《ブアメードの46

八塚克哉は落ち著かないでいた。

先ほどから、後ろの三人の子大生が気になっている。

名前を訊くと、車の左側から、AEDを持って來たが江角、手を噛まれた眼鏡のが賀茂、付き添いの長が阪水、とそれぞれ名乗った。

賀茂の右腕をきつく縛ってはいるが、さっきの木本とかいう男のように、いつ発癥するともわからない。

そうしたら、両隣にいる二人に危害が及んでしまう。

とっさに病院に運ぼうとした結果で、致し方ない行なのだが…

車は渋滯にはまり、遅々として進まない。

サイレンの音にしずつ周りの車は避けてくれてはいるのだが、これでは時間の問題だ。

「なんでこんな時間にこんなに混んでいるんだ…ったく、119にも一課にも繋がらないし…」

そういって八塚は舌打ちしたが、どうにもならない。

「ところで、あの、與川さんだっけ?

がおかしくなる前に、何か畫を見ていたってことだけど、詳しく訊かせてもらえるかな」

八塚はサイレンに負けない大きな聲で訊いた。

「あ、理恵が、えっと、尾本君に心肺蘇生してた娘ですけど、彼がフォローしてたトイッテーの人が広めてる畫で、今すごい拡散されてるとかで」

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阪水が聲を張った。

「ああ、そこはアメフト部の彼らに訊いたよ」

「私も同じ人フォローしている。

コスプレしてる人気の子だったから。

私も畫ちょっと見たかったけど、合コン中だったから、やめといたの…」

そう言ったのは賀茂だった。

「智香、大丈夫?無理しないでね」

阪水が心配そうに言った。

「大丈夫、だいぶ痛みが引いてきたから…」

賀茂はそう言って、左手で鞄からスマートフォンを取り出し、作し始めた。

「ほんと、無理しないでいいからね。

それで、その、コスプレの子って、もしかして有馬って娘のことかな?」

「あ、そうです。本名名乗ってないのに、よく知ってますね。

私は友だちから、同じ大學の一年生の娘だって教えてもらってたから知ってましたけど。

たぶん帝薬大の中じゃあ、一番フォロワー多いんじゃないかと思います。えっと、これです」

渋滯で車がけなくなったのを見計らって、賀茂がスマートフォンを席の間から差し出してきた。

八塚は前を気にしながら、スマートフォンをけ取る。

<スマホ運転だな、見つかったらえらいことだ…>

八塚は前とスマートフォンを互に見ながら、作した。

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丸いアイコンにアニメのキャラクターと思われるメイクをした顔がある。

印象は大分違うが、有馬なのだろう。

名前は『†Maria†@beyond★バズり中★』となっている。

『大変だよ!

外國人の人が拐されてゾンビにされちゃう!

ほんとに行方不明の人で、フェイクじゃないみたい!

助けてあげて!』

そういった容がいくつも続き、畫のスクリーンショットと共にそれぞれヨウツベの畫へのリンクが張ってある。

その一つに日本人編があった。

八塚はそれをタップし、再生してみる。

「さて、あと一時間ほどです。いよいよですね…」

池田や戸井捜査に教えてもらって見た畫の最新版の様だ。

八塚はボリュームを最大限に上げた。

前の車のきとスマートフォンを互に見ながら、音聲だけは聞き逃さないように。

再生回數は、既に四百萬回を超えている。

「…私は水道水を使ってウィルスをばらまくことにしましたぁ」

<まさか…佐藤一志が拐されたのは確か去年の五月…

さらにその前からウィルスがばら撒かれてたっていうのか…ということは…>

「うっ」

八塚は思わず、を押さえた。

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これまで飲んできた水のことを思い出し、吐き気がする。

「あの、これって本當のことなんですか?」

「水道水にウィルスがってたってこと?」

「うわ、やばっ」

後ろの三人が騒ぎ始めた。

「まあ、落ち著いて。

フェイク畫の可能もあるし、まだなんとも…」

八塚は自分に言い聞かせるように、三人を諭そうとした。

「私たちどうなっちゃうの?

水道水を使わない人なんていないじゃない。

それに私は、噛まれちゃったし…

今は、それほど痛くなくなってきてるけど、これって…」

<…!?>

涙聲で言う賀茂の言葉に、八塚は揺した。

<なんでさっき言った時に気付かなかった?

