《ブアメードの30

池田敬は待っていた。

防寒用のブルゾンに、ガジェット系のバックパック。

この一大事が済めば、そのまま帰れる支度だ。

マリアと約束した時間は、午後八時半。

事務所で八塚らと話を終えてから、まだついて行ってやってもいいと言う中津に、一つ仕事を押し付けて。

帝都薬科大學で靜と話をしている際に引っかかりを覚えた點、それを解決する糸口に繋がることだ。

バイクに乗ってからは、八塚に電話し、靜から聞いた事の詳細を伝えながら、多川臺公園に向かった。

そうして、なんとか時間までに到著すると、また八塚に電話連絡。

公園からし離れた路上で二人と落ち合い、待機場所を確認してから、東屋に向かった。

スマートフォンで時計を見ると、もう八時三十五分を回っている。

<まだかな、遅れるって言ってしまったから、彼も遅れて來てるのか…電話してみるか…>

そう思った時、闇の向こうから足音が聞こえた。

「有馬さん?」

暗がりに向かってそう聲を出すと、人影が浮いてきて、頷いたようにも見えた。

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その人影が近付き、公園の暗い外燈でだんだん照らし出されてくる。

人影は、頭にパーカーを目深に被り、顔がよく見えない。

何より、小柄な有馬より明らかに背が高い。

様子がおかしい。

池田はとっさに構えた。

人影はきを早め、駆け足で近付いてくる。

尋常でない速さだ。

「おいおい、なんだよ」

急接近した人影は、池田に襲いかかった。

バチバチッ

その出した右手には、スタンガンが握られている。

池田は寸前で、相手の右手首外側をけ流すように払った。

「うっ」

相手は勢い余って、池田の右側に勢を崩した。

「な、なんて速さ…だ、誰だ!」

池田は、相手の細格からは予想できなかった力に驚きながら、様子を探った。

外燈でようやく見えた相手は、全、黒いレザースーツで、こちらに向き直ろうとしている。

!?>

の丸みからそれはわかったが、パーカーを深く被った相手の顔はよく見えない。

「有馬さん…じゃなさそうだな」

池田は、そう言いながら、じりじり下がり、相手から距離を開ける。

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<三十六計逃げるに如かず!>

そう思いながら、池田は八塚たちが待機している生垣へ向って、一目散に走り出す。

八塚たちも既にこちらに向かって走って來ていた。

「待て!」

と、八塚は池田の側を走り抜けていき、矢佐間だけ立ち止まった。

池田は振り向いた。

襲ってきた相手の姿はもう見えず、八塚はその後を追って行ったようだ。

「大丈夫…ですか?」

矢佐間がし息を切らして、眼鏡を直しながら池田に聲をかけた。

「ええ、なんとか…いや、はあはあ、びっくりしました。

まだ、心臓がバクバク言ってる…」

池田は息を整える。

「あれが、有馬ですか?」

「いえ、たぶん、違います…はあはあ、あれは、母親の方、岡嵜零…かと」

「え!?」

「パーカーの下からしだけ銀縁の眼鏡が見えました、はあ、背もだいぶ高いし…

それにらした聲が…はあ、かすれてました…例の畫で聞いた聲です」

「あの一瞬で大した観察力だね」

「いや、それほどでも」

矢佐間に褒められ、池田はまんざらでもない。

「あ、こうしてはいられない。

すぐにキンパイをかけます」

矢佐間は攜帯電話を取り出し、捜査一課に電話をかけると、事を説明し始める。

<キンパイ?ああ、急手配か…>

矢佐間の言葉の意味を考えてし油斷していたその時、池田の後ろから靴音が近付いてきた。

池田は、びくりとして振り返る。

八塚だ。

「なんだよ、お前か…」

「駄目…はあはあ、取り逃がした…」

八塚は池田の側まで駆け足で來ると、膝に手をつき、息を切らす。

「あの、とんでもなく逃げ足が速くて…俺、足には自信があったんだが…はあ」

「うそだろ、相手は五十過ぎのおばさんだぞ、なんでお前が負けるんだよ」

八塚は陸上のインターカレッジで上位賞常連だったほどの足の持ち主だ。

それを知っている池田も驚いた。

「は?五十過ぎって、あれ有馬じゃなかったの…

え?ということは、あれ、母親の方か!?」

「たぶんそうだ。

しだけ聲をらしたんだが、畫の聲に似ていた」

「冗談だろ、どんだけ鍛えてんだよ」

「そういや、あのビリビリスタンガン付き右ストレートも、えらいパンチだった」

「お前、合気道やってったんじゃないのかよ。

捕まえてくれてりゃ、苦労せずにすんだのに。

俺なら、こうやって…」

「ちょっといいですか」

八塚が捕まえる作をしかけたところ、電話を終えた矢佐間が口を挾んできた。

「あれが、娘の有馬にしろ、母親の岡嵜にしろ、呼び出しておいて、池田さんを襲ってきたんです。

あの親子は共犯で、恐らく、探りをれていた池田さんをばれする前に始末しておきたかったんでしょう。

ああ、それから今、課に頼んでおいたから、この辺り一にキンパイがひかれます」

