《ブアメードの17

池田敬は、苦しがっていた。

部室に戻る途中、殘りのコーヒーを持って歩いていたのだが、これがいけなかった。

歩きながら、殘りをに流し込んだ時に、気管にったのだ。

出すまいとするほど、咳が止まらない。

若い二人の手前、特に靜の前で、これは恥かしかった。

大丈夫かと背をさする靜の介抱に気をやって、どうにか落ち著いた。

部室に戻ると、出て行った前より、部員が男一人ずつ増えていた。

有馬の他、何人かはこれから撮影があるのか、青春もののアニメのキャラクターのような恰好をしている。

坂辻は一番奧に置いてある書棚の斗をいくつか開けて、封筒を探し始めた。

「あれ、おかしいな、確かこの辺りに…」

坂辻はあれこれ関係ない雑に取り出している。

「すみません、この封筒にれてたはずなんですが、DVDが見當たらなくて…」

「ああ、どうしようかな。とりあえず、それだけでも構わないんで、すぐに借用書を書きます」

そう言って池田は、指示が書いてあるという紙のった封筒をけ取った。

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中を取り出してみると、A4用紙に明朝の文字が整然と並んでいる。

角二の封筒の表にはなんの表記もない。

裏に目をやると、やはり明朝の文字が印字された紙が切ってってある。

封筒のサイズには不釣り合いな小ささで『先輩より』の四文字だけ。

「あ、そうだ、ちょっと待ってください」

坂辻は機の引き出しを開けて、ブルーレイディスクを取り出した。

「これは、『人実験の館』の総括として編集したものです。

とりあえず、こちらをどうぞ。

ダビングした奴なんで、差し上げます。

冒頭に上映前の司會者の説明の様子とか、余計な部分もってますけど、それでも良ければ」

「ああ、いただいてよろしいんですか。ありがとうございます」

池田はどちらも鞄にれると、その鞄に常備している借用書の様式を取り出し、書き始めた。

「みんな、ちょっと聞いて。

えー、こちらにいらっしゃるのは、ニ年前までこの映研にいらっしゃった、佐藤さんって先輩の妹さんです」

部員たちに向かって、坂辻が順を追って説明し、ヨウツベの件を訊く。

しかし、差し止めの申請した者がいないどころか、そもそもアップされていたことさえ知らない様子だった。

「來ていない部員もいるんで、また、聞いてみます」

坂辻がフォローしたが、池田は生返事をしただけで、當てにしなかった。

部長にもここにいるどの部員にも知らせず、學生が個人で勝手にかないだろう。

この後、池田は部員に一通りの質問をしたが、やはり手がかりは出てこなかった。

來ていない部員も含めて改めて聞いてもらい、何かあったら連絡をくれるよう、重ねて坂辻に頼んだ。

「お兄さん見付かるといいね」

池田と靜が帰り支度を整え、ドアに向かった時、有馬が聲をかけてきた。

「うん、今日はありがとう」

靜が頭を下げる。

「その恰好、似合ってるね。この前のナースも良かったけど」

「ありがと。これでもボク、トイッテーとかSNSのフォロワー、たっくさんいるからね」

有馬が得意そうに言ったが、急に暗い顔付きになった。

「それにしても、昨日の事件、知ってる?怖いよね。

和花ちゃんもボクのフォロワーの一人だったのに」

「ああ、あれ?みんなよく知ってるよね。

私、それどころじゃなくて、周りが騒いでたんで、初めて知った」

「なんのこと?」

池田が疑問を挾んだ。

「あの、昨日、お葬式の最中に人が殺されたって事件、あったじゃないですか」

有馬が答えた。

「あ、ネットニュースでなんか見たかな」

「あれ、うちの大學の同級生の角野って娘のお葬式だったんですよ。

で、犯人ってのは、角野さんの馴染だったって」

「え?そうなんだ」

他人事だと思っていた事件が案外、近なことだったのかと、池田は肩をすくめた。

「たぶん、その二人、うちの映畫、見に來てたと思うのよ。

角野さんが前の方に座ってて、すごい怖がってたから覚えてたんだけど、もしかたしたら、その隣にいた娘が犯人かも!って」

