《ブアメードの》1
佐藤一志は、焦っていた。
目覚めた時、目の前は真っ暗だった。
自分が今どこにいるか、まるでわからない。
目覚めたばかりのせいか、頭が重く、思考がまとまらない。
手足は何かで固定されているようでかせない。
どうやら、背もたれのある椅子に座らされているようだ。
頭には黒い布が被せてあるのか、前は見えず、息苦しい。
<俺はどうなったんだ…>
佐藤は記憶の糸を手繰り始めた。
<目が覚める前、俺は家で寢ていたはずだ。
はずじゃない、間違いなく、あのボロアパートの汚い部屋で不貞寢していた。
貯金が底をついた。
消費者金融に金を借りに行った。
インターネットでキャッシングカードを作った。
そうやって多重債務を重ねる、督促狀が毎日のように來るようになった。
『その債務、戻ってくるかもしれません』
電車の中刷り広告を見て、弁護士事務所に行った。
記した調査書を見た弁護士に、正規の金利だから戻ってこない、と言われた。
何が、戻ってくる、だ。
大學は卒業したものの、作家志でもう二年目。
ヒット作どころか、どこに持ち込んでも、何に応募しても認められず、本という形にすらなっていない。
大學の時に書いた小説が妹や當時の彼にうけた、それだけの理由で、その気になったのが運の盡き。
今は、その彼とも別れた。
親にも見放されて、仕送りは就職できなかった時點で止められている。
社會は俺の作品をけれない。
俺自が社會に適応できないのか。
大學四年目、一応、就職活はした。
親父のコネを蹴ったはいいが、どこも俺を雇ってくれなかった。
それで、夢を追いかけて何が悪い。
ただ、この先、どうしたものか。
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一発売れれば、そう思ってアルバイトもしていなかった。
が、そうも言ってられないな…金もねえし…
そんなことを思いながら、不貞寢した。
なぜ、こんなことになっている?>
佐藤はさらに目覚める前の記憶の糸を手繰ったが、不貞寢したこと以外は思い出せなかった。
とにかく、とりあえずは手をかして、頭に被せてある布か何かを払い除けたい。
鼻がれてムズムズするのだ。
両手はさっきから考えながらも、かそうとしている。
では、何からかいものに肘まで包まれているようだ。
足も同じで、膝まで筒の中に突っ込んでいるようにじた。
まるで、スキーブーツだ。
どちらも數ミリの隙間があって、その間をピクピクかせるだけ。
腰にもベルトのような覚があり、きつく巻いてあるようで、浮かそうにも浮かせられない。
顔と首は普通にかせるので、縦橫激しく振ってみるが、覆いはとれなかった。
この狀況からして、寢ているうちに誰かに拉致され、どこかに監されてしまったのか。
「おおい…」
佐藤は堪らず聲を上げた。
目覚めた時から聞こえてくるのは、頭に被されたがれる音だけ。
誰かが周りにいる気配はない。
が、聲を上げずにはいられなかった。
<ただ、なんと言えばいい?
誰かあ、か?
