《ブアメードの

池田敬は悩んでいた。

目の前の依頼者の容が余りにも荒唐無稽だったからだ。

ここは、雑居ビルの二階にある池田探偵事務所。

元刑事の叔父が経営を始めた探偵業。

池田も警察だったが、職場の質に嫌気が差して退職し、叔父を手伝うことにした。

その叔父が死に、引き継いだばかり。

大手に押され、個人探偵事務所の実りはなく、仕事を選んでいる余裕はない。

<しかし、どうしたものかな…>

「ですから、あれはお兄ちゃんなんです!

間違いありません!」

依頼者である佐藤靜は斷言した。

靜の主張は、學園祭で見た映畫が作りではなく、そこに映っている人が自分の兄で、今もどこかに監されているというのだ。

信じろ、という方が無理である。

「映畫の中の役者は真っ黒い袋を被っていたんでしょう?

顔は確認できなかった。たまたま、聲の似た役者だっただけではないんですか?」

「違います!私は妹だからわかります。

おかしな點もいっぱいあるんです。

お兄ちゃ…えっと、兄は大學の時、あの映研にっていたんです。

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兄が在籍中に作った映畫で、恐怖の館っていうのがあって、それを見ようと思ったのに、急に、今言った映畫に差し替えられてて。

最後の驚かし方は同じですけど、全く別です。

それで、映研の人に訊いても、なんかウヤムヤにはぐらかされて、ちゃんと答えてくれないんです。

映畫の中でも、おかしなことが…」

「それなら、お兄さんでもおかしくないかもしれませんね」

靜の勢いに飲まれまいと池田は途中で口を挾んだが、

「え、そうでしょ!」

と靜は自分の意見が認められたと思い、うれしそうに言った。

「いや、それこそお兄さんが在學中に撮ったんじゃないかということですよ。

自分たちの代で作ったんじゃないから、映研の方も言いにくいだけでは?

容も似てるんでしょう?

そのー、最後のネタバレの部分も」

「ですから!違いますって!

何度言ったらわかってくれるんですか!」

靜の勢いが良くなる度に、池田の視線の向こうにいる、スーツをきめた事務員の若い男、木塚が苦笑していた。

池田のスーツは探偵を始めて以來著ているもので、だいぶ草臥れている。

「うーん、仮に、あくまで仮にですよ、あなたの言われる通りだとしても、あなたの両親は失蹤屆を出されていないんですよね?

そして、この依頼の件も知らない。

それでは、こちらもけにくいんですよ。

あなたは未年ですから」

「もう、何かと言っては、未年、未年って、子供扱いして、なんですか!

來年でもう二十歳ですよ。

警察も未年じゃあ両親の許可がないと失蹤屆は理できないって、聞いてもらえないし。

お金は払うんだから、いいじやないですか。

お願いします!」

靜はそう言って、ブランドの手提げバッグから札束を一つ、機の上に取り出した。

「そんな、大金を、持ち歩いちゃ…いけない…」

池田はそう吐き出すように言いつつも、札束に目が眩んだ。

<こんな娘が、なんでこんな金持っているんだ?

お嬢様の見本のような恰好だし、意外と金持ち…>

「私、本気なんです。

兄を探したいんです。

會いたいんです。

これじゃあ、足りないんですか?

ちゃんと見積もってください」

靜は真っ直ぐ池田を見つめる。

ショートの艶やかな黒髪、まださの殘る顔立ち、くっきりとした眉に大きな目。

<かわいい…

そんな目で見つめないでくれ、いや、そうではなくて、どうしようか>

「あのー、そうは言っても、民法で決められていましてね。

年者の法律行為は法定代理人の同意、要は契約には両親のどちらかでも許可がいるということなんですよ。

あなたの両親にこのことがばれて、と言ったら言葉が悪いか、ええと、知れて、一方的に契約解除されても、こちらは言って出るところはないんですよ。

十八歳を年とする法律はまだ先のことですし。

要はこちらが丸損する可能がある訳です」

「それは、先に行った探偵社にも聞かされましたから、知ってます。

そんなことはさせませんから。

約束します!」

「約束されても、法律は許しちゃくれませんから」

「もう、こんなのばっかり!

來年、人するんだから、いいじゃないですか!」

靜は子供のように頬を膨らませ、を尖らせた。

「…あの、佐藤さん、誕生日はいつです?」

「え、五月十三日ですけど」

<あと半年かあ>

池田は心の中で呟く。

<二十歳となった瞬間、民法第五條の効力はなくなる。

しかし、この調子ではそれを待ってもいられないな。

この娘はあれこれ言っているが、話を聞く限り、まず夜逃げと見て間違いないだろう。

失蹤人の捜索は私的な理由からもけたいところだが、借金から逃げている人間を探し出すのは難しい。

依頼をけても、金だけいただいて、この娘を余計に傷付けてしまうかも知れない。

だからと言って、斷ったとて、うちが駄目となれば、この様子じゃ他の探偵業者にあたるだろう。

しかし、お金はしい…

そして、この娘を他にやるのは金以外の意味でも惜しい…>

仕事のほとんどは年世代の浮気調査や子の際相手の素行調査。

他の探偵業者には、夜逃げ屋や別れさせ屋のようなグレーゾーンの容を引きけているところもあるが、ここではやらない。

貓のしっぽを追いかけてでも、法にれない依頼を引きけてきた。

こんな今までにない清涼剤のようなお客を、そんなコンプライアンスの低い探偵事務所に持っていかれたくない。

何より、行方不明者の捜索となれば…

「あの…あのですね、こういうのはどうでしょう。

映畫の件はひとまず置いといて、お兄さんが行方不明なのは事実ですよね。

なので、あなたのお兄さんを探し出す準備を、私はこれからします」

「はい」

靜は大人しくなって、次を促すような返事をした。

「準備なので、契約はまだです」

「はい」

「ちょうど半年くらいで、準備が出來そうです…」

「それじゃあ、遅過ぎます!」

「いや、待って、そうじゃなくて、その誕生日、五月ですよね、その日に契約を結ぼうと…」

「ああ、え、でも…」

「あ、もちょっと聞いてね、その…五月まであくまで探す準備、ということで、その探、いや、きますから」

く…?」

「ですから、その、手がかりとかそういうのを準備の段階で、用意するための作業というか…」

「作業…?」

「あの、わかってもらえませんかね?」

「え、何をですか?」

<ああ、まどろっこしい。

うまく言えない俺も悪いが、遠回しに言っても、十九歳の娘には通じないか>

池田は頭を掻いた。

「ですから…」

「あの、探す準備の中で、半年以に見つかったらどうするんですか?」

靜が急にわかったようなことを言い始めた。

「その場合は、ほら、まだ見つかってないというで」

「て、い、で?」

「見つかってないこととして、契約したとたんに見つかったことにすれば、いいんじゃないかと」

「ないかと」

「あの、言ってる意味わかってくれてます?」

「わかります!要はけてくださるんですね!

ありがとうございます!」

「いや、ですから、けるのは、あくまで、五月十三日、というで」

池田がゆっくりと諭すように言った。

「ていで!」

わかっているのかどうか、靜はうれしそうに微笑んだ。

<かわいい…>

「法律上の誕生日は前日ですけど…いや、この場合…調べて置く価値はありそうですね…」

木塚が眼鏡を左手で直しながら呟いているのには気付かず、池田は鼻の下をばしていた。

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