東堂香子に案されてった廃工場の一室。所々にロウソクがあり、暗い室を照らしていた。

しかし照らし出していたのは寂れた工場の一室などではない。

壁一面、部屋のあちこちに置かれた祭壇、床の上…

目にるあらゆる所に、『何かの臓』の様なが飾られていた。元からこの廃工場はどこからも古いカビ臭い匂いが充満していたが、それが無ければこの臓からの匂いを直接嗅いでいただろう。そう考えると、急激に吐き気が襲って來た。

「うっぐ、おえぇぇ」

今までんな犯罪現場を見てきたが、これ程に異様な景は無かった。そして更に異様なのが、部屋の中央に飾られた大きな像。

─多分だが、黒魔か何かの儀式で良く使われる、『バフォメット像』と呼ばれるだろう─

その石像の山羊の顔と目が合った時、後頭部に鈍い衝撃をけて奧村は気絶した。

薄れゆく意識の中、最後に見たのはニタニタと笑いながら手に持ったバットを振りかざす、東堂香子の姿だった。

─　─　─

「…うぅ……つつ、痛い…」

どれくらい気絶していたのだろうか。ようやく意識がハッキリしてきた。

「…んぁ…ハッ！クソッ！！」

奧村は縄で椅子に縛り付けられていた。辺りを見回すと先程と同じ部屋の様だ。もうカビ臭い匂いはじられない。今度は鉄のサビの匂いだ。

自分のか、それとも周りの臓か。どちらかではあるが、の匂いには違いない。

「刑事さん？あなたは心理に到達したのよ？これはとっても凄い事なの。」

後方から聲をかけられる。東堂香子の姿は見えない。

「だからあなたも犠牲になってもらう。この生贄達と一緒に。」

「東堂さん！あなた、何をやってるの！？」

「真実よ。」

椅子の背もたれを後ろから捕まれ、バフォメット像の前まで椅子ごと引きずられる。

「何言ってるの！？あなたがやってる事は犯罪よ！！」

「これで智恵は帰ってくるの。」

「何をしようとしているのかは分からない。でも！そんな事しても妹さんは帰ってこない！！」

「智恵はこれで生まれ変わるの。山羊に食われた魂が、帰ってくるの！」

東堂香子は先程から訳の分からない事ばかりを口にしている。顔は相変わらず見えないが、多分、『クスリ』か何かで錯している。

「山羊！山羊男！！生贄を捧げるわ。私の願いを葉えて！！！」

東堂香子はバフォメット像に向かって絶している。一瞬後方からのロウソクのあかりが頭の付近に影を作る。それは、振りかぶられた兇を意味していた。

「クッ！！やぁああぁ！！」ガシィ

何とか足を突っ張り、椅子ごと後方に倒れる。

「あぐぅ！！」ガン

振り下ろされたバットは外れ、東堂香子の腹部に頭が直撃した様だ。2人諸共倒れ込む。

倒れた衝撃で縄が緩み、奧村は無理やり椅子から抜け出す。しかしまだ縄はを後ろ手に縛ったままだ。

「鞄、鞄は！？」

辺りを見回しても自分が持ってきた鞄は見當たらなかった。

東堂香子が起き上がる。咄嗟に逃げようとして、が固まった。視線が釘付けになる。

東堂香子の顔は、『山羊』そのものだった。

「きゃあぁぁあぁぁ！！！」

「逃ゲルナァァ！！」ガバッ

東堂香子が捕まえようとしてくる。咄嗟に足に蹴りをれて、縄で後ろ手になりながらも逃げ出す。

ってきた扉に肩から當たりを試すも、扉は開かなかった。

「ちぃ！なんて事！！」

全く持っての盲點だった。

まさか行方不明者の姉が犯人だったとは。自分で捜索願を出したのは捜査を撹する為だったのか？

だが今は何よりも先に集中する事がある。この場から逃げ出す事だ。

「出口…出口はどこよ！？」

ロウソクの明かりだけでは隅々まで見通せないが、それよりも毆られたせいでが頭から垂れてきて、それが目にって視界を奪う。1度顔を拭えればなんとかなるのだが、それが出來ない。

