３ ９月１６日　心

太は一瞬目を閉じて、ゆっくりと開いた。

先よりも強めの口調で目の前に立つ神谷浪絵に向かっていった。

「いや行くよ。行かなきゃならない」

「……太？」

「母さん……俺は、貴方に聞きたいことがある」

首を傾げる彼を鋭く見つめながら、太は小さく深呼吸して口を開きいった。

「母さんは、俺を生んで後悔したことある？」

「……え？」

「論抜きで、答えてくれ」

波絵はきょとんとした顔を浮かべて、そして穏やかに微笑んだ。

「論抜きで、か……。隨分と難しいこと言うようになったのね。昔は公園にあるパンダの遊から降りられなくて泣いてた子が」

「……」

「うーん。人間が論抜きで答えるのは不可能ね」

波絵はゆっくりと太に近づいた。

「例えば、スマホに充電は必要不可欠でしょう。この二つには論なんて必要ない。理屈で解決できる関係だから」

「……」

波絵は太のを指でトントンと叩いた。

「でもね、私たちは人間なの。、つまり『心』を抜くことなんて無理。だって私たちには、臓や脳、骨、ができあがるよりもずっと前に『心』が宿るんだから」

「……」

「考えたり、口に出してみたり、理屈で誤魔化そうとしたりしたって無駄よ。だって『心』はとっくの昔に答えを出しているんだもの」

波絵は太を見つめた。

「私にとって貴方は、『私の心』から誇れる自慢の息子よ」

太はしっかりとしたの宿る瞳で波絵を見つめた。

「いってらっしゃい。必ず帰って來て」

「いってきます！」

強気の顔で太は笑った。

その笑顔はどことなく波絵に似ていた。

×　×　×　×　×

波絵は棚に飾ってあったロケットを大事そうに持ち、中を開いた。

そして、息子の無事を祈った。

ロケットの中には、不安そうにするしい太と、溫かく見守る波絵の親子寫真が寫っていた。

【END】

この作品はフィクションです。

登場する人、団、文獻は実際のものとは一切関係ありません。

なお『スタンフォード監獄実験』を非難・肯定するものでは決してありません。