《ブアメードの36

池田敬は説明していた。

現場責任者である越智、その部下の城、そして勝と累と靜。

佐藤家のリビングが盜聴されていることがわかり、池田は一計をはかった。

メモ帳に『ここは盜聴されています。黙って勝手口から裏庭に來てください』と書いて、五人に見せて回ったのだ。

池田を先頭に見せて回られた順に五人は玄関から靴を取って來て、そろそろと裏庭に出た。

裏庭といっても、テニスができそうなほどの広さがある。

「…という訳で、あの部屋は盜聴されています。

ここは大丈夫だと思いますが、なるべく小さな聲でお話しください。

それで、質問ですが、何か心當たりは?」

「うーん、この家に岡嵜、ああその、犯人の夫の方の岡嵜恒のことだが、彼なら學生時代に來たことはあるが…

ただ、ワイファイなどがない時代だからね」

勝が寒そうに腕組みしてそう言うと、累がうんうんと頷いた。

「そうですか。靜さんは?」

さっきから黙って池田の話を聞いていた靜は、呼びかけても返事をしない。

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「あの、靜さん?」

池田が今一度、呼びかけた。

「あ、すみません。考え事をしてて。

たぶんですけど、有馬さんが仕掛けたんじゃないかと思います。

今年の私の誕生日パーティーをした時、彼を招きましたので…」

「え、あの時、その娘來ていたの?」

累が聲を上げた。

「ああ、それですね。その時に仕掛けられた可能が高いでしょう。

は二階には上がりましたか?」

「いえ…たぶんですけど」

「そうですか。念のため、中津に調べさせてもいいでしょうか」

「ああ、でしたら、あとで案しましょう」

勝が言った。

「でも…私、未だに信じられなくって…有馬さんが兄を拐したかもしれないなんて…

あの映研の部室で心配してくれてたのが演技だったと思うと…

それに盜聴まで…」

靜は俯いて泣き出しそうな顔をしている。

「お前、まだそんなことを…」

「靜さんのお気持ちはわかります」

勝の言葉を遮り、池田が言った。

「でも、どうやら事実のようです。これを調べればわかります」

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そう言って、池田はスマートフォンを取り出す。

「あの、越智さん、これがその盜聴の接続アドレス等の一覧です。

偽裝されているかもしれませんが、調べてもらえませんか」

池田は中津の送ったリネを見せる。

「わかりました。すぐに調べてみますが、私はこういうことに疎いもので。おい、ちょっと、城」

越智はそう言って、城にそれを任せた。

池田は仏頂面の城にスマートフォンの畫面を見せつつ、靜に目をやった。

靜はまだ落ち込んでいるようだ。

有馬に盜聴までされていたことが、よほどショックだったのだろう。

刑事がメモを終え、池田がスマートフォンをしまおうとした時、中津からリネが來た。

『準備完了』

「グッタイミン!」

池田は小さく呟やくと、ううん、とを鳴らして改まった。

「あの、これからのことなんですが、盜聴されている部屋でまともに話なんかできません。

それで、提案なのですが、盜聴されていることを逆手にとった作戦を立てたいと思います」

「作戦?」

越智が訊いた。

「ええ。越智さんにお願いなんですが、これから部屋に戻ったら、『警護のために移する』という旨を、言ってもらえませんか。

そこでタイミングよく中津が『盜聴を発見した』と言います。

実は、たった今來たリネは、中津が盜聴を実際に見つけた知らせです。

それで、ここは危険だ、やっぱり警視庁へ移しよう、みたいなことを言って、盜聴の電源を切る。

それで念のため、パトカーを出してもらいます。

あの親子がそれを聞いたとしたら、警視庁に向うか、警視庁なら無理だと諦めるか、どちらかしかありません。

どちらにしろ、佐藤さん一家はここに殘ることができます。

いかがでしょうか」

「なるほど、まあ、作戦という訳ですね。

うーん、本來ならこちらが考えるべきことですが、まあ、そういうことならやってみますか」

「警部、民間の探偵の言うことに乗るのはどうかと」

城がしかめっ面のまま、池田にもあえて聞こえるように言った。

「まあ、予定していたことを先に言われたまでだ」

越智は右の掌を城に向けて制した。

「えー、実は、さっき言いかけましたが、警視庁に事聴取という形で移してもらうことも考えていたんですよ。

まあ、どちらにしろ、お話を伺わなければなりませんから。

とりあえず、パトカーは、実際に警視庁に向かわせましょう。

まあ、食いついてくれれば、儲けもんです」

「では、話は決まりです。

あまり部屋の方で會話が聞こえないと、怪しまれるかもしれません。

すぐに戻りましょう」

池田はそう言いながら、數歩足を進める。

「ちょっと待って。部下に事を説明するから、し時間をください」

「わかりました。急いでください。

では、私たちだけでも先に戻っておきましょう」