「生贄ニナレェェェエエ！！」

また東堂香子が來る。今度はどう撃退しようかと一瞬悩んだのが痛手となる。

「ウラァァア！！」ブンッ

「ぎゃあ！！」ガン

手に持ったバットが投げられた。咄嗟の判斷が出來ずに直撃してしまう。

「ウハ！ウハヘヘヘヘェェ！！」

東堂香子は倒れた奧村に馬乗りになる。髪のを摑んで、顔面を毆りつける。

「うあぁ！このぉ！」ガシッ

「ギャアアァァ！！」ガリィ

奧村は毆られながらもを回し、髪のを摑んでいた手首に遠慮なく思いっきり噛み付く。

相手が怯んだ隙に蹴り飛ばし、距離を離す。心無しか今の一連のきで縄が緩んだ気がした。

「鞄！どこかに…無い！無い無い！」

視界が悪くて鞄が探せない。ならとりあえず縄を何とかしなければ。

「お願いよぉ！智恵！帰ってきてぇぇええ！！」

錯した東堂香子は何も無い空間に摑みかかろうとしている。山羊の口からはが垂れていた。

必死に立ち上がりとにかく距離を離そうとすると、突然何かの気配ををじ驚いて振り向く。

見えたのは自分の姿だ。暗くて分からなかったが、どうやら大型の姿見の鏡が置いてあった様だ。

「こ、これは…」

「智恵ィィィイイ！！」ガシャン

鏡に気を取られた瞬間、東堂香子が當りをしてくる。その衝撃で二人共もつれあったまま鏡に衝突し、鏡を割ってそのまま倒れ込む。

「うわぁぁぁ！！」

「ギャアアァァ！！！！」

のあちこちにガラスの破片が突き刺さり、凄まじい痛みが奧村を襲う。東堂香子も痛みで悲鳴を上げる。

だが、奧村はこの『チャンス』を逃さなかった。

「うぐ！こんのぉ！！」ザクッ

「ギャ！！」

大きなガラスの破片を使い、縄を切ると、そのままその破片を東堂香子の顔面に突き刺した。

「はぁ！はぁ！はぁはぁ！！」

「グウゥワァァァァアア！！」ボタボタ

自由になった手で顔を拭う奧村。東堂香子と距離を取り辺りを確認する。

探している鞄はバフォメット像のすぐ後ろにあった。

だが、制的に東堂香子の後側になっている。直ぐには手をばせない。

「イケニェェ！！イケニエニナレェェ！！」

の吹き出す顔を片手で抑えて立ち上がる東堂香子。片手にはいつの間にか大振りな包丁が握られていた。ゆっくりと立ち上がろうとしている。

「！！やぁぁぁあ！！」ドンッ

「うがぁ！」

完全に立ち上がられると不利になる。そう咄嗟に判斷した奧村は奴が立ち上がる前に蹴り飛ばした。

東堂香子は包丁を手放す。それ以外にも何か、黒っぽいを落とした。

「！！アァ！！アアァァアアアァ！！！！」ガバァ

一心不に床に這いつくばりながら、何かを探している。手元に落ちている包丁にも視界にらないぐらいに。

「あぁ！まだ！まだ『來てない』！！まだ！生贄が足りない！！ウワアァァァ！！智恵ィィ！！」

何かは分からない。黒い『リモコン』の様な何かを拾い上げて、東堂香子は更に錯する。

「智恵ィィィイイ！帰ってきてよォ！！お願いだからァァ！！」

座り込み、完全に理を失っている。居なくなった妹の名前を仕切りにんで。

「いい加減にしなさい！！東堂香子さん！！あなたを現行犯で逮捕します！」

奧村はついに鞄を手にしていた。そしてその鞄の中に手をれている。

「大人しくして！！今応援を呼んだから！！」

「ウウゥ！！ウウアアァアァァ！！」

泣きぶ東堂香子。出來ればこれを使いたくない。そう思った時に…

「メヴェェエエエェェ！！！！」ガバァ

