《井戸の中【完】》6
ーーその日の夕方。
赤く腫れ上がった頬をさする俺は、一人裏庭で悔しさに涙を流した。
靴を無くしたと言った俺に、酔った父親が怒って毆ったのだ。
俺のせいじゃないのに……。
あまりの悔しさに、側にあった大きな石を摑む。
これを思いきり投げたら、しは悔しさも晴れるだろうか?
「ニャア……」
そんな事を考えていると、いつの間に來たのか、黒貓が俺の目の前で小さく鳴いた。
痩せ細ったを見ると、きっと野良貓なのだろう。
首もしていない。
放心した頭でそんな事を思った俺は、右手に持った石を何度も大きく振り上げた。
右手に伝わる鈍い衝撃。
その何度目かの衝撃で、ハッと我に返った俺は目の前の貓を見た。
ーーー!!!
ピクピクと手足を痙攣させて顔面からを流す貓は、最早その原形すらとどめていない。
「っ……ごめんっ……ごめんなさい……っ」
涙を流して謝る俺は、震える手でそっと貓にれてみる。
そのはとても暖かく、けれど鼓をじる事はできなかった。
……どうしよう……っどうしよう……。
自分のしでかした事に恐怖した俺は、ガタガタと震え出したで貓を抱えた。
……か、隠さなきゃ。でも……どこに……?
あっ……!
井戸の中で消えた靴を思い出した俺は、そのまま貓を抱えて歩き出した。
もしかしたらーー。
そんな思いをに、井戸の前までやってくるとゴクリと小さく息を飲む。
抱えていた貓を持ち上げると、俺はギュッと固く目を閉じた。
そのまま井戸の上でパッと手を離すと、聞こえてくるはずの音に集中する。
けれど、いつまで経っても聞こえてこないその音に、閉じていた目を開くと井戸の中を恐る恐る覗いてみた。
「……貓が……いない」
確かに井戸の中へ投げ捨てたはずの貓の死。
それは、やはり先程の靴と同様に、井戸の中で忽然と姿を消したのだったーー。
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