賀茂は先ほども、だいぶ痛みが引いてきた、と言っていた。

普通は逆だ。

アドレナリンが引いて、落ち著くほどに痛みが増すものなのに。

やはり、やばいなこれは…>

と、夜久と沖、二人のことが脳裏をよぎった。

<二人も同じような狀況だったはずだ…

病院に連れて行こうとした子大生はあの斎場にいて、ケガをしてたんで、病院に送る途中だった。

きっと車の中で発癥し、そして、夜久さんの腕を噛んで…>

八塚はルームミラーで後ろを見た。

三人には、シートベルトをさせている。

<幸か不幸か、賀茂は真ん中…

これを上手く使う手はないか…考えろ…>

八塚がそう思った時、渋滯で前の車がまたかなくなった。

八塚は決斷した。

ハンドルを思い切り左に切り、前の車との僅かな隙間で歩道すれすれに停まる。

次にスマートフォンをタップして、畫も止めると、賀茂に返す。

「あの、渋滯がひどいようだから、ちょっと降りて前を見てきます」

八塚はサイレンを止め、エンジンを切り、カギを抜く、という一連の作を素早く済ますと、外に出た。

そして、歩道から車の中の三人の目線が切れるくらいのところまで前に行くと、踵を返す。

車の左側に向い、後ろのドアを勢いよく開ける。

「大変だ!前の方で事故が起こっている!

江角さん、そのAED持ってきて!

阪水さんも手伝って!」

「え?なんで?私たちも?」

「いいから、早く!」

八塚の気勢に、呼ばれた二人は慌ててシートベルトを外し、外に出た。

「賀茂さん、すぐ戻るから待ってて」

阪水が降りた後、八塚が聲を掛けた。

「え?病院はどうなるんですか…

さっきから、熱っぽくて…」

賀茂は右手を押さえながら、不安そうに言った。

「大丈夫、なんとかするから…」

八塚はそう言って、ドアを閉めると、キーレスキーのボタンを押し、車に鍵をかけた。

そして、外に出たものの、どうしていいかわからない二人を手招きして呼び寄せる。

「ちょっといいかい。

あの…殘念だが…賀茂さんはもう駄目かもしれない…」

「ええ!?」

「それってどういう…」

江角が不安そうに訊いた。

「落ち著いて。

さっき車に乗る前に俺が通行人に呼びかけたの聞いてたと思うんだけど、この人が暴れ回ってしまう病気は、噛まれたり、引っかかれたりしても染るようなんだ」

八塚はジェスチャーもえて説明する。

「やっぱり…私、智香も佳代みたいになっちゃうんじゃないかと、心びくついてたんだよね…」

阪水は振り返って、車の中の賀茂の様子を見る。

「賀茂さんは、傷が痛くなくなってきてるって言ってただろ?

こう言うのもなんだが、噛み千切られた手が、ものの十分そこらで痛くなくなると思うかい?」

「そう言われれば…」

「縛っちゃいるが、が全く流れないなんてことはない。

いずれ、発癥する確率が高い…」

タッタッタッ

突然、一人のサラリーマン風の男が三人の間を駆け抜けて行った。

「キャー…」

男が今來た方角の向うから、小さいが確かにび聲が聞こえた。

聲のした方を窺うと、また喧騒が聞こえる。

「これはやばいな…逃げよう」

「でも、智香が…」

江角はまだ友達を諦めきれないようだ。

「悪いが、置いて行くしかないだろう」

「そんな!友達を置いて行けません…」

「くそ、どうなっても知らんぞ!」

八塚はキーレスキーのボタンをまた押して、ドアを開けた。

智香はスマートフォンの畫面をじっと見つめている。

<まだ、大丈夫のようだが…>

池田はし迷った。

「賀茂さん、車がこれ以上かない。

悪いが歩いて行けるかい?」

「智香、大丈夫?行こ…」

八塚に続いて、江角も聲を掛けた。

「…四つ目は、視界にるものを追いかける衝を引き起こします。

五つ目は、噛む、食べるという求を増幅します…」

スマートフォンには先ほどの畫の続きが流れているようだ。

「噛む…」

賀茂が呟いた。

「もう、その畫を見ている暇はない。

急いでここを離れないと」

八塚は片膝をシートに付いて乗り込み、賀茂のシートベルトを外そうとした。

「噛む…噛む噛む噛む…」

賀茂の表が明らかにおかしい。

八塚の聲が聞こえてないのか、スマートフォンの畫面をじっと見つめたままだ。

八塚はゆっくりと後退した。

「悪いが、やっぱりこれはもう、あきらめるしかない…」

「智香、しっかりして!」

江角が言うが、賀茂から応當はない。

「閉めるぞ」

バタン!