助けてくれ、か?>
犯人以外の誰かがいるなら、こんな狀態を見れば、すぐに助けようとしてくれるだろう。
犯人が黙って側にいるとしても、こんな狀態にしておいて、助けてと言って、はい助けます、となる訳がない。
それで出た言葉が「おおぃ」。
けない、小さい聲だった。
もう一度、今度は大きく出してみた。
返事は當然のようになかったが、佐藤は自分の聲の響きから、狹い部屋の中にいるのでは、とじた。
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その時、ガラガラ、とすぐ後ろでドアのゆっくり開く音が聞こえた。
重い鉄の引き戸のようだ。
それから、カラカラと何か臺車を押すような音に、ドアが閉まる音が続いた。
「——2018年5月12日土曜日、午前9時2分、被験者、佐藤一志…」
かすれた聲が後ろから近付いてきた。
「あなたをこれから拷問します」
「な、何を…」
唐突な宣言に、佐藤の鼓は一気に高まった。
「あなたをこれから拷問します」
聲の主は先ほどと同じことを、今度は耳元で言った。
マスクをしているような、しくぐもった聲。
「これは焼きごてです、じるでしょう」
佐藤は、顔の前に熱をじた。
頭を覆う布越しに伝わってくるほどの熱さ。
「やめろ!」
佐藤は思わずんだ。
やめろと言ってやめる相手ではないであろうが、聲を上げずにはいられない。
熱い空気の塊が顔の前を行ったり來たりするのをじた。
「やめろ、何をするんだ、やめろー!」
佐藤は恐怖で引きつる。
と、空気から伝わる熱を顔にじなくなったとたん、
「熱っ!!」
佐藤は唸った。
左の二の腕に激しい熱をじた。
焼きごてを一瞬、當てられたのか。
痛みに耐えかねて激しく暴れるが、それ以上どうすることもできない。
全から脂汗が出てきた。
「今度は首の後ろです」
耳元で囁く聲は、事務的でがこもっていない。
それが返って、佐藤には不気味にじた。
「あまりに熱いと、時には冷たくじることもあるようですよ」
「やめろ、やめろー、やめてくれー、頼むからやめて、なんでこんなことを…」
佐藤は駄目で元々、をくねくねかしながら、言葉を変えて懇願し続けるしかなかった。
「今度は長めにいきます。ちょっときついですよ」
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頭の後ろに熱い空気をじた。
「いきますよぉ」
のない聲は念を押してきた。
「ぐぁあああああああ!!!!」
腕とは比べものにならぬほどの激痛。
五秒ほどその拷問は続いたが、佐藤にはずっと長くじた。
髪が焦げたような嫌な匂いがし、背筋にすーっとが流れるのをじた。
火傷でが出るのか…佐藤が激痛の中で思うと、
「あなたは合格です」
とまた耳元で聞こえた。
<合格?
なんのことだかわからないが、もしかしたら解放してくれるのか?>
佐藤は首の後ろの痛みに耐えながら、淡い期待を抱く。
「では、次です」
その言葉で、すぐに佐藤の期待は崩れ去った。
「あんたは誰だ…なぜこんなことをする…」
佐藤はやっと疑問を口にした。
「私は醫者です。
これは実験です。
さて、今度は注をします。
これはあるウィルスのった注です。
あなたは今まで一つくらい、ゾンビの映畫を見たことがあるでしょう。
今からする注はそのゾンビのようになる恐ろしいウィルスです。
ゾンビがどのような行をとるか、思い出してみてください」
「ゾ、ゾンビって…」
<こいつは何を言っている?
確かに、ゾンビ映畫は一つどころじゃなく、結構な數を見てきた。
テレビで初めて見たのをきっかけに、怖いもの見たさから、ホラー映畫も好きなジャンルの一つになった。
大學時代には映研にっていたし、レンタルでゾンビ映畫だけでも十本以上は見ているか。
最近だと、ワルキングデッドにはまっている。
知り合いが次々にゾンビになっていく中での主人公のサバイバル。
そのじがぞくぞくして、好きだった。
ゾンビになる奴らをバカだと思いながら、自分ならどう行するか想定して見るのが楽しかった。
