《井戸の中【完】》

  鬱蒼うっそうとした森が続く田舎道で、俺は一人車を走らせながら煙草に火を付けた。

  ここに帰って來るのはいつ振りだろうか?

確か……両親の離婚以來だから十年振りくらいになるのか。

そんな事を考えながら、口元の煙草を離して口から煙を吐き出す。

  離婚後、一人田舎に殘った親父が病死したと知らせが屆いたのは、つい昨日の事だった。

元々親父と折り合いの悪かった俺は、両親の離婚後、一度も親父に會いに行く事はなかった。その親父が死んだと聞かされたところで、俺は悲しいだの淋しいだの、そんなは一切湧かなかった。

ただ、田舎に帰るのは面倒だなーーと。

  五年前、手一つで俺を大學まで進學させてくれた母親は、元々病弱だったせいもあったのか、過労で倒れるとそのまま調を崩してこの世を去ってしまった。

どんな時も、俺の味方でいてくれた母親。

そんな母親が好きだった俺は、母親に苦労ばかりさせる親父が嫌いだった。

  その親父も死に、今ではと呼べる唯一の存在はこの田舎に住んでいる祖父母だけとなった。

  母親が亡くなった時、俺を心配して田舎へ呼び戻そうとしてくれた祖父母。そんな祖父母の事は嫌いではなかったが、俺は田舎に戻る事を拒んだ。

ーー親父がいるから。

勿論それもあったが、何より、俺はこの田舎が大嫌いなのだ。

  民家へと続く道へ差し掛かかったところで、俺は流れる景を眺めながら昔の事を思い出したーー。

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