「えー、そうなんだ。

私もその犯人の娘とニアミスしてたかもしれないってことだよね、怖いな」

香ちゃん、今日休んでたじゃない。

実は、香ちゃん、そのお葬式行ってて、事件のショックで休んだらしいよ」

「え、香ちゃんって神木さんのことだよね、だから休んでたのか。

あとで、リネしとこ」

靜が心配そうに言った。

「あれ、噂だと、噛みついて殺したって聞いた」

「やばいよな。俺ならトラウマ」

他の部員も次々にしゃべり始める。

「あ、佐藤さん、ちょっとまだ話したいことがあるんで、そろそろ」

部室が事件の話で盛り上がり、終わりが見えなくなってきたので、池田が外に出るよう促した。

二人は有馬に別れを告げ、部室を出ると、バイクを停めた駐車場に向かいながら話し始める。

「お兄さんのパソコンの件なんですが…」

「あ、はい。どうでしたか。

何か手がかりはありましたか」

「ええ。いくつかありました。

それで質問が何點かありましてね」

「はい。なんでしょう」

「まず、お兄さんはパソコンを使って小説を書いていたのですよね」

「そうです」

「なんのソフトを使って書いていたのかはご存知ですか」

「えと、確か、メモ帳っていうソフトだったと思います」

「そうですよね、メモ帳。ログを見て、疑問に思ったので。

では、そのログで疑問に思ったことをもう一つ。

お兄さんはパソコンをいつも付け放しだったかどうか、これはご存知ですか」

「うーん、いつもかはわからないですけど、兄はそういうところ、だらしなかったので、その可能はあるかもしれません。

母はその點、幾帳面なのに、全然似てなくて。

そもそも、家から大學に通えない距離でもないのに、しでも長く寢たいからって、一人暮らしを始めたほどなんで。

それで、私が兄の部屋を訪ねた時、玄関の鍵が開いてて、ったらちょうどトイレのドアを開けっ放しでしてたことがあって。

なんで閉めてしないの?って怒ったら、また開けないといけないのに、なんで閉めなきゃいけないんだって言ってたこともありましたからね。

私が來るの知らないからって、それはないと思いましたよ」

恥ずかしいのだろう、靜は照れ笑いした。

「はは、そうですか。なるほど」

池田の方は、に覚えがある行に苦笑いしたが、またひとつ疑問が湧いた。

<父親の方に似ている可能もあるのに、それは言わずに、母は幾帳面って、ああ、あれか、一志君は母親似だとか?>

「っていうか、ログが見れたってことは、パスワード、わかったんですか?」

「ああ、そういえば言ってませんでしたね。わかりましたよ」

「え、すごい!なんだったんですか」

「もったいぶらずに言いますと、0、5、1、3、つまり、佐藤さん、あなたの誕生日です」

池田はらさぬように、口を靜の耳元にし近づけ、小聲で言った。

「ヒントに、b、o、f、sとありましたよね。

それで、b of sと分けて考えてみました。

そうすると、バースデー オブ シスター、或いは靜、と推理できましてね」

「へー、なるほど。私、そのまま打ってダメだったから、すぐにあきらめちゃいました。

兄ってそういうの、変にこだわるんで、考えても絶対わかんないやって思って。

勝手に見たって、あとで怒られるかもしれなかったし…

以外と単純だったんですね」

「ずいぶん、妹さん思いのお兄さんですね。

佐藤さんもお兄さんのことをとても慕っているようですし…

それに、パスワードのヒントだって、普通は覚えてるから、わざわざ表示されるようにしておかないでしょう。

パスワードがばれてしまう危険もありますし。

お兄さんは、自分に何かあった時にあなたに気付いてしくてヒントを殘したんじゃ…

ずいぶん、仲がよろしいようですね」

池田がそう言うと、靜はゆっくり立ち止まった。

下を向き、急に暗い顔になる。

「——あの、私とお兄ちゃ…いや、兄ですけど…本當の兄妹じゃ、ないんです」

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