《ブアメードの》68
池田敬は疲れていた。
「はあ、でも、本當に疲れた…風呂にでもりたい」
「風呂ですか。ああ、俺も、久しぶりにりたいな。
あの牢獄じゃあ、上からのシャワーをただ浴びるだけだった」
池田の言葉に一志が反応し、背びをした。
一志を除く三人は、勝手がわからないダイニングでコーヒーか紅茶でも飲もう、と探しているところだ。
「そうだね。ここ、まだお湯出るみたいだから、あとでらせてもらったら?
その服も著替えた方がいいし」
靜が戸棚を開けながら、言った。
「ああ、そうするか」
「――あのね、お兄ちゃん、私、思い出したんだけどさ」
「なんだ?」
「小さい頃、じゃれあってて、鼻が出たことあったの覚えてる?」
「ああ、あったな、それがどうし…ああ!そうか!」
一志が聲を上げた。
「何です、その話?」
池田はまた話にれない不機嫌な気持ちを抑えて訊いた。
「話すのは構いませんが、手は止めないでください」
休まずき続ける中津が、冷たく言った。
「ああ、あのですね、靜が小學生になったかどうかの頃、靜をこう、高い高いの勢で持ち上げたことがあって、その時、こいつが鼻を出して、俺、顔中にどばどば浴びたことがあったんですよ、はは」
一志はジェスチャーをえてそう説明すると、
「しょうがないじゃない。
あの頃、鼻、よく出してたんだから」
と靜が応じ、照れくさそうに笑い合う。
「なるほど、染、っていう訳ですか」
中津が二人が何を言わんとするかを補足した。
「本當に仲がよろしいことで…」
池田は、その仲睦まじい様子に顔を引きつらせつつ、またお茶の在り処を探し始めた。
その後、見つけたお茶やコーヒーを沸かし、四人ともソファに腰を下ろした。
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一志から拐われたときの狀況や地下での話を聞いたり、逆に一志に、岡嵜母娘のしたこと、そして今、日本がどうなっているのかをわかる範囲で説明したりした。
「本當にひどい…
地下でのみんなの話ぶりで薄々付いていましたが、本當にそこまでやってしまったとは…
これから、世界はどうなってしまうのか…」
◇
岡嵜母娘の畫の投稿以來、世界は目まぐるしく変化していった。
各地で火災が発生し、延焼。一部では火災旋風も起こり、電線は溶解。
電力網は徐々に小していた。
電力を失った攜帯電話の電波塔は機能しなくなり、ここ岡嵜邸のある地域でも、ついに攜帯電話も無線ネットワークも一切繋がらなくなった。
岡嵜邸は自的に蓄電池の電力に切り替ったため、電気の恩恵をまだけることができ、既に當たり前ではなくなった明かりは煌々と燈っているが。
これに伴い、岡嵜母娘が放った畫を見ることもできなくなってきており、インターネットを通じた畫によりオメガウィルスを発癥する勢いは減していった。
が、発癥者から直接被害をけて新たに発癥する者は増え続け、その勢いが上回ってきた。
◇
そして、今もさらにことが進行している最中。
この先、どうなるのか、四人は測りかねた。
「あの、じゃあさあ、し休めたことだし、お兄ちゃん、そろそろ、お風呂にる?