まるで人間の発する音ではない様なびを上げて、山羊の顔をした東堂香子は飛びかかってくる。

ダァン！！

乾いた発火音が、と錆びだらけの廃工場に響く。奧村楓は鞄から取り出した『拳銃』で、東堂香子を撃った。

「はぁ！はぁ！ハァハァ…終わった。」

力なく倒れそうになるが、最後に意識を振り絞り、バフォメット像にもたれ掛かる。

東堂香子の頭から、が流れ出していた。指先がまだピクピクといては居るものの、これでこの一連の騒には終止符を打てた。

「ハァハァ…でも…これで謎は解明されなくなっちゃった…」

そう。犯人を止めることは出來た。しかし、犯人が死んでしまえばもう事件は迷宮りだ。後に殘された謎は、これで永久に解明されない。

そう、殘念に思った。

東堂香子の死を。

その瞬間─

メヴェェエエェェ…

聞きたくない、まるで『山羊の鳴き聲』の様な音と共に。

『東堂香子』は起き上がっ

「うわぁぁぁ！！！」ドタァン

必死になり、夢中だった。

咄嗟の判斷だった。

何故そうしたかと言われても、頭で判斷するよりも早く、がいた。

奧村は、東堂香子に向かってバフォメット像を倒していた。自分の長ぐらいある、石膏か何かで作られた重い石像を倒したのだ。

東堂香子の手や足はあちこち別の方向に曲がり、頭部は完全に破裂していた様だ。どす黒い溜まりが、バフォメット像の下から全周に渡って染み渡る。

「えー繰り返す！奧村刑事については複數箇所に渡って裂傷をけているものの、現在も意識はある。止に著いては完了している！」

廃工場の外は、普段の靜かな夜とはうって変わりサイレン、赤燈、人が錯する騒音、野次馬や駆けつけた記者等の作る騒音でごった返していた。

駆けつけた救急隊員、警察、鑑識…

そのそれぞれが、自らの仕事を全うするべく忙しなくいている。

そこに、擔架に載せられて運ばれた奧村楓が、救急車に運び込まれようとしていた。

救急車に載せようとした瞬間にを起こし、擔架から降りようとする。

「刑事さん！あまりかないで下さい！！」

驚いた救急隊員が奧村を止める。

「山羊は！？ねぇ！山羊は死んだ！？！？」

「落ち著いて！今は興狀態にありますから！もう大丈夫ですから！」

「ねぇ！ねぇねぇ！！山羊は死んだの！？どうしても確認したいのよ！！」

「おい奧村ぁ！！」

初老の男刑事が擔架に載せられている奧村に近づいてくる。

「これだろ？もう奴は死んだ。お前がやったんだろ？？」

男刑事は証拠品袋に納められた塗れの『山羊のマスク』を見せる。東堂香子が所屬する、睡蓮大學映像研究部で作っていた様な、チープな作りの『マスク』だ。

「……違う……こんなんじゃない！私の見た山羊じゃない！」

「毆られて錯してんだろ！…てめぇ帰ったら始末書地獄だからな！！」

初老の男刑事は怒気の籠った激を飛ばす。

「失も酷く、錯してしまったのでしょう。何日か院すれば元に戻ると思います。」

「あぁ、頼む。」

「違う！！仙崎さん！！私が見たのはそんなマスクじゃ無い！！山羊男だ！！」バタン

そこまで言いかけて、奧村楓は救急車に押し込まれた。救急車はそれを確認するとすぐさま走り出した。

「…ったく…山羊男だと？どーなってやがるんだ…」シュッ

仙崎と呼ばれた刑事がタバコに火をつける。赤いパトランプに照らされて真っ赤に染まる廃工場を、疑う様な眼差しで睨みつけていた。

つづく