《ブアメードの》6
佐藤一志は驚いていた。
醫者が得意になって話した容に。
「…それはね、人類が絶滅しかけた時、ですよ」
<人類絶滅?それで神が?>
佐藤はまた醫者の話に興味を惹かれた。
「有名なものがキリスト教にありますねえ、古くはノアの方舟、それから、ファティマの聖母というのはご存知ですか」
<どちらもしは知っている…>
佐藤は思った。
<大洪水から生き延びたノアの方舟というのは、古過ぎて本當のところはわからないが、ファティマというのはテレビで見たことがあったっけ。
ローマ教皇庁が認めた奇跡で、三人の子供に聖母が現れ、世界大戦の預言などを三つけたとか、何萬人もの人間が、太が狂ったようにくのを見たとかなんとか。
そういう意味では、確かに人類が滅びようとする前に出現したと言えるのか…
ただそれは、結局は宗教、キリスト教のいう神ではないのか…>
「この世界は、神が作った仮想世界なんですよ。
宇宙はジオラマ、我々はんでこの世界にやって來たのか、それとも神の実験か、はたまた観賞生か、こういった考えは映畫や小説などにもよく出てくるでしょう。
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ただ、映畫や小説はそこで終わりです。
神を証明しようとしたりしません。
しかし、私は先ほども言いましたが、科學者でもありますぅ。
仮説を立てたら、それを証明しなければならないじゃあ、ないですか。
神をこの世に引きずり出すにはどうしたらいいか。
どうすれば、出てくるのか。
私は時間をかけて考えましたあ、そう。
私が神の立場だったらあ、私が神の立場だったら、そう!」
醫者は興して、二度繰り返し、終わりの語尾を強めたが、
「せっかく、つくったものを壊そうとする奴が現れたら…この世界に干渉せざるを得ませんよねえ」
と急にゆっくりと喋り、トーンダウンした。
「そお、例えば、草の富なとても広い場所を用意して囲いをつけ、羊を放牧していたとします。
その羊たちがけんかをしたぐらいでは、これは誰も手を出したりしないでしょう。
しかし、羊たちに病気が蔓延したり、なぜかお互いに殺し合い始めたりといった、なんらかの原因で全てが死にそうになったら、どうでしょうかぁ。
手を出さざるを得ませんよねぇ。
せっかく、手間暇をかけて、飼い始めたのだから。
つまり、単純なことです。
人為的に神を出現さそうとした場合、ここでいう羊、そう、人類を絶滅の窮地に追い込めばいい訳ですぅ。
もうおわかりでしょう。
私がなぜこんなことをするのか。
ゾンビの世界をつくろうとしている訳が。
醫者の私が人類を絶滅させられる、これが唯一の方法だからですよ。
私には核ミサイルは作れないし、天変地異は起こせないですからねえ、うっうっうっうっ」
醫者がまた高らかに笑った。
<狂っている。
こんな狂った奴はいただろうか。
今まで見たどんなゾンビ映畫にも、こんな奴は出てこなかった。
ゾンビが生まれた理由を示しても、軍の汚染質が偶然、死に作用したとか、巨大企業が戦爭のために利用するとか、そんなものだ。
こいつは、神の存在という仮説を証明するために、現実に人類絶滅を本気で考えて、ゾンビを生もうとしている。
そんな奴が、日本に、しかもよりによって、俺の近くにいたなんて>
佐藤は自分の運命を恨めしく思う。
<俺はこのままゾンビになって死んでしまうのだろうか、いや…>
「俺は…俺は俺だ。
想像したからといって、ゾンビになんてなりはしない。
神も現れないし、人類絶滅なんて、そんなことできやしない」
佐藤は醫者の言うことに半信半疑になりながらも、それを信じまいと打ち消す言葉を振り絞った。
「そうでしょうか。
あなたはゾンビに、間違いなくなりますよ。
その素質があるぅ」
醫者はそう言うと、佐藤の首の火傷跡を人差し指でなぞる。
佐藤は意味がわからず、びくりとした。
「ちょうどいい、あなたに今から見てもらいたいものがありましたので、こんなものを用意しました。
目の前のテレビを見てください。
先ほど言いかけた、伝子の話についての続きですぅ」
醫者は佐藤の背後に回ると頭を包んでいる黒い覆いに手を掛ける。
ちょうど目の部分に一筋のジッパーがあり、それを開いて佐藤の目の部分をわにした。
佐藤は目の前の視界が開け、目の前のディスプレイが隨分と見やすくなる。
そこで、醫者の正を確かめようと、首を左右に振るが、真後ろにいるので、どうやっても見えない。
「何をやっているのですか。目の前の畫面を見てくださいぃ。
これからは、神や進化の概念的な話ではなく、的な伝子の説明にります。
薬科學科出のあなたなら、理解できると思いますよ」
【エピジェネティクス】
醫者はワゴンに載せてあるパソコンのキーボードをカタカタ叩いて、検索サイトにそう文字を打った。
そして検索結果のページを開くと、
「エピジェネティクスとは、一般的にDNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される伝子発現、あるいは細胞表現型の変化を研究する學問領域である…
DNA配列の変化では説明できない細胞分裂および減數分裂に伴う伝子機能における伝的な変化…」
と、そこにある説明を、次々に読み上げていった。
「このように、私が勝手にでっち上げた話でないことはおわかりいただけると思います」
醫者は、自分の説の裏付けのために、インターネットを利用しているようだ。
佐藤は、こうやって大學の講義のような説明を、時々虛ろになりながらも、ずっと聞かされ続けた。
「エピゲノムとは…」
「リプログラミングとは…」
「プリオンとは…」
「ウィルス進化説とは…」
この流れが四十分以上、続いただろうか。
「もういい、もういい…」
佐藤はぶつぶつと呟き始めた。
「…どうせゾンビにする俺に、なぜこんな話をするんだ。
もう、聞きたくない…」
「そうですね、もういいでしょう」
醫者はそう言って、読み上げるのをやめた。
「集中力がなくなっては意味がありませんね。
講義は終了としましょうぅ」
<講義?
まるで、大學の教授ような口ぶりだな…>
珍しく自分の要求が通ったが、新しい疑問が浮かぶ。
「難しい話だったかもしれませんが、あなたにならある程度、理解できたでしょう。
こうして、ネットで調べてもわかるように、別に私が勝手に言っていることではないのですよ。
要は、伝子は後天的にも変化しうるのです。
様々な要因によってねえ。
鳥が飛べるようになったのも、飛びたいという意思があって、それが伝したからと言えるでしょう。
進化で翼を與えられても、飛ぼうという意思がない限り、鳥は飛びませんからね。
それでは、この講義の続きは午後からといたしましょうか。
私はし食事をとってきます」
醫者はそう言いながら、ワゴンの下の棚から醫療用の半明の水筒を取り出した。
それを椅子の頭の部分にあるホルダーに固定し、佐藤の口元にストローをばす。
「このストローを吸ってみてください。
水分や栄養が取れるようにしていますから。
ああ、大丈夫ですよ。
これには薬などは混ぜていませんから」
醫者はにやりと笑った。
「あと、二時間です」
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