「例えばこの四人を容疑者とした場合、將太さんは亡くなっているから除外される。千さんはもし犯人だったとしても、香壽君と菫ちゃんにわざわざ機となりうることを打ち明けたことに矛盾が生じる。そもそも、まだ次の後継がいるから家のれ替わりはしないんだけどね」

瀬戸さんが靜かに唸る。

「えーっと菫ちゃん、松園家の家族構を教えてくれないかな？」

「は、はい」

スミレさんが小さな聲で言う。

松園あい、浩一こういち、菜まな、菫すみれ、壯一郎そういちろうと手帳に書き足された。

「さんと亡くなった浩一さんが夫婦で、菜さんが長、私が次、壯一郎さんが長男です」

それも書き足される。

「菫ちゃんは家族にもさん付けなの？」

瀬戸さんが悲しそうな表で聞いた。

それに対してスミレさんは平気そうに、「心ついた頃からずっとですから」と言う。

松園家の差別意識は酷い。スミレさんは學校に通わせてもらっていないし、服も菜さんのお下がり、それも安いだけだ。結局高価な服でも捨てるんだから、それをあげればいいのにと思う。

「竹園家の家族構は、誰か分かる？」

またしても、スミレさんが答えてくれた。

竹園子あいこ、將太しょうた、裕一ゆういち、裕二ゆうじ、祐三ゆうぞう。

「子さんと……亡くなった將太さんが夫婦です。後の人達は、名前の通り裕一さんが長男、裕二さんが次男、祐三さんが三男です」

スミレさんの白い指が、書き足された名前の上をなぞる。

「じゃ、香壽君、梅園家のを教えてくださいな」

「……お母さんの梨あいりと、お父さんの徳郎とくろう、長の花まなか姉さん、雙子の結ゆあ姉さんと千ちえ姉さん、僕です」

またしてもそれは手帳に書き出された。

すると、スミレさんがあっと聲を上げる。

「どうしたの？」

「い、いえ……香壽さんの名前って、漢字でどう書くのか知らなかったので……」

スミレさんはそう言って、顔をまるで紅葉を散らしたかのように赤くして、俯いてしまった。

瀬戸さんがにやにやしながら僕を小突く。

「えー、ごめんごめん。話を戻そうか。これを見ると、松園家では壯一郎さんが亡くなると家のれ替わりが起きることが分かる」

「そうすれば今の竹園家が松園家に、今の松園家が竹園家になるんですね」

僕が続けると、瀬戸さんは頷いた。

「でも、例えば……失禮だけど、可能としてね。千さんが犯人だった場合、壯一郎さんを殺してもれ替わるのは竹園家だから、梅園家の待遇は良くならない。

しかも千さんが犯人説で行くと、竹園家の裕一さん裕二さん祐三さんの三人を殺さなければいけない上、自分の父親である徳郎さんを殺す機が無い。しかも徳郎さんが亡くなったことで香壽君が後継となるから、多分千さんはお嫁に行くはずでしょ。なので近いうちに家を離れられる。それなのに家のれ替わりを目的として、わざわざ危険な殺人を犯すとは思えないの」

「千姉さんが犯人な確率は低いんですか」

「うん。で、竹園子さんは、夫を殺す機が今のところ無いし、家のれ替わりを目的とするならわざわざ下の梅園家の徳郎さんを殺す必要も無いでしょ。

桃園茂さんは、取り敢えずれ替わりの事は知っているだろうけど、自分の待遇はそれによって変わらないのでわざわざ殺人を犯す必要は無い。茂さんが犯人説を出すとするならば、誰かから報酬を貰える場合か、弱味を握られてる場合くらいかな。

そのどちらにせよ、依頼者がいるし、依頼者はさっき言った通りの理由で誰か一人を殺す機はあれど、殘りの人を殺す理由を探すと矛盾が生じる」

機を家のれ替わりに限定するなら、だけどと瀬戸さんが言う。

「例えば竹園家ご夫婦が、息子達に家のれ替わりを話していたとすれば、一番可能があるのは裕一さんかな」

「浩一さんを殺す理由はありますし、將太さんを殺さないと自分が後継になれないから……ですか？」

僕が言うと、瀬戸さんは頷く。

「ところが徳郎さんを殺す機が無い。また矛盾が生じる」

また重苦しい沈黙が降りた。

「てことで、機を家のれ替わりに限定し、犯人が単獨犯であることを前提とすると、全ての人に矛盾ができてしまう。

もし機を他の線で行くならば、何か隠したいがあり、それを守り抜くためにを知っている人達だけを殺した……とかかな」

「単獨犯に限定し、ですか」

スミレさんが小さく呟く。

「うん。意外と亡くなった人達は、自分の目に見えないところでつながりがあったりするけど、あくまでも私達は見える部分から推測して考えていかなければならない。虱潰しにね。初めっから複數犯の可能を検討しちゃうと、機上の空論になっちゃうでしょ」

意外と、ただの首吊り自殺を発端にそれぞれ違う人が違う理由で殺しをしているのかもしれないし、と瀬戸さんが言う。その表は微笑みこそ作っていたものの、悲しそうだった。

「あとは、自殺が自殺を呼んだとか……。まあでも、香壽君の縄垂らしもどきの証言があるから、その可能も低いか」

瀬戸さんは自嘲的に笑った。