「ちょっと待ってください。

ばれするから襲うって、それじゃあ、僕の依頼人にも、危害が及ぶ可能があるってことですか」

「あ!そうですね。どちらかと言うとそっちの方を恨んでますし…

ああ、これは大変だ。

すぐに警護をつけます。

依頼人は佐藤さんでしたか、住所を教えてください」

「はい…でも、先に依頼人に電話していいですか、まず無事を確認してからでないと」

「それはいいですが、駐車場に向かいながらにしてもらえますか」

矢佐間が眼鏡を直しながら、捜査車両が置いてある方を指差す。

「ああ、そうですね」

三人は速足で歩き始め、池田はスマートフォンで靜に電話をかける。

「はい、佐藤です」

「ああ、良かった、まだ…

あの、遅くなって、すみません」

「お待ちしていました。

もう、母が落ち著かなくて…

それで、どうなりました?」

「はい、それがいろいろありまして。

それより、取り急ぎ、お伝えしたいことがあるんで、落ち著いて聞いてください」

「はい」

「あの、有馬って映研のお友達のことなんですが…」

「え?有馬さん?はい」

「彼は、岡嵜零の娘でした」

「え!?有馬さんが!?うそ…」

靜は絶句した。

「信じられないのは私も一緒ですが、間違いないようです」

「そんな…ほんとに、ですか?信じられないです…」

「考えてみてください。

ヨウツベの削除要請、映研に送られた封筒、それにその中のDVDがあの時なかったこと。

全部、彼がやったと考えれば説明がつきます…」

「あ…!…そう言われれば…

さすが池田さん」

「いえいえ」

池田は矢佐間に続いて褒められ、しにやけたが、すぐに表を引き締めた。

「あの、それより、靜さん、私はたった今、その有馬から呼びつけられて、待ち合わせた場所で襲われたんですよ」

「え!襲われたって、大丈夫ですか!」

「まあ、なんとかかんとか。

で、ここからが本題です。

私が襲われたということは、あなたも襲われる可能があるということに…

なんで、すぐに戸締りを確認してください」

「え!?」

「警察もそちらに向かいますが、それまでは、そうですね、ご両親にも事を説明して、三人一緒にいてください。

何か武になるようなものがあれば、用意しておいた方がいい」

「わ、わかりました、あっ、そうだ。

あの、うち、警備會社にってるんですけど、セットしておいた方がいいですよね」

「ああ、それはいい、ぜひ。

それで、一応、そこにも連絡しておいてください。

それじゃあ、一旦切ります」

そこで、ちょうどスクーターと捜査車両を停めたコインパーキングに著き、池田は電話を切ると、そのままスマートフォンを作して、

「ここです」

と矢佐間に佐藤家の住所を見せた。

矢佐間は攜帯電話で警備の手配をかけるよう、話し始めた。

<これから、どうしようか…もう探偵として俺のできることはないか…

さっきから何かひっかかる、大事なことを見落としていないか…>

池田はし落ち著いて考えた。

「あ~!」

「どうした?」

八塚が訊いた。

「しまった…さ、坂辻君が…あの、映研の部長って坂辻っていただろ。

彼、有馬の彼氏で、さっきまで彼と一緒だったんだ…」

「えっ、まじか、それは早く言ってくれよ」

「すまんな、俺としたことが、なんかいろいろあって、うっかりしてて…

その、有馬と待ち合わせたのも、最初、坂辻君の方から電話があって、その後、電話を変わったのが彼で…

すっかり、彼が來ると思ってたんで、彼のことを…ああ、そうだ、すぐ電話してみる」

「いや待て。

に母親からもう連絡がいっているかもしれん。

もし、まだその坂辻という學生が有馬とまだ一緒にいたとしたら?

下手にこちらから電話すると、かえって刺激して、何しでかすかわからんだろ?」

「そ、そうだな…。

いや、まず無事かどうかだけでも…じゃあ、非通知で電話してみるよ。

出れば、とりあえずまだ大丈夫、出なかったら…」

池田は恐る恐る坂辻に電話した。

「…やっぱり出ない。

どうしたら…

あ、そういや俺、彼の住所も訊いていたな」

池田はスマートフォンをまた作して、坂辻の連絡先を八塚に見せた。

「それ、俺のスマホに送ってくれ」

「わかった。俺はバイクで行くから、追いかけて來てくれ」

「いえ、ここからは警察の仕事です。

あなたはその依頼人のところに行ってあげたほうがいいのでは?」

電話を終えた矢佐間が割ってった。

「え、それはそうかもしれませんが…」

「実はもう、話を付けておきましたから」

「え、そうなんですか。ありがとうございます」

池田はそう言って、スクーターのヘルメットを持ち上げた。

「佐藤家の方とは、まだ、話すことがあるでしょう」

矢佐間はそう言って、八塚と車に乗り込む。

「また、僕が運転しよう。

その方が早い」

車とスクーターはそれぞれの目的へ向かい、走り出した。

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