３ ９月２日　母と子⑤

深夜。

太は眠れずに２階の自らの部屋からキッチンへと下りてきた。

冷蔵庫から飲みを取り出しコップに注ぎ一気に飲み干す。

乾いたが潤うのと同時に、脳が冴え渡り、晝の慘劇が思い浮かぶ。

太は思わず吐き気を催し、蛇口から水を出しながら吐き出した。

「太？」

そのとき、誰かが自らの名を呼ぶ聲を聞いた。

はっとして、聲のした方を向くと母である神谷波絵が立っていた。

暗い中ではあるが、彼が寢ぼけ眼ではないことがわかった。

どうやら波絵も起きていたようである。

「眠れないの？」

波絵は穏やかな口調で太に尋ねた。

「ああ、母さんも？」

「ええ」

そう言いながら食棚からコップを取り出し、ミネラルウォーターを注いだ。

「太も飲む？」

「俺はもう飲んだから、いらない」

頷くと波絵は一口飲んだ。

太は吐いてしまったこともあるのか、どことなく気まずくなり部屋へ戻ろうとした。

そのときだった。

「太、最近學校はどう？」

波絵から久しぶりに學校のことを尋ねられた。

「え……」

太は今まで通り無理をしてでも噓をつくような一言を発することができなかった。

言葉が何も出てこなかった。

「楽しい？」

背を向けたまま波絵は続けた。

「……」

「太のクラスの子、自殺したんだってね？」

太の背に脂汗が滲んだ。

「大丈夫？」

「……」

太は何も答えられなかった。

「出席日數が足りているなら別に無理して通うこともないのよ？　験勉強は家でもできるんだから」

「大丈夫だよ」

太はから聲を必死に絞り出したが、し大きい聲になってしまったようで、波絵はをびくつかせた。

「ごめん母さん」

「……太、あのね母さんね……」

「……」

波絵はコップをテーブルに置くと、そのままそこに椅子に座った。

「母さん、太に頑張れとか、しっかりやれとか、そんなことしか言ってあげられてなくて。太は太なりに大変なのにね……」

太は波絵のほうへと振り返った。

「母さん。俺は……俺は……」

「なに？」

「……なんでもない。ごめんもう寢る」

太は再び波絵に背を向け歩き出そうとした。

「母さん、俺は大丈夫だから。死んだりしないから」

そういい殘し、部屋へと歩いていった。

殘された波絵はしばらく呆然とテーブルの上のコップを見つめていた。

そうすると、棚に置いてあるロケットへと手をばした。

それを摑むとに抱き寄せるようにして、優しい聲でつぶやいた。

「きっと大丈夫。貴方ならうまくやれるわ」

彼は穏やかな微笑みに満ちていた。