《ブアメードの

池田敬はにやけていた。

探偵事務所を大型スクーターで出てから、靜の家の近くのコンビニエンスストアの駐車場にろうとした時だ。

駐車場で待っていた靜が、ちょうど大きなあくびをしていた。

って來たスクーターが池田のものと気付いた靜は、慌てて右手で口を覆う。

<かわいい…>

池田はバイクを停めながら思った。

「お待たせしました」

「すみません、來てもらって。

あの、これが兄のパソコンです」

靜は照れくさそうにそう言って、ノートパソコンやマウスなどをれた大きめのトートバッグを池田に渡した。

「ありがとうございます。

それで、佐藤さんがこいつを使ったのは、電源を落とした時と、起ち上げようとした時だけだということでよろしいですか」

池田は、先ほどの電話で聞いたことを改めて確認した。

「そうですね。

兄の荷を整理した時も、私が片付けましたし、母はっていないと思います。

家に持ち帰って、もう一度起ち上げようとした時に、パスワードが必要なことに気付いて…

わからなかったんで、すぐに諦めちゃって…

確かに言われれば、これに手がかりがあるかもしれないのに、あの時、電源を落とさなければ良かったですね…」

Advertisement

靜は悔しそうに答えた。

「まあ、とっさには思いつかないし、仕方ないですよ」

「それで、何かわかりましたか?」

「まあ、そうですね、お兄さんのお知り合い二人にあたってみましたが、何もご存知なかった、ということが、わかりました」

「はあ、それって、進展がないということですよね」

「人を探すっていうのは、地道な作業の積み重ねなんですよ。

一つずつ、著実につぶしていくもので、結果が得られなくても、進展と言えば進展です。

この前も言いました通り、絶対に見つけられる保証はないということは、くれぐれもご了承ください。

手がかりが無くなった時點で、捜索は終了しますので」

捜索依頼の場合、このことは必ず伝えている。

絶対に見つけますと、いい加減なことは言えない。

しかし、不安そうになる靜を見て、慌てて付け足す。

「まあ、捜索はまだ始まったばかりですし。

出來る限りのことはします。

そうですね、明日は…別件で無理か、じゃあ明後日、佐藤さんの大學に行きますんで、映研から例の映畫のことを聞かせてもらえたらいいのですが。

今は、しでも手がかりがほしいので」

Advertisement

「ああ、それなら、その映畫、ヨウツベに上がっていたんですよ。

本當はいけないんでしょうけど…」

靜はスマートフォンを取り出し、畫面をなぞり始める。

「あれ、もう消されてる」

靜が池田の橫に行き、スマートフォンの畫面を見せた。

『著作権者からの申立てにより、畫は削除されました』

と表示されている。

「映畫を見た誰かが、盜撮した畫をアップしたんでしょうが、ヨウツベ側が違法と見なして削除したのでしょう。

著作権侵害ですからね」

池田は靜かに近付かれて、しどぎまぎしたが、靜の方は見ないように畫面だけに目を向けて、冷靜を裝い、話を続ける。

「どちらにしても、先ほども言った通り、明後日、大學に伺いますので、あの、放課後でも會えませんか。

そうだ、映研の方に取り次いでもらうと、ありがたいのですが」

「わかりました。

映研の友達がいるんで、なんとかしてみます」

「それでは、明後日は何時がよろしいですかね。講義はいつ終わりますか…」

