《ブアメードの》12
神木香は怯えていた。
目の前で人が殺された、昨日の葬儀場。
和花の友人というが、和花を轢いて死なせた男を噛み殺した。
壯絶な現場だった。
止めにった男二人は吹っ飛ばされた。
続いて次々に止めにった周りの親戚やスタッフたちも噛み付かれ、吹き飛ばされた。
は角野を轢いた男に噛みついているところを、スタッフの一人に消火で後ろから頭を毆られ、事切れた。
結局、その角野を轢いた男、親戚の男、斎場のスタッフの、犯人の、計四人が死んだ。
けが人も何人かいるらしい。
自分も犯人のに左手の甲を爪で引っ掻かれて、小さな傷を負った。
腰が抜けそうになりながら逃げようとした際にやられたのだが、特に申告はしていない。
傷口に大き目の絆創膏をっているが、今も時々変に疼いている。
はだるく、に違和がある。
頭は重く、さっきから鼻が出ている。
最初の男が噛まれた時、香の顔に鮮がかかった。
口にの味が広がり、恐怖と嫌悪からび聲をあげるだけで、立っていることしかできなかった。
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気付けば、周りが逃げ初め、自分一人が逃げ遅れた。
その時、あのと目が一瞬、合った。
目を剝き、口元からが滴り落ち、歯を剝き出しにした顔、まるでゾンビだ。
その顔が頭に焼き付いて離れない。
大學を休み、自分の部屋のベッドで寒さ以上に恐ろしさに震え、布にくるまっている。
<恐ろしい顔…どこかで見たことがある。
そうだ、あの映畫だ、學園祭で見た映研の映畫…>
所屬するクラブの先輩からオチを教えてもらい、得意になって、和花に紹介した。
知ったかぶりに自分も映畫を見に行き、後ろの席に座っていたら、教えてもらった容と違った。
先輩に騙されたと思ったら、オチは似たようなものだったが。
犯人の表は、その途中で一瞬映ったグロテスクなのものとし重なる。
<でも、ゾンビなんている訳ないし…>
「うっ」
傷がまた疼いた時だった。
トントン、と部屋のドアをノックする音がした。
「香、大丈夫?あの、昨日のことで警察の方が來てるんだけど…どうかしら?出られそう?」
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ドア越しに聞こえてきたのは、母親の聲だ。
「あ、わかった。すぐ行く」
香は鼻の栓にしたティッシュをゴミ箱に捨てると、ゆっくりとベッドを出た。
ベッド脇の機に置いてある鏡を見て軽く繕いをし、階段を下りる。
「…しかし、こうも似たような噛み付き事件が続くとはねえ」
「警部、それは、ここではちょっと」
キッチンから男たちの話聲が小さく聞こえてくる。
香がキッチンにると、テーブルに座っていたスーツ姿の二人の男が立ち上がった。
「警視庁捜査一課の、夜久と申します」
「同じく、沖です」
二人は縦開きの警察手帳を形式的に提示し、すぐに引っ込めた。
「私は神木香といいます」
香が怪訝そうに返事をしながら頭を下げてテーブルに座ると、刑事たちも続いて座った。
母親は二人から預かったであろうコートをハンガーにかけている。
「さて、おわかりだと思いますが、昨日、事件のありました斎場の帳簿に、あなたの記載がありましたので、こうして參りました。
早速ですが、しお話を伺いたいので、ご協力ください」
夜久と名乗った中年の刑事が、野太い聲で話を切り出した。
し背が低く、がっちりとした風に、鋭い目付き、口角は思い切り下がっている。
「はい、なんでしょう」
香は熱に浮かされ、頭がぼーっとしながらも、質問に構えた。
「まず、葬儀中であった角野、えー、和花だったか、彼とは、どのような関係で?」
夜久はぶっきらぼうに尋ねてくる。
「もちろん、友達です。
帝都薬科大學に今年の四月に學して、それからです」
「では、友人としては、一年も満たない付き合いか。