もう、お湯もってると思うし、背中流そうか?」
とりあえず、先のことは置いておいて、目の前のことを片付けるように靜が一志に言った。
「何言ってんだよ、もう大丈夫だ。一人でれるよ」
<背中を流す、だと?俺のも…いや…もう、こんな考えはやめとこう>
池田は兄妹とわかっていても、もどかしかった。
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「――そうだ、あの、し休めたことだし、そろそろ、親父の墓とやらを探そうと思うんですが…」
一志がバスルームにり、一息付いたところで、池田がおもむろに話し始めた。
「確か、裏庭にあるっておっしゃってませんでしたっけ?」
池田は立ち上がって、掃出し窓にかかるカーテンの隙間から外を窺う。
「あ、そうです。すみません、いろいろあって…
ここは多広いとは言え、すぐに見つかると思います」
靜も申し訳なさそうに立ち上がり、同じく外を見る。
「あ、あの辺りじゃないですか。さっきは気付きませんでしたけど…」
中津が外燈のスイッチを見つけて、燈した裏庭。
奧に見える廄舎のそばに、それが見えた。
「じゃあ、行ってみます」
池田が一人で玄関に向かう。
「待ってください。私も」
「行かない訳にはいかないでしょう」
靜と中津が後に続く。
池田は無言で二人に頭を下げた。
雨はまだ降っているため、三人は土間にあった傘立てから傘を借りて、バッテリーライトも手に外に出た。
外燈に照らされ、いくつも転がった外國人と捜査員の死が嫌でも目にる。
「しかし、何度見てもむごい…」
「この方たちも、後でお墓を作ってあげないと…」
「ネットがまだ使えれば、お名前がわかったかもしれないのに…」
三人が口々に思いを言葉にして進む。
廄舎の橫まで來ると、石碑のように見えたはやはり墓で、六つあることがわかった。
どれも、長方形の上辺がカーブを描いている西洋風の形だ。
池田が代表するように、まずその一番手前の墓にライトのを當てる。
「…うん?これと…そしてこれ…は、亡くなった岡嵜の旦那とお嬢ちゃんのお墓のようだな」
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二つの墓にはそれぞれ、岡嵜恒とマリヤの名が刻んであった。
「ちょっと!見てください、これ…」
次の墓を調べていた中津が聲を上げた。
「なんだ?」
池田がライトを當てると、岡嵜零と有馬マリアの名がローマ字により赤字で刻んであった。
「これは…生前墓って奴か。
まさか、自分の墓を死ぬ前に作っていたとはな」
「人を呪わば二つって言いますけど…」
「でも、なぜこんなお墓を…」
靜が中津の言葉に続いてライトでその墓を照らし、二人の覚悟を慮った。
「ただ、赤字…って、仏教じゃなかったけ?
よく知らんけど…キリスト教でもするのかな?」
「キリスト教は母親の方だけで、もしかしたら有馬さん…が考えたのかもしれませんね。
どちらにしろ、零さんも有馬さんも、死ぬ覚悟をしてた…ってことでしょうか」
「そう言うことでしょうね、決して褒められたもんじゃないですけど…」
池田と靜の會話に続けて、中津がそう言うと、しばし沈黙が流れる。
「――まあ、あの二人がもし死んだら、ここに埋葬してやりますか。
そんな義理なんてないですけど、なんて言うか…」
「そうしましょうか…家族をめちゃめちゃにされたとは言え…その…」
池田の歯切れの悪い提案の意味を、靜は理解できた。
「…ということは、あと二つのうちのどれか…」
中津だけさっさと次の墓を確認に移ると、池田と靜もそれに続いた。
『I・K Feb.15 2007』
と文字が刻んである。
「アイケイ、親父のイニシャルだ…それに十字架まで刻んで、うち、思いっ切り、仏教徒なんだけど…
さっきの赤字といい、宗教観むちゃくちゃだな」
池田はそう言いながらも、傘をたたんでしゃがみ込み、脇に置いた。
「さっき、有馬さんは、自分の趣味だ、って言ってましたけど。
でも、逆算したら…七才位の時ですよね、あとで作り直したのかしら」
