《ブアメードの》7
池田敬は疲れていた。
本來なら、人探しは最低でも三人でやる仕事だ。
池田探偵事務所には、池田の他に探偵は五人。
他の依頼と兼ねて、できないことはない。
そうすれば、當然見つかるのが早くなるかもしれないが、費用も人數倍嵩む。
靜に金銭の負擔をしでもかけないためにも、一人で片手間にくことにした。
何より、依頼人に自分以外の男を近付けたくないのが本音だ。
紅一點、中津という探偵もいるが、腕はいいものの、気が強く事務的でつれないだった。
◇
靜が訪ねてきた昨日。
池田はいつもするように依頼に関する報をパソコンに整理していた。
<捜索対象、氏名、佐藤一志。
別、男。
生年月日、…年四月一三日、現在二十五才。
長、約一七五センチ。
重、最近の記録はないが、失蹤當時まではなくとも痩せ型、六十キロをし越えるくらいだろう。
出、東京都。
方言、標準語。
失蹤當時住所、東京都○○區…ハイツ君田(大學時代から)
電話番號、攜帯電話のみ、○九○…
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スマホを持っていたらしいが、失蹤以來、不定期にかけているものの、一度も繋がったことはなし。
キャリアから毎月來る使用料の詳細を見ても、これまでスマホを使っている様子もなし。
それでも、まだ、契約を止めずにいるとのこと。
まあ、これが唯一の繋がりだもんな。
髪型、長髪。というより、ぐさなせいか、何ヶ月かに一回、ばっさり切る傾向あり。
俺に似てるな。
顔はまあまあ、端正な顔立ち。
俺には劣るが。
鼻はし高くて大きく、特徴は眉がやや太いこと。
寫真複數あり。
笑顔のが多い。
たくさんあるね。
この頃はリア充だったか。
もらった寫真データを全て添付、っと。
最終學歴、帝都薬価大學薬學部薬科學科を四年で卒業。
いいところ出てるな。
ただ、就職活をするも一社もからずか、いい大學出てるのに。
以後、小説家を目指す。
夢を追うっちゃあ聞こえはいいが、単なるお坊っちゃんだな、こりゃ。
えらいのか、バカなのか、社會の厳しさをまるでわかっちゃいない、と。
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在學中のクラブ活、映畫研究部☆。
これに関しちゃ、今のところこれ以上のことはわからないが、あとで調べて見る価値あり。
実家住所、東京都…アパートから近いな。
実家電話番號、○三…
家族構、両親とも健在。
父親、勝、五三歳。
帝都大學卒業、同大現教授。
俺は知らないが、論文の解説が書籍化されたこともあるほど、その筋じゃ有名な學者らしい。
超エリートだな、こいつは。
この父親とはかなりの不仲のもよう。
そりゃ、エリート一家の長男がこれじゃあなあ。
探す気がないのも仕方ないだろう。
母、累、同じく五十三歳。
今は専業主婦だが、勝と同じ帝都大學出。
この母親は行方がわからないことをかなり心配しているようだが、勝に強く止められていてけないらしい。
一志の攜帯電話の契約を続けているのも、母親の計らいとのこと。
こっちからなら、父親に緒で契約の同意が得られそうだが、母親との仲も、うまくいっていないと言ってたっけ。
兄弟は妹一人のみ、依頼人の靜…うん、これから靜ちゃんでいこう、十九歳。
兄と同じ大學に、今年から通っている一年生。
長百六十センチくらい、重、BWH不明。
際相手、不明…
って、いや、これは、一志の方。
今はいないようだが、過去に大學のクラスメイトでいた、と。
元彼の名前、大和麻耶◎。
第一候補で、最初に當たってみる相手。
友人、小中高大と多數。
但し、卒業後は誰とも連絡を取っていない模様。
そりゃそうだ、俺でも恥ずかしくて會えないや。
まあ、こういう時はたいてい馴染が候補の先に上がる。
折田理雄○。
こいつが第二候補。
その他、備考。
複數のキャッシングローンを重ね、二百萬円を超える債務があった。
これらは、父親の勝名義で全て返済済み。
実際は、母親の累と靜ちゃんがいたようだ。
失蹤日時、正確には不明。
が、以下の失蹤判明日から一年半ほど前の五月中旬と思われる。
失蹤判明日、同年五月十五日夕方。
靜ちゃんが、自分の誕生日に連絡をくれず、その日の夜以降、ずっと攜帯電話も繋がらない一志を不審に思い、アパートを訪ねたことから。
誕生日にいつも連絡してたなんて、仲のいい兄妹だね。
アパートを訪ねた時の狀況、ノートパソコンに、「すまない」と表示されていた。
キャッシングローンの督促狀が破り捨てられていた。
貴重品、スマホ、それから、靜ちゃんの記憶では、あったはずの一部の類やスーツケースなどが見當たらず。