だから、自分がゾンビになったらなんて、余り考えたことはなかった。
小説家を志してからは、今度は自分ならどう書くか、考えながら見たことならある。
ただ、それは空想の話。
実際には、ゾンビもそのウィルスも存在するはずがないではないか>
「當然ながら、映畫のようなゾンビそのものにはなりませんよ」
醫者は佐藤の考えを見かしたように言った。
「あくまで、わかりやすく説明しただけで、死人が生き返るようなものではありません」
醫者の聲と足音が佐藤の周りをぐるぐる回り始めた。
「し長くなりますが、聞いてくださいぃ」
前置きの後、ひと呼吸置き、醫者は続ける。
「このウィルスは私が開発しました。
長い年月をかけて」
醫者はし間を置いた。
「さて、あなたはウィルスや細菌などの病原菌がどこから生まれて來ると思いますか。
あぁ、ノロウィルス、エボラ出熱やエイズ、人間を苦しめる菌はどこからやって來るのか。
ジャングルの奧地の深い沼の底から湧いているのか、窟の奧か。
それとも、猿などのを介して突然変異してできるものなのかぁ」
醫者は意味深に言った。
佐藤はどう応えていいかわからず、黙っている。
「私が思うにね、ウィルスは、人がつくっているんですよぉ」
醫者はそう言うが、佐藤には訳がわからない。
<こいつは醫者を自稱したが、そう言えばこの口調、それっぽい。
患者に癥狀と薬の説明を眈々とする醫者。
そういう奴が裏では自分の研究室で黙々と研究を続け、ウィルスを作ったというのだろうか。
所謂、マッドサイエンティストという…>
「もちろん、全てが、とは言いません。
ただ、ウィルスの一部は人が脳で想像し、で製造しているのですよ。
わかりますかね?」
「なんとなくわかったよ。
つまり、あんたは頭のおかしい醫者だってことだろう」
佐藤は恐れながらも、皮を込めて言った。
<こんな狀態だ、俺はまず殺されるのだろう。
ここはこの変態醫者の実験室かどこかか。
これだけきができない狀態にされては、出は無理。
最後まで諦めるつもりもないが、この狀況では…>
そんな死を覚悟しつつある心の変化が、し言葉を暴にさせたのかもしれない。
「それは否定しませんよぉ、うっうっうっうっ」
醫者が鼻にかかった笑い聲で、初めてをこぼした瞬間だった。
「きゃあーー!!…ぁぁっ!…」
後ろのドアの向こうから、微かだが、のび聲が聞こえた。
「防音壁で囲っているのに結構聞こえますねぇ。
まあ、外には絶対に聞こえませんがぁ、ああ、ちょうど良いので説明を続けます。
あなたにこれから打つウィルスは、今のび聲の主の製造なんですよ。
まあ、唐突にこんなことを言って理解いただけるとは思っていませんので、二、三、例を挙げましょう」
醫者の足音が佐藤の正面で止まった。
「まずは、想像妊娠、というのは聞いたことがありますか。
あれは実際に月経が止まって、お腹もある程度まで大きくなるんです。
想像によって皮下脂肪が増える。
これは理的な作用です。
まあ、実際に子供が産まれたという話は聞きませんがねぇ、ええ。
うっうっうっうっ」
くせのある笑い方に佐藤は嫌気が差す。
「それから、プラシーボ効果というのはご存知ですよねえ。
あぁ、睡眠導剤だと言って偽薬を渡したら、よく眠れるようになったとか、痛み止めと言ったら、痛みがひいた、という患者はいくらでもいましたぁ。
調べてみると、睡眠導剤と稱してビタミン剤を飲んだ被験者は、メラトニンのバランスが良くなっている。
痛み止めの方は、明らかに疼痛質の減が見られます。
被験者のただの思い込みではないんですよ。
その期待がの質に直接作用してコントロールしているのですぅ」
醫者はし興した様子を見せた。
時々、語尾をばして聲が上ずる癖があるらしい。
それが佐藤にはかなり不快にじる。
「いや失禮、もうしわかりやすい例がありました。
こんな研究結果があります。
とある実験です。
被験者は五、六才の稚園の年長、一クラス約三十人です。
その児たちにこんな説明をします。
善い菌と悪い菌がみんなのお腹の中で戦っているんだ、みんな、自分のお腹の中の善い菌を応援しよう、とね。
そうすると、どうなると思いますかぁ?