八塚はドアを勢いよく閉めると、またキーレスキーで鍵をかける。

「どうやら、賀茂さんは発癥直前のようだ。

こんな狀況ではどうしようもない。

助けられなくて本當にすまないが、ここに置いて行くしかないだろう」

「そんな、どうして…」

「智香、ごめん…」

二人も、賀茂の様子がおかしいことで諦め、それに従った。

「俺は警視庁に戻る。君たちはどうする?」

八塚は二人に言った。

「え?私、家に帰りたいです」

「私も…」

「わかった。けど、自分の足で帰るしかないな。

電車は閉鎖空間、使っちゃ駄目だ。

バスやタクシーもこの渋滯できがとれないと思うから、徒歩しかないな。

あ、あと、おかしなきをしてる奴には近付くな」

「えー、そんな…」

「噛む!噛む!かああああむうううう!」

急に車の中から、怒聲が聞こえてきた。

振り返って見ると、髪をふりした賀茂が窓の近くまで顔を近付け、暴れている。

三人は思わず、後ずさりした。

「危機一髪だったな。

大丈夫、たぶん、出られないよ。

この病気を発癥したら、シートベルトを外したり、鍵を開けたりすることにまで、気が回らないみたいだから」

二人は見るに耐えられないのか、目を背ける。

「いずれにせよ、うかうかしてられない、早くここから離れよう」

「あの、私も付いて行っていいですか?」

「え?なら私も」

恐れをなしたのであろう、阪水と江角が立て続けに言った。

「それはいいけど…あ、そうだ。

ちょっと待ってて」

八塚は、車の後ろに回ると、トランクのロックをキーを直接差し込んで開ける。

キーレスキーのボタンだと、全てが開錠してしまうためだ。

中の賀茂はそれに気付いて後ろを向くが、どうすることもできす、喚き散らしているだけだ。

八塚はポリカーボネート製の盾と警棒の二セットを次々に取り出すと、すぐにまた鍵を閉めた。

<使うことはないと思ってたが…>

「これ、持っておくかい?」

と、手にしたものを二人に示す。

加佐は、ほら、ソフトボールやってたじゃん?

持ってたら」

江角が押しつけるような仕草で言った。

「そりゃ高校の時までやってたけど、バットと違うし…」

そう言いながらも、阪水はしぶしぶ一セットをけ取った。

「無理に使わなくていい。

あくまで、自己防衛手段だ。

逃げるのを優先して。

そうだ、君はこれだけでも持つかい?」

「え、私は大丈夫です。

そんなのださくて持ってたくないし」

江角は殘りの楯を渡されそうになったが、そう言ってけ取らない。

AEDを探している間に起きたことを知らないせいで、まだ事態を呑み込めていないようだ。

子はこんな時でも見た目を気にするのかなあ、まあしゃあないか>

「よし、じゃあ、行こう」

八塚は二人を連れて警視庁に向かい歩き始めた。

構えているせいか、街の騒がしさがいつもと違って聞こえてくる。

<そうだ…もう一回、課に連絡してみるか…>

八塚は警棒を脇に挾むと攜帯電話を取り出し、一課に電話するが、応當がない。

<それなら…>

八塚は上司の持つ個人の攜帯番號に電話した。

すると、今度は応當があった。

「あ、八塚です。お疲れ様です。

あの、ちょっと、いろいろあって報告を…

え?サイバー犯罪対策課の連中が…?」

電話の容に八塚は青ざめた。

「そんな…あ、はい。わかりました。

じゃ、あとで。はい、切ります、切ります」

「どうかしたんですか?」

歩を停め、ただならぬ様子の八塚に阪水が聲を掛けた。

「あんまり、詳しくは言えないが、警視庁もいろいろあって、忙しいようなんだ」

八塚はなんとか誤魔化そうとしたが、表には焦りが濃く出ていた。

サイバー犯罪対策課を皮切りに、ウィルスの癥狀を発癥した者が続出し、今、それを鎮靜化することに全庁を挙げて対応しているという。

<一、何が起こってるんだ…

どうしてこうも急に次々にみんなゾンビになっていく?>

八塚は考えた。

<まさか…?あの畫か。

あの畫を見た者がゾンビになるのか…

あの襟野って娘もそうだ。

あの畫を見た後、発癥したという。

中には帝薬大の映研の畫を先に見ていた者もいた。

そして、発癥した木本、先ほどの賀茂もその畫を見ていた…

だが、葬儀場のスタッフの常松は…畫は見ていないはずだ。

ああ、でも、あの子大生に肩を噛まれ、傷を負っていた。

ただ、彼は翌日になってやっと発癥している、これは…>

「あの、刑事さん…あの!どうしたんですが…」

考え込む八塚に阪水が聲を掛けた。

「ああ、ごめん、ちょっと考え事をしてて、もうし、待ってて」

八塚は考えをさらに進めようと、阪水をやんわりと制した。

「ねえ、瑞枝、ちょっとこの盾だけでも持ってくれない?

やっぱり両方は重いから」

待つのに落ち著かない阪水が発したその言葉に、八塚ははっとした。

<両方は重い…?両方は…>

「――そうか、それだ!」

自分の閃きを、思わず聲に出した。

<両方だ。つまり、あの畫を見たら発癥する。

発癥した者から染しても発癥する。

どちらも経験した者は発癥が早くなる、そういうことだ。

ああ、これなら、合點できる。

そう考えると、恐らく、畫を見た時間や理解度も関係してくるのでは…>

「ねえ、君たち、さっきの畫、どのくらい見た?」

八塚は唐突に、かつゆっくりと質問を切り出した。

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