池田は急遽、靜から約束を取り付けると、スマートフォンに予定をれた。

事務所に戻った池田は、疲れを忘れ、バイク用のグローブのまま、作業用のテーブルにバッグからノートパソコンを出した。

Advertisement

「さてと…一応、指紋をとっときますか」

靜の言う通りなら、パソコンには、一志と靜の指紋しかないはずだ。

池田は、事務所の戸棚を開くと、ブラックライトや蛍末といった指紋を採取する道一式を取り出す。

グローブを外し、今度は鑑定用の白い手袋を付ける。

末をタンポという耳かきのわたのようなもので、パソコンの側のみ丹念に付けていく。

特に、キーボードは一つずつ、念りに。

付け終わって、ブラックライトを當てると、いくつか指紋が浮かんできた。

「渦狀紋と、…弓狀紋か」

よく観察すると、一人の人間の左右それぞれの指のものと推測できる。

同じ人間でも、指紋は指それぞれが全て違うが、指紋の種類は四種類しかない。

同じ人間ならその種類はほとんど同じで、特徴が似ている。

一番多くあるのが渦狀紋なので、これが池田のものなのだろう。

電源ボタンや數字のいくつかのキーには、弓狀紋があったが、恐らくこちらが靜のものだろう。

池田は、その種類や大きさから特徴を見つけ、まず一志一人が使っていて間違いない、と結論付けた。

ただし、二つ疑問があった。

一つは、一志と靜のものと思われる指紋の種類が異なること。

指紋は近親間で類似する場合が普通だ。

<絶対ではないのかもしれないが…まあ、あとで調べてみるか>

もう一つは、キーボードの上の方から『U I A M N』、そして、他のキーより大きなエンターキーの一部、これらは指紋がかすれてしまっていること。

<このパソコンが使われた最後の辺りで、素手以外のなんかでキーを押したということか…>

「うまに、まいぬ、まにう、うなみ…」

池田は聲に出して、暗號めいた文字群を解こうとした。

そして、出た答えは、『SUMANAIすまない』。

『S』のキーは靜のものと思われる指紋で"上書き"されていたので、あくまで推測での追加だが、これなら靜の話と辻褄が合う。

なぜ、この文字だけ素手ではないのか?

夜逃げの荷造りをするのに、軍手等をしたまま打った可能も否めないが。

「次は…と」

指紋を取り終えた池田は疑問を一旦置き、自分の機に一志のパソコンを持って行くと、自分のパソコンと並べて置いた。

電源コードを暴に扱いながら、コンセントにプラグを差し込み、電源ボタンを押す。

しばらくして、起畫面が起ち上った。

タッタン、ター!

突然、けたたましい起音が靜かな事務所に鳴り響く。

「ったく、勘弁してくれよ…」

池田は慌ててパソコン前面に音量ボタンを見つけ、連打して音量を下げる。

<OSは…っと、ウィンドウズ7か、大學の頃から使ってるようだな>

池田は気を取り直し、パスワード力の畫面で、とりあえず、一志の誕生日、『0416』と打ってみる。

當然のように違う。

しかし、一度打つと、パスワード欄の下に、ヒントが出てきた。

パスワードを忘れた時に思い出すための機能だ。

『bofs』

ヒントはこの4文字だけ。

<これで靜ちゃんはSを押していたのか。

ああ、そういえば、これらのキーにも靜ちゃんらしき指紋はあったな。

しかし、あからさまにヒントを書くかね?

ボフス?

