《ブアメードの》20
八塚克也は、涙ぐんでいた。
帝都薬価大學の駐車場、捜査車両の側、矢佐間の報告を聞いて。
「――ついでに、さきの局部切斷殺人事件、司法解剖の結果、あれの噛み傷と角野のお嬢ちゃんの歯型が一致した、と教えてくれたよ。
例の検査と、胃の容のDNA鑑定は科捜研に回してまだだそうだが、胃に人間のイチモ…うっうん、いや、一部がある奴なんて、そうはいない。
お嬢ちゃんがホシで、間違いないだろう」
矢佐間が言っているのは、三日前の夕方に判明した殺人事件のことだった。
局部が切り取られ、激しく損傷したが、角野の家のすぐ近く、公園の多目的トイレで発見された。
初めは野犬か何か獣に噛み殺されたのではないかと思われていたが、歯形が人間のものと判明。
死亡推定時刻は、四日前の深夜から翌未明にかけて。
角野が事故死した日時と重なっていた。
◇
修復業者から、の吐しゃが口の奧に殘っており、それが人のの一部かもしれない、と相談があったのが、二日前の晝過ぎ。
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矢佐間たちが業者の元に行き、聞いてみると、顔の損傷が特に激しく、初めは本人の片だと思っていたが、"パズル"の結果、どうにも余ったものが出てきた、というのだ。
その一部らしきものを業者から鑑識が引き取ったのが、同日夕方。
鑑定の結果、それが人間の一部と斷定され、角野を容疑者として急いで令狀を取ったのが、昨日の朝。
族に配慮し、葬儀が終わってから角野のを差し押さえすることとなり、矢佐間と八塚は斎場の側に停めた車の中で出棺を待っていたのだった。
火葬場では、別の刑事も先回りして待機しており、が回収されたのが、同日晝。
この際、角野の家族や親戚と、かなりのすったもんだがあった。
斎場での事件の連絡があって、八塚が矢佐間ととんぼ帰りする時、サイドミラーで見たのは、角野の母親が泣き崩れてているところだった。
◇
その母親のことを思いだし、八塚は目頭を押さえているのだった。
「あのお母さんに、なんて言えばいいのか…」
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「相変わらずだね。移は刑事の敵だと何度も言ったけど…
八塚君はその辺の分別はついてるかな。
ま、被害者がレイプ魔だったらしいってのが唯一の救い、と言ってあげるくらいしかないでしょ」
矢佐間は、ふかしていた煙草を攜帯灰皿にれ、八塚を見ぬよう、あえて外を向いて言った。
「いつまでも傷に浸ってもいられない。
よし、そろそろ、始めようか。
あくまで、角野と神木の素行捜査、という建前でだ、まだ今日の事故の件は言うなよ」
矢佐間は眼鏡を直すと、遠くを見つめた。
二人は大學での聞き込みを始めた。
本來なら、角野の學年を當たり、友人関係を調べる予定だったが、事故のせいで遅れをとってしまった。
仕方なく、學生センターの窓口で、部活で殘っている角野の學部の同學年がいないか教えてもらい、別行で片っ端から當たることにした。
その中の一人の話に八塚は興味を抱いた。
クラブハウスに殘っていた映畫研究部の有馬だ。
「今日は、おもしろい日って言ったら、怒られるかなあ。
その事件とは関係ないですけどお、さっきまで探偵さんが來てたのでえ」
「あいつが」
探偵の名前を聞いて、八塚は思わず、驚きの聲を出した。
池田は警察學校の同期だった。
一緒に刑事になろう、とわれたこともある仲で、今も親がある。
パソコンオタクだった池田は、番にパソコンがない、勤務日誌等は手書き、という、IT化の進まない職場に『古過ぎる質』と當時よく愚癡をこぼしていて、結局、辭めていったのだった。
「奴はなんでここに?」
「へえ、知り合いなんですかあ?
えーと、ここの卒業生があ、行方不明になっててえ、それでえ、その妹さん、あ、ボクの友達なんですけどお、探しに來たんですう」
コスプレのキャラをそのまま演じているのか、妙にかわいこぶる言い方に、八塚は若干引く。
「なんて人を探しに?」
「佐藤って、お兄さんですう」
「それで、見付かりそうですか」
「えー、どうかなあ、ボク、わかんなーい」
「あの、真面目に答えてもらっていいですか」
「えー、何がですかあ?
