《ブアメードの》62
有馬マリアは浮かれていた。
時はし遡り、池田たち一行がヘリコプターを降りた頃の核シェルター。
地下二階のそこは、溫度調節をしなくても、室溫が十八度前後とほぼ一定。
面積約八十平方メートル、天井高二.四メートルの空間は二人で暮らすには十分な広さだ。
その半分は居住スペース、殘りは約五年分の食料・類・燃料を備蓄した保管庫、環境制のための機械室、ユニットバス、それとは別にトイレ。
居住スペースは、四方の壁が真っ白で、床は黃緑の絨毯。
壁の一面は六十センチの奧行のあるロの字型の壁面収納。
その中央に置かれた五十インチのモニターテレビを中心に、その他の生活用品、マリアお気にりの書籍、観賞用ディスクメディア、ゲーム機、といった娯楽品の數々もびっしりと詰まっている。
反対の壁際にはシングルサイズの収納ベッドが二つ。
そのベッドの間にも、天井まである細い壁面収納が備えられている。
中央の縦開きの扉が九十度手前に折れて、そのままテーブルとなる形となっており、そこにパソコンとそのモニターを設置。
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これまでの研究データは全てこの中に詰まっている。
電源は、家の屋に敷き詰めてある太発電で、ほとんど対応可能。
ラステというアメリカ製の大型蓄電裝置を備えているので、二十四時間使える。
それを、生活する上で絶やすことのできない、部屋などを照らすLEDライトと換気システム、井戸水の汲み上げと排水に使う両ポンプに充當。
電力の大きい家電製品の稼働や、太の発電量が不足するときのみ、燃料型の発電機を使用する計畫だ。
重い扉を開き、マリアがシェルターにると、小さな照明が自的に點燈した。
ってすぐ側の制盤に手をばし、換気裝置や照明など様々なスイッチをれていく。
その上には、大きなモニターがあり、この屋敷のいたる所に設置された防犯カメラの映像が十六分割されて映し出された。
「――にしても、靜ちゃんから、全然連絡來ないな。
そりゃあ、街中にゾンビが現れ始めたんだから、もうやられちゃてるかもしれないし、ましてや、こんなところに來れる訳ないよね。
私は直接恨みがある訳じゃないし…もう、いいか」
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マリアは足早に同じ階にある“飼育室”に向った。
ガラス張りで、中が見える小さな部屋が両側に四つずつ並び、それぞれ中は鉄格子で仕切られている。
さきほどまでは、ここにも何人かの発癥者が監されていたが、刑事を迎え撃つのに、零が裏庭へ連れて行ったたため、空の狀態だ。
ただ、ひとつの部屋以外は。
ただひとつの部屋、そこにはまだ”実験”が一だけ殘されていた。
佐藤一志だった。
怒りでオメガを暴走させてしまってからはここに移され、真っで幽閉されていた。
部屋の天井と壁には小さなが開いており、定期的に強烈なシャワーが注がれる。
その流れ出た湯水は、グレーチングが敷き詰められた床に、排泄と共に洗い流される仕組みになっている。
ただ、どうしても匂いは殘る。
「うわあ、相変わらず臭いなあ。
換気扇役立たずー。
ママがやる予定だったのに、面倒くさいしー」
マリアは鼻をつまみながら、部屋にった。
鉄格子の向こうに唯一ある、ゴム製のマットのようなものの上に、一志は座っていた。
マリアに気付き、黃い歯をむき出して立ち上がる。
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「があああ…」
その聲は怒気を含んでいるものの、ひどく弱々しい。
髪と髭はび、青白いはひどく痩せこけている。
「はいはい、ご苦労さん。
靜ちゃんもあなたのご両親も、みんな死んじゃったみたいだよ。
だから、あなたはもう、用なし」
マリアの言葉に、一志はし怒気を荒げたように見えた。
マリアは意に介さず、部屋のロッカーの中にあるナイロン製のエプロンと手袋をに付ける。
そして、やはりロッカーの中にあった注を取って麻酔剤から出、鉄格子の間から出してきた一志の腕に無造作に突き刺す。
次に、壁にある作盤のボタンの一つを押してシャワーを放出、一志を洗い流した。
しばらくして、一志はかなくなった。
マリアは、用意した大き目の臺車に一志を育座りのように載せて、落ちないようロープで軽く縛る。
それから、エレベーターで地上一階に上がった。
外は、冷たい雨が降り初めていた。
マリアは壊れた門を通り抜け、真っ暗な道の向う側に渡り、臺車を停めた。
そこは雑木林で、木々が雨音を鳴らし続けている。
マリアは一志のロープを解くと、し低まった場所に臺車を傾けて落とす。
一志はごろごろと転がり落ち、木に引っ掛かって止まった。
「じゃあね、佐藤のおにーちゃん。
どこにでも、お好きな場所へー」
そう言って、マリアは手袋とエプロンを外して一志に投げつけた。
それから、マリアは次々と作業をこなしていった。
邸宅に戻り、臺車を車庫に置く。
家にり、玄関のカギをかける。
キッチンで手を念りに洗う。
庭の電燈を消す。
採キットを取りに、階段で地下室のエントランスに行き、また一階に戻る。
リビングのソファで、自分のを採する。
「ふうー、あともうし。
ちょっとテレビでも見よ」
採の間、やっとし落ち著いたマリアはリモコンでテレビをつけ、スマートフォンを手にする。
「ああ、まだ映る映る、うふふ」