殘された類や家電製品、家に特に不審な點はなかったとのこと。
冷蔵庫の中まで一応聞いたが、さすがに覚えておらず。
まあ、なんかおかしな點でもあれば、覚えているだろうから、関係ないか。
これらは使えるもの以外、ほとんど処分されたとのこと。
住んでいた部屋も當然ながら引き払われ、今は別人が住んでいる。
なお、引き払う前に、靜ちゃんがスマホで撮った寫真データあり。
一枚、添付。
手がかりになりそうなもの、ノートパソコン☆、未手。
後日、靜ちゃんが持參予定、と>
池田はこうやって、時折、手がかりの重要度に合わせて記號を付けながら、報を打ち込んで整理し、仕事用のスマートフォンにデータを送った。
以前は外出時にノートパソコンを手放せなかったが、今ではほとんどをこのスマートフォンで済ませていた。
<よし、では目星の二人にあたってみますか…>
◇
當たりをつけた元人と馴染の二人とは連絡がすぐにつき、會うまではすんなり運んだ。
が、二人とも皆目見當がつかない様子だった。
心配こそすれ、手がかりになるような報は一切持っていなかった。
噓を見抜く力はあるつもりだが、その様子もなかった。
一応、會話中に盜撮しておいた映像を部下の探偵たちに見せたが、同じ意見だった。
池田は、いつもそうしている。
スマートフォンでの録音はもちろん、広角の小型カメラを服に忍ばせる。
自分の目は間違っていない自信はあるが、部下の意見も聞く。
間違いはなくても、違う視點や意見までは持っていない。
それで解決できた依頼もたくさんあるのだから。
念のため、に二人の住まいをそれぞれ訪ねて、中を窺ってもみたが、一志がいる様子はなかった。
◇
今はパソコンを開いて、自分の機でコーヒーを飲みながら、靜がくれた寫真をぼーっと見ている。
気付けば、もう午後九時。
張り込みがない限り、いつもなら帰っている時間だ。
明日からは別の依頼に取りかかる予定。
これに余り時間をかけてもいられないのだが…。
事務室には、池田より唯一若い新米探偵の田だけが殘っていたが、既に帰り支度を済ませていた。
「じゃあ、今回の依頼の報告書、共有のいつものフォルダに上げときましたんで、見ておいてください。
例のおばさんの浮気調査の奴です。
結局、旦那さん、シロだったんですが、それで納得していただけるかどうか」
「ああ、ちょっと思い込みの激しい面がある方だったかな」
「ええ。それでは、お先に失禮します」
「おう、お疲れ」
池田は田には目もくれず、パソコン畫面を見つめたままそう労った直後、
「ああ、ちょっと、田、待ってくれないか、これを見てほしいんだが」
と呼び止めた。
「なんです?」
田が踵を返して來て、畫面を覗き込む。
「ここー、なんか引き摺った跡ないかな?」
池田が見せたのは、引き払う前に靜が撮った、一志の部屋の寫真だった。
奧の窓に向かって撮った寫真で、し逆気味ではあるが、全を捉えている。
紺を基調とした部屋で、左奧から天井近くまであるチェストと一枚板のワーキングデスクが続いて並ぶ。
その上にはパソコンが置かれており、靜の言った通り、斜めからではあるが、畫面が點いていることがわかる。
そして、右奧にベッドがあり、その脇の絨毯に太い線がっていた。
「確かに。でも、この失蹤者、夜逃げしたんですよね。
その時、なんか引き摺っていてもおかしくないでしょう。
…ただ、その割に他はきれいですけど」
田の言う通り、男の部屋にしては小奇麗で、もない。
「そうなんだよなあ。
なんか違和あるんだが、それもその一つかな。
まあ、いいよ、ありがとう。
今度こそ、お疲れさん」
池田はそう言って、田を帰らせた。
夜逃げの理由や狀況は揃っている。
しかし、この寫真、何かひっかかる。
靜ちゃんが、兄が拐われたなんて言うもんだから、その気で見てしまうのか。
それがはっきりしないので、帰るに帰られないのだ。
家にデータは持ち帰らない。
探偵事務所の立場上、守義務や報管理は絶対だ。
スマートフォンも事務所のものは、鍵付きの保管庫に置いて帰る。
<…まあ、この寫真なら、問題ないとは思うが、やめとくか>
「ああ、疲れた…」
立ち上がり、探偵道を一式、保管庫にしまおうとした、その時だった。
仕事用のスマートフォンが鳴った。
靜からだ。
「お電話ありがとうございます。
池田探偵事務所、所長の池田です」
「あ、池田さん、こんばんは。
あの、遅くにすみませんが、今からお會いできますか」
池田は疲れをおくびにも出さず、
「もちろん、問題ないですよ」
と、とびきりのいい聲で言った。
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