ボク、真面目ですう」
有馬は頬を必要以上に膨らませた。
「……」
居た堪れなくなった八塚は次を當たることにし、そそくさと部室を後にした。
「なんなの?そのしゃべり方」
八塚が出ていった後、坂辻が呆れて言った。
「えー、ボク、警察、嫌いなんですう」
有馬は、まだ続けていた。
「…角野の格は大人しい方で、友関係は狹かったようです。
クラブ活もバイトもしてなくて、電車通學で家に真っ直ぐ帰るタイプ。
対して、神木は明るく社的、友関係も広いですね。
スノーボード同好會所屬、バイトは短期のものをちょくちょくしていたようです。
神木が事故死した件はまだ伏せて訊いたので、余り探れないかと思いましたが、神木の報の方が広く淺く出てきた印象ですね。
…ただ、帰って事故のニュース見たら、あの子たち、驚くでしょうが…」
聞き込みを終え、矢佐間と落ち合った車で、八塚がまた目頭を熱くした。
「あー、こっちも、同じじだね。
當然、と言っていいのか、クスリの報は出てこなかったし」
「え?矢佐間さん、それ訊けたんですか?」
「え、八塚君、訊かなかったの?ダメだよ、それはー」
「なんか、余りに健全な雰囲気と言うか、変な友関係の報なんて、一切出てこなかったんで…
その先、訊かなくてもわかるというか…すみません」
「思い込みは良くないけど、まあ、わかるよ。
五課の報網にも、この大學の筋は今のところ、全くないし。
ただ、最近はSNS上で大麻を売買している時代だ。
しかも、薬科大學ときたら、新手のドラッグか何かをここの學生が作って、さばき始めてたって、不思議じゃないよ、って薬科大學が何を學ぶところか、自分はよく知らないけどね、はは」
「はは…あ、そう言えば、関係ない話ですけど、探偵が行方不明人の捜索をしてるって、話がありましたよ。
その探偵ってのが、警察學校の同期だった奴で」
「ふーん、なんて探偵?」
「ああ、池田って言うんですけど、矢佐間さんは知らないんじゃないですか。すぐ辭めたんで」
「…いや、たぶん、知ってる…っと言っても、直接じゃないけどね。
昔、世話になった上司が警察辭めて始めたのが、池田探偵事務所だったんだ。
その元上司、當然、池田さんって言うんだけど、一昨年だったか、若くして亡くなった時に、甥坊が後を継ぐとか、葬儀で聞いたよ。
もしかしたら、その場にいたのかもしれないが、きっと、それでしょう。
さらに、その親父さん、だから、私の上司だった池田さんのお兄さんに當たるんだったかな、その人も警察に近いな。
厚労省のマトリだったから、縁はなかったけどね」
「へえ、意外と繋がりあるもんですね、世間は狹いって奴ですか」
「ああ、そうだね。
で、その親父さん、職務中に行方不明のまま、今も見つかってないらしいよ。
いなくなったのが嵐の夜だったらしくて、川に落ちて流されたんじゃないかと見做されているらしいけど」
「あ、知ってます。
それで、池田の奴、親父は川に流されたりなんかしない、事件に巻き込まれたんだって…
それで自分は刑事になって探すんだと、最初は息巻いてましたから」
「警察にったって、その部署にれるとも限らないのに?
れたにしたって、は捜査から外されるでしょ」
「それを言っては、元も子もないじゃないですか。
若いは現実知らないんだから、そんなもんでしょう」
「まあ、そうかも。
亡くなった池田さんも、親父さんがいなくなった甥坊が放っておけなかったんだろうね。
面倒見のいい人だったから」
「そういや、あいつ、今回は行方不明者の捜索で來てたみたいですね」
「へえ、行方不明者、彼はそういう運命の人なのかね。
で、誰が行方不明だったかは訊いた?」
矢佐間は眼鏡を直しながら言った。
「えっと、この大學の卒業生で、佐藤、としか。今回の件とは関係ないかと、深くは訊いていません」
「何が関係してるかわからんから、そういうのも一応、訊いておくもんだよ。
本當に人が一人いなくなっているんなら」
「すみません、苦手なタイプの子大生だったんで…」
「だから、それが駄目。
今回は仕方なかったけど、やはり、まだ當面は一緒に聞き込みしないといけないね」
「わかりました…あ、取りあえず、車出します…」
矢佐間は説教をかわそうと、車を発進させた。
その様子を窺う視線があることに気付かないまま。
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