そう言って、チャンネルを次々変えるものの、すでに映らなくなっている局もあった。
最後に國営放送が映り、そこで目をスマートフォンに移すと、リネの通知が來ていることに気付いた。
靜からだ。
「え、靜ちゃんたち、まだ生きてたんだ。
待っててって、しぶとーい。
にしても、ごめーん、お兄さん、さっき放り出しちゃった、てへ」
そうしている間に、テレビ畫面には、髪をきっちり整えた男アナウンサーが、冷靜に原稿を読み上げている様子が映っていた。
「…政府から全國全ての地域において戒厳令が発令されています。
これは國民の生命を守るため、全ての國民を対象に自由権の制限をかけるものです。
外には絶対に出ないでください。
まだ外にいる方はできるだけ近くの建の中に避難してください。
慌てず、建の中にり、待機していてください。
外にいる者には自衛隊に発砲の許可を與えています。
外出は一切できません。
これは訓練ではありません。
繰り返します。
今回のテロと思われる一連の被害により、日本國政府から全國全ての…」
「あはははは!流石、天下の國営放送ね、しぶと過ぎる、くくくっ」
マリアはけたけたと笑った。
「でも、このアナウンサーも知ったかぶりで言っているけど、原稿読んでいるだけで、どうしてこんなことになったか、わかってるのかな。
ちゃんと理解してたら、半分くらいはゾンビになっちゃうはずなのに」
喜ぶマリアを余所にテレビの中のアナウンサーは原稿を読み続ける。
「…さきほど今回のテロの首謀者二人が逮捕され、現在、輸送中との報がってきましたが、現在確認中であり…」
「あは、私たちの策略、上手くいったみたいね」
「あ、さて、ここで、首相邸より、岸首相の急聲明が発表されるとのことです。
邸への中継に切り替わります」
アナウンサーの言葉を合図に畫面が切り替わり、中央に岸総理大臣が映し出される。
「國民の皆様、現在、我が國のみならず、世界規模で暴や殺人が起こるなど、大変由々しき事態となっておりますことは、ご存知の通りかと思います。
我が日本政府といたしましては、この急かつ重大な事態に対応するため、憲政史上初の戒厳令を発令するにいたりましたことを、ご理解ください…」
「うんー、岸総理もゾンビになっていないのか、運良過ぎ。
報中樞のトップにいる人間なのに。
僚は本當に報を全部上げているのかな。
それとも、ボクたちの畫を見る暇もないほど忙しいのか、単に図太いのか…」
実際はその全てが正解だったが、マリアに知る由もない。
「…こういった暴が起こった原因につきましては、元帝都薬科大學教授、岡嵜零及びその娘の同大學大學生、有馬マリア両被疑者による投稿畫を通じた扇とみて、テロも視野にれ、捜査を進めているところでございます。
この有馬容疑者においては未年でありますが、極めて悪質で重大な事件に関與していることを鑑み、氏名の公開に踏み切ったことをご理解ください」
「ママもボクも有名人だね。
それにしても、暴とか扇って無理有り過ぎ。
テロを視野にって言うんなら、素直にバイオテロって言えばいいのに。
ネットじゃ、ゾンビだ、噛まれたらダメだって、みんなわかってるじゃん。
オメガのこと、認めたくないのかな。
的外れもいいとこ」
「…戒厳令は、この捜査に大きな支障をきたしている混した市街地を鎮靜化するための処置でございます。
捜査を推し進めるため、自衛隊にも協力を要請し、條件付ではありますが、発砲許可を與えました。
アメリカ政府とも協力し、在日米軍の出も視野にれ…」
続けて岸首相が原稿を読み上げている、その時だった。
「…がああ!」
「止めろ!そいつを止めろ!」
畫面の向こうが急に騒がしくなり、スーツ姿のSPの男が二人現れ、首相の前に立ち塞がる。
さらに、もう一人が首相の側に駆け寄ると、首相を抱えるように畫面から消えて行った。
僚の一人が発癥した結果だった。
畫面が切り替わり、元のニューススタジオが映る。
「えー、た、ただいま、お見苦しい點がございましたこと…」
アナウンサーはカメラの下にいると思われるスタッフに視線をやり、相當慌てている様子だ。
「きゃはははは!やった!
こういうのが見たかったの!
ほんと映畫みたい!」
マリアが喜んでいる間に、アナウンサーの橫から、次の原稿が渡される場面が映る。
「さて、たった今、新しいニュースがって來ました。
先ほど、今回のテロの首謀者二人が逮捕されたという報をお伝えしましたが、その続報です。
その容疑者二人を輸送中のヘリコプターが、神奈川県の山中に墜落した、との新たな報がってきました。
繰り返します。今回のテロの首謀者二人を乗せていたと見られるヘリコプターが…」
そう原稿を読み上げていたアナウンサーに、突然、畫面橫から今まで原稿を渡していたスタッフのが飛び付いた。
そのはあっという間に、アナウンサーの首元に噛み付く。
アナウンサーは絶し、畫面に何人ものスタッフが慌てた様子でなだれ込んで來る。
しばらくして、畫面は試験放送の表示に切り替わった。
「はははは!ほんと最高!
こんなに興したの久しぶり…ん?」
マリアは喜びを妨げたのは、銃聲だった。
マリアは立ち上がり、掃出し窓のカーテンの隙間から外を窺うと、三人の人影が見える。
「え!?うそ!もう!?」
本當に驚いているのか、マリアが演技がかった口調で言った。
「著くの早過ぎ~」
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