《ブアメードの37

八塚克哉は號泣していた。

矢佐間が息を引き取っても、しばらくは蘇生を試みた。

の損傷による死に、効果があるかはわからなかった。

それでも、続けた。

一課からの応援が到著した頃には、ふらふらになっていた。

その後、続いて到著した救急隊員に後を任せ、その場に座り込み、泣いた。

<今日はなんて日だ…夜久さん、沖、矢佐間さん…

三人も…こんなことになるなんて…>

「おい、大丈夫か」

頭を抱えて泣いている八塚に男の聲がかかってきた。

「ああ、増屋さん」

顔を上げ、相手を確認した八塚は、ゆっくり立ち上がった。

増屋と呼ばれた中年の男は、寂しそうな笑顔を八塚に向けた。

「今日は、なんて言うか、散々だったな…

矢佐間さんが亡くなったなんて、信じられんよ」

「ええ、僕も全然、れられていません…」

「あの、八塚、わかればなんだが、逃げたホシの特徴は何か覚えているか?」

増屋が遠慮気味に訊いてくる。

「ああ、増屋さんが先ほどまで行ってたアパートの住人、有馬で間違いないかと…

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帝都大學一年生で、長は百五十センチあるかどうか、痩せ形…」

「ちょっと待て。そんな小さなにやられったっていうのか。

矢佐間さんは道の有段者だぞ」

「どういう訳か…僕が目撃した際は、遠くでよく見えませんでしたが、蹴られまくってような…

恰好はよく見えませんでしたが、全的に白と灰なくともスカートではなく、ズボン…

あ、あと鞄を背負っていたように見えました」

「――了解…それで、すまんが、ここは俺らに任せて、お前は坂辻君のアパートに戻ってくれないか。

さっき、ホシの彼氏が蘇生したって連絡があったんで、あっちはまだその警らだけで対応してもらってる。

鑑識はこっちが終わったあとに向かわせるから、先に現場保存を頼むよ。

今日は人數が足りないのはわかるだろう。

ローテなんか、あってないようなもんだ」

「わかりました。向います。

そう言えば、有馬のアパートのガサれ、何か収穫はなかったんですか?」

「ああ、特にはな。目ぼしいものはほとんどなくて、強いていやあ、パソコン一臺押収したくらいだ。

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まだ、何人か殘って探してはいるが…ただなあ…なんか違和があってな」

「え?なんです?」

「まあ、事件とは直接関係ない話だが、あの部屋はとても子大生の部屋には見えなかったんだ」

「え?」

「うまく言えないんだが、どっちかって言うと男の部屋だ、あれは。

とかのセンスが男子ってじなんだよ」

増屋は鼻の下をぽりぽり指でかいた。

「はあ、そうですか。まあ、そんな子大生もいるでしょ。

ああ、そうだ、それよりもう一つ、大事なことが…

あの向うに停まっている黒のレクス、あれは有馬の車です。

有馬は車を置いて逃走しています。それでは、後はお願いします」

「わかった…って、ほら、車だってそうだ。

黒のレクスなんて、子大生が乗るかね」

「まあ、それもセンスなんで、そういう娘もいるとしか…」

八塚は車を指差した手を今度は目頭にやって涙を拭き、歩き始めた。

徐々にその歩を速める。

そして最後は、走った。

<泣いてなんかいられない。

この件は絶対に解決してみせる。

二度も逃げられてしまった、あの親子をこの手で必ず…>

八塚が坂辻のアパートに息を切らせて引き返してみると、こちらにも救急車が到著していた。

野次馬が數人、救急車の側で様子を窺っているが、まだ、隊員は坂辻の部屋なのだろうか、姿が見えない。

「ちょっと、あんた誰だい?見かけない顔だが」

八塚がアパートにろうとすると、野次馬の一人の男が聲をかけてきた。

歳はかなりいっているようで、禿げ上がった額にことさら皺を寄せている。

「ああ、警察の者です」

八塚は警察手帳を見せた。

「ああ、それならいいや。

俺は、このアパートの三階のもんだけどよ、さっき、隣から変なび聲が聞こえてね。

それで、慌てて出てみたら、なんかずっとんばっとん大きな音とび聲がしてよ。

しばらく続いたと思ったら、今度は急に靜かになってさ。

なんかこえーから、こうして様子を見てんだよ。

行くんだったら、気い付けてな」

「わ、わかりました。ありがとうございます」

八塚は老人の言葉で、慎重にアパートにった。

<大きな音?び聲?