池田たちは外から表に回る越智を余所に、家の中に戻った。

佐藤一家はダイニング、池田は中津のいるリビングの機に待機する。

しばらくして、越智も他の三人の刑事たちをまとめて、玄関から戻ってきた。

池田は中津に目配せをすると、中津は手袋をしてこくりと頷いた。

「そ、それでは、ここは警備がしにくいんで、まあ、ちょっと、我々の用意した場所に向かってもらえますか」

越智がし演技がかった言い方をした。

「ちょっと待って!ここに盜聴があるわ」

「何!それはどういうことだ。取りあえず、それをすぐに切れ。

これは他にもあるかもしれないな。警察の方の言う通り、すぐに移しましょう」

中津と池田が示し合わせた言葉を発し、警たちの一部がばたばたと音を立てて外に出た。

「こんなところにも」

中津がわざとらしく聲を出し、すでに見つけていた二つ目の盜聴の電源も切った。

すぐにパソコンに戻り、他に盜聴がないか、確認する。

「もう、大丈夫です。

確認済の端末しか検出されません」

中津はそう言うと、越智に近付き、見つけた二つの盜聴をビニール袋にれ渡す。

どちらも見た目は電源タップのように見える。

「キッチンとリビングのコンセントにそれぞれセットしてありました。

このお宅の無線LANはWEPいう舊式の暗號化方式が使われていましたので、犯人はその暗號を解読して、これに設定したのだと思います。

電源は無限に供給できますし、音聲の送信はインターネット回線を使うので、電波は出さずにどこからでも盜聴できる優れものですね。

電波を出す方が主流なんで、珍しいタイプです。

私も初めて見ました」

中津は手袋を外しながら言った。

「ありがとうございます。おい、これも持ち帰って調べてくれ」

越智は城を呼び付け、袋を渡した。

それから、越智と巡回していた松谷という刑事、それに門にいる二人の警が殘り、他の警と城は”囮役”として警視庁に戻ることになった。

外で二臺のパトカーのサイレンの音が響き、やがて遠ざかっていく。

「これでよし、と」

池田がほっとした表を浮かべる。

「所長、演技が下手過ぎです。付かれますよ」

「お前だって…」

「それにしても、ここに盜聴があるなんて、どうして思ったんです?」

「ああ、それね。

なんというか、今日、帝薬大に行って靜さんと一志君のパソコンの話していた時に、引っかかった點があってね」

「どういうことです?」

「もし仮に、一志君以外の誰か、つまり本當に犯人がいたとして"すまない"と書置きしたんだとしたら、なぜパソコンを使ったんだろうってことなんだが…

パソコンのデフォの設定じゃあ、時間経つとスリープ狀態になって、畫面消えちゃうだろ?」

「ええ、まあ。それで?」

中津は池田が何を言わんとしているか、まだ理解できない。

「犯人はパソコンに疎いのか、そんなことに気が回らなかったのか、と最初は考えたんだが、もしからしたら、その逆…

実は、一志君は結構ずぼらだったらしく、パソコンのスリープ設定を切っていたんだよ。

いちいち、畫面が消えてパスワード打つのが、面倒くさかったんだろうが…

で、犯人はそれを知っていて、パソコンを使ったんだとしたら?

それが引っかかってた點なんだが、有馬が犯人とわかり、なおかつ一志君がいた同じアパートに住んでいる話を聞いて、答えは後者だと思ったんだよ。

知っていたんだと。

それで、さっき事務所で一志君のパソコンにウィルスが仕込んであるかどうかを、調べていたんだ。

案の定、パソコンの狀態が監視できるウィルスが仕込んであるのを、引き継いだお前が見つけてくれた。

ウェブカメラもハッキングされていたんだろう?

それを仕込んだのも有馬と考えれば、全てが繋がる。

それなら、靜さんにも近付いた有馬が何かしているかもしれない、と推理した訳さ」

「ふん、なるほど。だから、電波の盜聴だけでなく、ネット回線の方も探させたんですね」

中津は心しながらも、そっけないそぶりを取った。

「ほお、大した推理力ですねな」

池田たちの會話を聞いていた越智が心して言った。

「まあ、さてさて、一応、釣り糸を垂らしましたが、まあ、本當に魚が喰いついてくれるとは限りません。

どちらにしろ、時間が経てばここを出て、事聴取のため警視庁へ移してもらいます。

まあ、ゆっくりで構いませんので、ぼちぼち準備しておいてください」

越智は続けてリビングの三人に聞こえるように大きな聲で言った。

「わかりました。じゃあ、早速」

勝を先頭に三人は支度のため、二階に上がった。

「では、私は念のため、ホールで待機しています。玄関と階段、両方に目が屆くので」

松谷はそう言って部屋を出た。

「ああ、そうだ。中津。

靜さんについて行って、二階にも盜聴がないか、一応、調べておいてくれ」

「もう、反応はありませんけど?」

「念のためだ」

「はい、はい」

中津は気だるそうに立ち上がると、二階へ向かった。

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