いや待てよ…>

「――もしかして、B of Sか?」

池田はし考えて、試しに『0 5 1 3』と慎重に打ってみた。

と、あっけなくパソコンはスタート畫面に移行し始めた。

「よし!靜ちゃんのバースデーって訳か。

ほんとにシスコンかよ、あ、シスターのSかも?」

が落ち著くと、まずは畫面を眺めた。

パソコンは、その持ち主の格や趣味を如実に表す。

「ん…?ほう…」

池田はすぐに、特徴的な部分に目をやった。

通常は下部にあるはずのタスクバーが、左橫にあるのだ。

畫面をしでも縦方向に長く使いたい場合、こうすることがある。

背景畫像、所謂壁紙は、SF映畫のワンシーン。

映畫の公式サイトによくある壁紙でもダウンロードしたのだろう。

ソフトのアイコンはほとんどない。

『コンピュータ』と『ゴミ箱』が左隅にまとめられているだけだ。

「あとはこれ」

畫面ほぼ中央に『0=∞の憂鬱.txt』というファイルアイコンが、ぽつんとある。

小説のタイトルだろうか。

「おっと、その前に…」

そのアイコンをクリックしかけた池田は、そう言ってスタートボタンを押すと、『最近使った項目』にカーソルを持って行く。

一番上に畫ファイルがあり、寫真ファイルとの混在が続く。

<これは、ファイル名順なので…>

池田は、それを確認すると、右クリックして、『開く』を押す。

そうすると、『最近使った項目』フォルダが開くのだ。

さらに、手慣れた手付きで、表示を『詳細』にすると、『更新日時』を押して、ソートをかける。

「ふう…」

池田は一呼吸つくと、ファイル名の一覧を見つめる。

一番上にあるのは、『すまない.docx』というファイルだ。

更新日時は『2017/05/15 16:56』

靜が一志の部屋を尋ねたと言った日と一致する。

ワードは初めて保存する時、最初の段落までの文字をファイル名にするので、恐らく、靜が記録に殘そうと保存したのだろう。

「その前に使ったファイルは、これか」

上から二番目にあったファイルの更新日時は『2017/05/12 22:56』。

『最近使った項目』というフォルダでは、『更新日時』とあっても、実際はファイルを開いただけで、その時間が記録される。

つまり、ここを見るだけで、ファイルを開いた時系列がわかる。

「最後に使ったのが、この時間…つまり五月十二日深夜から五月十五日の間に失蹤。

靜ちゃんが言う、誕生日の連絡がなかったという話を考えれば、さらに狹められるな。

このファイルを見てから、夜逃げの準備を始めたとしたら、たぶん十三日未明から、遅くとも十四日の夜辺りまで…。

アバウト、この二日の間に出て行ったと…」

池田は頭を整理するように呟きながら、スマートフォンの失蹤日時のデータ項目にそれを追加力した。

「…んで、これは畫ファイルのようだが…」

容が気になり、そのファイルをクリックする。

「まあ、そうだよな」

ファイルは畫で、若い男なら、いや、男ならたいてい見るようなものだった。

<失蹤する前にこんなもの見るかね…まあ、見るかもね…>

池田は苦笑いする。

<ん?ちょっと待てよ。

なぜ、一志はパソコンを持って逃げなかった?

家族への伝言をしたかったとしても、パソコンを使う必要はないのでは?

小説家を志していたなら、パソコンは必須の商売道だろう。

こういった夜のナニも…

まあ、このご時世、スマホで済ませられないことはないが…

ん?スマホの電源はってないんだよな。

電波信を切って、それで使ってるのか。

それとも、スマホは変えたか、いや、タブレット端末とかを別に持っていたか。

金ないのに、そんな余裕あるのか?

それに、なんでわざわざ妹の誕生日前後なんかに?

夜逃げしたとしても、取りあえず、スマホからおめでとうメールでも打てばいいだけの話だ。

逆に、あえてそれをしないことで、夜逃げしたことを暗に知ってほしかったとか…?>

疑問は次々湧いてくるが、答えは全て推測の域を出ない。

とりあえず考えるのをやめ、キーボードを作して『最近使った項目』のスクリーンショットを撮る。

さらに、それをり付けるため『ペイント』を起ち上げようとして手を止めた。

<そうだな…>

池田は思い直して、一志が最後に殘したファイルを開く。

しばらくして、『ワード』が立ち上がり、『すまない』と文字を映し出す。

句點もない、ただの四文字。

この文字を一志はどんな気持ちで打ったのだろう。

そう思いながら、キーボードを作する。

すると、畫面には先ほど取ったスクリーンショットがり付けられた。

池田は、機の斗からUSBメモリを取り出すと、一志のパソコンに突っ込む。

『名前を付けて保存』から、『佐藤靜氏依頼ファイル01:失蹤人が殘した手紙及び最近使った項目リスト』と力して、挿したメモリに保存した。

次に池田はメールソフトを開いた。

<最後の信日時は…五月十五日二十一時十五分か、靜ちゃんが一志の部屋に來た日の夜だ。

信の設定は…と、自信か。

母親に連絡をして、部屋に來てもらったと言っていたから、それまでは信していたのだろう>

五月十二日夜以降のメールが、未開封の意味である太字で表示されている。

それまでの開封済メールは、カード會社からのものが多かった。

そのタイトルから、未支払い分の督促であると容易に想像できる。

池田は無線ランの項目を開き、事務所のものを選んで、パスワードを力する。

パソコンはすぐに、インターネットに繋がった。

池田はメールソフトの『送信』ボタンをクリックした。

信といっても、定期的に信するだけなので、すぐに信するためにはこれを押す必要がある。

久しぶりにネットに繋がったメールソフトは次々にメールを信し、うんざりするほど貯まっていく。

「あふぁー眠い…」

待つ間に時計を見ると、もう午後11時を回っていた。

「よし、あとは明日にしよう」

池田は信を終えたメールソフトを閉じてパソコンを切ると、USBメモリと一緒に保管庫にしまった。

そうして、ふと、今いた自分の機の方へ振り返る。

<ああ、そういや、田の報告見ようと思って、自分のパソコン付けっ放しだったけな…>

そう思い、機の正面に周ると、さっきまで點いていたはずのパソコンの畫面が切れている。

「ん?やっぱり消してたっけ?」

池田はマウスを軽くかすと、畫面が點き、ログイン畫面が表示された。

<あ、スリープ機能か。

俺、長めに設定してたから、これが働くとこ見るのも中々ないな…

うん、待てよ…!?>

「あー、そうか、そういうことか、あー、なんで気付かなかった」

池田の聲は誰もいない事務所に響いた。

      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください