４ ９月１６日　靜間浪子

太たちは靜間の下の名前を知らなかった。

いや、意識したことがなかったといったほうが正しいかもしれない。

スクールカーストの存在する荒れ果てた教室では教師の名前などどうでもよかった。

もしかしたらA軍のなかには擔任教師の靜間という苗字すら知らない生徒もいたかもしれない。

いやそれだけが理由ではないだろう。

教師を苗字で呼ぶ習慣がついてしまっている生徒たちは、靜間だけでなく他の教師、例えば育教師の海藤、職員室で靜間の向かいにデスクを持つ鈴木なども、下の名前を知らなかった。

厳にいえば覚えていなかったというべきかもしれない。

３年１組の擔任教師・靜間の名は『奈子』というのである。

亜門の調査資料によると、『影浪子』は夫であった影徹と離婚をして、元の苗字である『靜間』に戻した。

そして、『浪子』という名を偽裝して『奈子』という字に変えたというのだった。

つまり『影浪子』は『靜間浪子』から『靜間奈子』と名を変えて教師を続けていたのだ。

太たちの擔任である『靜間奈子』はイコール『影浪子』ということになる。

いや、それよりも大きな疑問があるかもしれない。太たちが抱いている靜間のイメージはこうである。

３年１組擔任の靜間という教師は短い髪に、地味なスーツを著て、曇った眼鏡を掛けている。

その姿から、〈教室の隅で靜かに過ごす暗く大人しい印象の男子生徒〉と言われても、教師だとは気が付かないだろう。

そんな地味な見た目とは裏腹に、黒板にお世辭にも巧いとは言えない〈男らしいのか〉雑なのか、よくわからない文字を羅列している。

そうだ。

靜間はまるで地味な男子生徒だと間違われてもおかしくない見た目と認識していた。

だが、『彼』はれっきとした『』である。

にしては短い髪で、用のスーツを著用している。

にしてはあまりなりを気にしてはいないような眼鏡を裝著している。

そして、にしては男らしくもある雑な文字で、口調にもらしさというものはじない。

だが、太たち３年１組の擔任である『靜間』はなのである。

太たちは信用してしまっていた。

靜間の言葉を。

「影先生の行方はわからない」

その言葉が完全な噓だということは一切疑わずに。

そして、太と霧島は真実を知り衝撃をけたのだ。

３年１組擔任の『靜間』は『影浪子』である、と……。