葬儀には、大學の同級生はあまり來てなかったようだが、あなたはなぜ、參列したんです?」
「なぜって…それは、友達だったからとしか…付き合いの長さは関係ないと思いますが」
「あの場に殘っていた角野さんの友人は、あなたと犯人くらいしか、いなかったようなのでね。
他のご友人たちは、野辺送り前にほとんど帰ってるんですよ。
なのに、あなたはなぜ、そこまで殘っていたんですか」
「だから、なぜと言われても…最後まで見送ろうと思っただけです。
和花は人見知りで、大學では友達がなかったみたいで…
ご両親も突然のことで、友達にも余り知らされてなかったようで…
だから、事故のニュースを見た友達くらいしか來てないんじゃっていうのを、
これは周りの人が話してたのを聞いて知ったんですけど、
それで、私でも良ければ、殘って見送ろうとしたっていうか…」
香は、回らない頭でたどたどしく答えた。
「それでは、あなたもニュースを見て、角野さんが死亡したことを知ったということですか?」
「そうです」
「今ならリネっていうんだったか、スマホなどで、すぐ連絡し合うのでは?」
「もちろん、後からそれもありましたけど、最初に知ったのはニュースです。
それで、通夜には間に合いませんでした。
そういう意味でも、葬儀だけは最後までという気持ちも働いたのかもしれません」
「それで、あなたはあの現場のちょうど近くにいらしたのは、どういう訳でしょう?」
「どういう訳って、何か、さっきから質問の意図がわからないんですが」
「おい、沖」
夜久は香の質問には答えずに、部下に目をやる。
香の方も言うことがいちいち好きになれない男から目を外し、もう一人の刑事の方を見た。
熱心にメモを取っていた沖は手を止め、脇に置いていた鞄から紙を取り出した。
「まだ、落ち著かない時にすみません。
事件があったあの現場で、あなたはどの位置にいましたか?」
紙はA3サイズの事件現場の見取り図で、沖はそれをテーブルに置いた。
沖は夜久より細見、長で若く、訊き方にも好が持てる。
「えーと、ここが最初に男の人が噛まれたところなら…すぐ近くなので、この辺だったと思います」
香は紙を左手で押さえ、右手の人差し指で自分のいた場所を指した。
「その絆創膏、どうしました?」
それを見た夜久がまた、臆面もなく訊いてきた。
「あ、これは…その犯人のの人に…引っ掻かれて…でも、大したものじゃありません」
「軽傷者に上げるか」
夜久は沖に言った。
「わかりました」
「あの、本當に大丈夫なんです。
爪が掠っただけで…」
「どういう経緯で、やられたか覚えていますか。覚えている範囲で構わないんで」
夜久は手で香の言葉を制す。
「ですから、やられたなんて、そんな大きなことにしたくないんで…うっ!」
香が急に唸って、右手で傷を抑えた。
痛みはないのだが、どうにも嫌な疼き方がするのだ。
「大したことはない、ことはないようですが」
夜久の言葉に香はまた、むっとする。
さっきから、この刑事の言葉になぜか、いちいちムカつく。
怒りがふつふつと湧いてくる。
「今、たまたま傷が疼いただけで、痛くもないし、ほんとに大したことありません、ほら!」
香は意地になって、絆創膏を剝いで見せた。
「うわ、これは病院に行かれたほうがいいのでは?」
沖が顔をしかめて言った。
「え?」
香は自分の傷口を見て、愕然とした。
傷口は広がって化膿しており、幾筋もの紫の管が傷口から外に向かって浮いていたのだ。
「な、何これ!?」
なんでもなかったはずの傷を初めて確認し、思わず聲を上げた。
「重傷かどうかは醫者が判斷することだが、これは軽傷どころではない怪我ですよね。
今からでも、病院に行った方がいいな。
事件で負われた傷ということなので、良ければ我々がお送りしますよ。
話の続きは、車の中でお願いできれば」
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