実験後、ほとんどの被験者は明らかに善玉菌の數が増えているんですよ。
これはすごい発見ですぅ、うぅ、
人の想像が、思考が、意思が、脳を通じて理的に胃腸の菌に作用し、數を増やしたということになる。
素晴らしいことですよぉ、こ ・れ ・はっ!」
醫者はさらに興してきた。
「そこで、私は人間の意志がのウィルスにもっと複雑に作用することもあるのではないか、と仮説を立ててみたのですぅ。
そう考えてみると、その逆はありました。
ウィルスが宿主の意志に作用することがあるということです。
例えば、狂犬病は患者を兇暴にします。
それから、水を怖がらせるようにもなるのをご存知ですか。
罹患して水を飲むとが痛むようになるからですが、これは狂犬病ウィルスが水に弱いからで、宿主の意思をっているからだ、とも言われています。
それに、腸細菌が、人の格を左右しているという説もありますぅ」
醫者は自分の言葉に酔いしれるように、さらに話を進める。
「つまり、これは逆説でもあるのですぅ。
ウィルスが意思をれるのなら、意思もウィルスをれる。
逆もまた然り、と言う奴です。
最初に言った通りです。
宿主の意思の影響をけ、で変容する。
つまり人がつくっている、とね。
脳が設計図を書き、が工場となり、病原をつくり出す」
佐藤は最初、この憎らしい醫者に耳を貸そうとは思わなかった。
が、その、半信半疑、そして、だんだんと醫者のいうことが本當のことのように思えてきた。
途中で一度頷きかけてしまったほどに。
醫者は佐藤の心の変化を知ってか知らずか、話を続ける。
「これは伝子と意思の関係にも言えることです。
伝子は意思をり、意思は伝子をっています。
あなたのはどうしてあるのですか。
どうして、あなたは同を求めず、異を求めるのでしょうか。
いくら考えても、理論立てた説明はできないでしょう。
考えれば考えるほど、不思議なものですが、あなたの伝子が異を求めるあなたの意思を形作っているのですよ。
その一方で、意思は自分がなりたい姿になれるよう、伝子を変えていく」
なぜ、急に伝子の話にまで及んできたのか、佐藤には理解できなかった。
「私は醫者であり、科學者でもあります。
仮説を立てたら証明したくなるじゃあないですかぁ。
しかし、どんな実験で証明すればいいんでしょう?
実験では、”そうぞう”なんていう人間だけに與えられる條件を加えることはできません。
困りますよねぇ、ええ。
それで私は仕方なく、人実験を試みることにしました。
本當はこんな危険は犯したくなかった。
隨分と、迷いましたよ。
まあ、幸い、私の周りにはあなたのような扱いやすい人間が大勢いますから、今までどうにか捕まらずにやってこられたのですけどねぇ、ええ」
「扱いやすいってなんだよ」
佐藤は憎らしげに言った。
「あなたはたぶん、世間では夜逃げしたことになるでしょうぅ、うう、よくいえば、行方不明者扱いぃ?
そう仕掛けておきましたからねぇ。
全國に行方不明者が毎年何萬人いると思いますかぁ。
ああ、借金をするような人間が一人いなくなったとしても、警察は決してきませんよぉ。
それくらい、わかるでしょうぅ、うっうんっ」
醫者は最後にまた咳払いをした。
佐藤は氷付いた。
<なんで借金のこと知ってるんだ?
俺のことを隨分、調べているんじゃないか。
そうだ、こいつは俺の住所を知っていて、俺が寢ている間に家に侵して、ここに拐ってきたんだ。
醫者だから、睡眠薬も簡単に扱えるのだろう。
それで、きっと眠らされたんだ。
醫者?
そういえば風邪で醫者にかかったことがあったな?
あの時の醫者か?
家の近くの勝元科、あそこの醫者も確かこんな聲をしてなかったか>
「あんた、勝元先生か?」
自分を拐った犯人に先生も何もあったもんじゃないが、つい口をついてしまった。
「うん?あなたの近所の病院の?
あれと間違えますか。
ふふ、あれはヤブ醫者でろくな人間ではありませんが、こんな真似はしないでしょうねぇ」
醫者は意味深に語尾を必要以上に上げて答えた。
「話を元に戻します。
今から打つ注はゾンビのようになるウィルスがっています。
要は理や自制心がなくなって、本能だけで行するようになりますぅ。
うぅ、食やが怒りと共に暴走して、剝き出しになった狀態と言いますかねぇ。
憎んでいたり、妬んでいたりしていた相手には特に兇暴になります。
それから、は男、男はを襲う傾向があります。
本來、対象のはずなんですけどねぇ。
それがどう影響するのか、する者も攻撃対象へと変わります。
可さ余って、という諺通りといったところでしょうか。
そうなると、相手の顔を喰い千切ることだってありますよぉ。
これは數年前、ニュースになりましたから、あなたもご存じじゃありませんかぁ」
佐藤は三年ほど前のそのニュースを思い出した。
<自分の街であんな忌まわしい事件が起きるとは。
しかし、あれは麻薬か何かをやって幻覚を見ての結果ではなかったか?>
「彼は警まで襲おうとして、殺されました。
まあ、本當のゾンビじゃありませんから、別に頭を撃ち抜かなくても、普通の人間が死ぬことをすれば、普通に死にますからね」
醫者は得意そうに言った。
「それでは、さあ行きますよぉ」
醫者が佐藤の左腕を摑んだ。
先ほど、熱いものを押し當てられた辺りだ。
「やめろ、頼むからやめてくれ!!」
佐藤はびながら、全の力を振り絞って、可能な限りをかしをよじった。
「暴れても無駄ですよ、ほらぁ、腕の芯まで突き刺して、針が折れてもしりませんよぉ。
ウィルスはのどこにっても時間の問題ですから」
「俺が何したって言うんだ、やめろー!」
それでも佐藤は暴れ続ける。
「わかりました。やめましょう」
噓か真か、醫者が思わぬ言葉を言ったので、佐藤はしきを緩めた。
「サンプルは十分に取れましたし、もういいかとは思ってたんですよ」
<ほ、ほんとか?>
佐藤の耳が聲を追い、きを止めた瞬間だった。
醫者は間髪を容れず、持っていた注を佐藤の首に突き刺した。
先ほど拷問した跡だ。
佐藤はしびくりとなるも、突き刺されたことに気付かない。
醫者は、注の中を佐藤のにすかさず注する。
「はい、注は終わりですぅっと。
騙してすみませんねぇ」
佐藤は呆然とした。
<注は終わり?
今、打たれたのか?
首がし疼いたが、まさかあれか?>
「子供相手には良く使う方法なんですけどねぇ。
やめるという、自分にとって都合のいい報は誰でも信じたくなって、聞く耳を持つんですよぉ。
その隙にちくっ、とやる。
あなた、さっき私が合格と言った時、しきが止まりましたよね。
次の私の言葉を待っていたぁ、あぁ、私は心理學もかじってましてねぇ、ええ」
佐藤にはその言葉が屆いているのかどうか、返事はなかった。
<俺がゾンビになる?
そんなバカな…
ゾンビ映畫を見て、あれこれ対策を考えたはずだった。
殺したと思っても止めを刺す、
噛まれた跡がある奴はすぐに殺すか親なら遠ざける、
車で逃げる時には後部座席を確認する、
音を確認するのに窓へは近付かない、
靜かな店にはらない…
なんて稚だったんだ。
なんの役にも立たない考察。
今、自分はあっさりマッドサイエンティストに捕まって、ゾンビにされようとしている…>
「さて、それではこれより経過観察に移ります。
筋注ですので、効き目、いや失禮、癥狀が現れるのは遅くとも五時間後というところでしょうか。
接染はすぐに認められるようになりますから、頭の覆いはそのままにしておきますね。
ちょっと、息苦しいでしょうが、まあ、そのうちにそんなこと考えもしなくなるでしょう」
醫者はそう言って、佐藤の頭に被せてある黒い覆いに手をかけた。
覆いの後ろはジッパーの切れ目があり、その線は佐藤の頭の上に向かって延びている。
醫者は、ジッパーをゆっくり下に閉じながら、拷問をした首の跡を見つめた。
「本當、大合格です」
にやりと醫者は笑い、焼きごてや注を置いているワゴンから、溶けかけたアイスクリームを取った。
空いている方の手でマスクを浮かせ、べろりと舐めると、ワゴンを押して部屋を出ていった。
「それでは、拷問は以上です」
そう言い殘し。
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8 169アイアンクロス
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