なんだ、なんなんだ?何があった?>

階段を上り、三階に著くと、さらに歩を遅くした。

三〇四號室の前まで來て、耳をそば立てたが、中からは音はしない。

<あのじいさん、三〇三の部屋か…意外と他の部屋の音を勘違いしたとか…

いや、他はまだ留守のようだし…

にしては、こうも靜かなのは逆に変じゃないか?

あの後すぐに來た救急隊員二人と制服警が二人、計四人が中にいるはずなのに…>

八塚は意を決し、ドアをゆっくりしだけ開けた。

…ちゃり、にちゃり…

ドアの隙間から何か音が聞こえてきた。

…くっちゃくちゃくちゃ…

<なんの音だ?何か食べているような…>

一気に張が走った八塚は、さらにドアを開き、隙間から中を覗いた。

ってすぐは、向うにの部屋に続く短い廊下の壁面に流し臺があるような小さなキッチンだ。

そこに折り重なるように警と救急隊員が頭をこちらに向け倒れていた。

は坂辻に心臓マッサージを施していた男だ。

隊員の男の方は有りえない方向に首が曲がっている。

二人ともぴくりともかない。

八塚は悸が激しくなり、思わず懐に付けたホルダーから銃を取り出す。

<上はこうなることを予期していたのか?

本當にこれを使うことになるとは…>

八塚は一呼吸置いて、部屋の中にするりとる。

すぐに奧の部屋が見えた。

々なが散らかった床に、殘りの救急隊員の男が足をこちらに向け、倒れていた。

…ぐちゃ…くちゃ…

音はまだ見えぬベッドの方から聞こえてくる。

先ほどまで、警が心肺蘇生をしていたところだ。

一歩、二歩…土足のままで玄関を上がり、音を立てぬよう歩みを進める。

「うっ…!」

八塚は見えた衝撃の大きさに比べれば、極僅かの聲を発するに留められた。

だらけのベッドの上に仰向けに倒れ、頭が落ちかかった

帽子が側に転がり、まとめられていたはずの髪がれて顔にかかっている。

その首元に反対から覆いかぶさるように跪く一人の姿。

坂辻だ。

その坂辻は、警の首元を噛み、食べていた。

くちゃり、くちゃり。

八塚は後ずさりした。

<まただ…あの時と同じだ…

斎場で…狩尾李華が大暴れして…

子大生相手に大の男が、手が付けられなかったと聞いたが…>

八塚は斎場に引き返した時のことを思い出していた。

顔を食われ倒れていた、角野を轢いた男。

そこに覆いかぶさるように、絶命していた狩尾。

そして、その側に狩尾を毆り殺した常松。

茫然自失という表で、を震わせ、だらけの消火を持ったまま立っていた。

「仕方なかったんです…うう

いくら毆っても毆っても、この方が噛み付くのをやめないんで…」

怯えた聲で、そう言っていた。

他の參列者の証言も同じだった。

狩尾は自分を止めるものがいなくなると、角野を轢いた栗野という男のところに戻った。

そして、絶命している栗野の首元にまた噛み付き始めた。

狂ったように噛み続け、まるで食べているようだったと。

その後、留置所でおかしくなった常松は、取り押さえるのが困難で、薬で眠らせて拘束したと聞いている。

<今回は警を含めた四人だぞ…銃で威嚇するか…

いや、あの事件での証言どおりなら、本當に死ぬまで襲ってくるかもしれない…

駄目だ…取り押さえられる自信がない、応援を待とう…>

八塚は今來た短い道程を引き返すのが、とても長くじた。

<こんな時、ドラマじゃよく音を立ててしまうよな、んなことしないように、落ち著け、落ち著け…>

ドアをすり抜けて外にし、最後まで慎重に閉めたドアに背中を預けて座り込んだ。

<生き返った死が人を食べるなんて、まるで本當にゾンビみたいじゃないか…>

坂辻が蘇ったのは、マリアが坂辻の部屋を出た直後に警が到著し、心肺蘇生が功したからだった。

しかし、今の八塚にはそれがわからない。

<ゾンビ?『外國人をゾンビにしてみた』ってあの畫、マジなのか?

岡嵜は科學者だよな。

最後まで見ていないが、ゾンビにすると畫の中でも言っていた。

本気なのか?

本當に人をゾンビにするウィルスを開発したというのか。

それなら、そうか。

やっぱり、角野らはヤク中とかじゃなかった。

ウィルスへの染、きっとそのせいだ。

…が、それを上に言って信じてもらえるだろうか。

課はクスリの線でこのヤマを追っている。

それを覆せるだけの拠を示せるか…

ウィルスが染したと思われる常松、ヨウツベの畫、岡嵜の経歴、そしてこの狀況…

ええい、ままよ>

八塚は意を決し、攜帯電話を取り出した。

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