと哀れみの眼差しを向けていた。

平森はさらに息を荒げていく。

そして、ナイフで中を切り刻み始めた。

「いやあああ！　いだい！　いだい！　いだい！　やめてくれええ！」

ナイフを部に向け、『罪人』という文字を刻んだ。

平森の目から涙が零れ落ちた。

「どうして……、僕は……っ！」

彼は窓ガラスに目をやり、頭から突っ込んだ。

ガラスの破片が飛び散り、平森の頭に突き刺さる。

割れた窓に鋭利なガラスが殘っていた。

彼はそれに目をやった。

「僕は……死ぬのか……」

ゆっくりと鋭い割れたガラスに向かって歩き始めた。

「……あずま、さん……いせ、くん」

平森は鋭く尖ったガラスに向かって、自らの顔を叩きつけた。

ガラスは彼のもとに突き刺さり、貫いた。

そして、鮮が窓ガラスと宙にしぶきをあげた。

それはに反した綺麗で鮮やかな赤いだった。