「かたや人類滅亡を企てておいて、かたや、こんなことをする神経がわかりません」
靜と中津がそう言いながら、殘りの墓を調べ始めた。
「最後のお墓は…外國人らしき名前がたくさん、これも赤字で書いてある…
一、二.三、四…あ!最後の十三人目は兄の名前です。
ということは…」
「監されていた外國人の方たち…ってことでしょうね。
亡くなったら、この方たちまでお墓にれてあげようとしていた…てことでしょうが…
ほんと、意味わからない、この母娘のやりたいこと。
ただ、これで名前を調べる必要はなくなりましたが…」
と、中津が言うやいなや、雨が一層激しさを増してきた。
「うわっ、雨が…」
「そう言や、親父がいなくなった夜も、嵐でこんな土砂降りの雨が降っていたっけ」
一人、父の墓の前に佇んでいた池田が獨り言のように呟くと、雨も気にせず跪いて合掌し、無言で拝み始めた。
靜と中津の二人は、池田の後ろに並び、それに倣う。
「すみません、一緒に參っていただいて。じゃあ、取りあえず、戻りましょうか」
「あとで、お兄ちゃんにも參らせます」
池田に続いて靜がそう言って、立ち上がった時だった。
あれだけ降っていた雨がぴたりと止んだ。
黒雲の切れ間から、月が顔を覗かせようとしている。
「あれ、雨、急にやんじゃいましたね」
「もうし早くやんでいてくれれば」
「やまない雨はないってか。
今の俺たちを象徴するようだ」
三人がそれぞれの思いを口にし、空を見上げた。
「…?なんだあれ?雲、な訳ないか、雪か?」
見上げた空に、いつの間にか、白い綿のものが降り始めた。
それが目の前まで來てわかったが、雪よりもかなり大きい。
池田が取ろうとすると、溶けてなくなった。
「あ、あれは…」
池田と同じように見上げていた靜が右手を上げ、頭上高く指した。
現れた月が明らかにおかしい。
不規則なきを始めたのだ。
<月がこんなに速く変にくか?>
池田はその正を確かめようと目を細めてそのきを追ったが、急に眩いが辺りを包み、一瞬何も見えなくなった。
何か花のような甘い香りが漂ってくる。
やがて、目が慣れてくると、池田は優しいに包まれていた。
全てが優しく輝いており、決して目が開けられない眩しさではない。
<服が!?服が乾いている?>
傘を置いてから濡れ放しだったはずの服がすっかり乾いていることに池田は気付き、驚く。
<う、う・ご・け・なぃ…>
今度は急に金縛りにあったように、全くけなくなった。
眼は開けたまま、瞬き一つできない。
それは、隣の二人も同じようだ。
誰一人、何一つ、くものはいない。
辺りからは音一つ聞こえない。
靜寂という言葉では足りないほどの、一切の無音。
その時、聲が聞こえた。
いや、それは聲ではないのかもしれない。
言葉ではなく、報とでもいうべきか。
その場にいる誰にも、それが脳に直接響いているような覚が沸き起こった。
「…無であり無限…過去、現在、未來…
これは報い…
終わりと始り…
審判と選別…
その後、新しい世界…」
そんな容だった。
やがてはなくなり、金縛りは解けた。
<今のは一…>
池田らは呆然と立ち盡くしていた。
◇
同じ現象は、零とマリアにも起こっていた。
「何?何、今の?こんなこと起こるなんて聞いていない、知らないよ」
金縛りが解けたマリアは、かなり揺していた。
自分は生まれ変わり、この世はバーチャルの世界、生と死のなんたるかを知る選ばれた人間…そう思っていたのに、こんな不快な気持ちになるとは。
「ママ、ママ、これなんなの?今、何か頭の中に聞こえてきたよね?」
「そんなこより、マリア、聞いて」
零はマリアとは反対に落ち著き払い、改まって言った。
「神は…神は自分のにあるとおっしゃられたが、その通りだったわ」
「何急に言ってるのママ、神は捨てたんじゃなかったの?
ボクが証明したでしょ」
「いいえ、結局、私は神を捨てきれなかった。
さっきから考えていたの、あなたが前世の話をしたときから。
この世界で、多種多様な生命が進化を遂げ、やがて人類が生まれ、この時代、私や生まれ変わる前のあなた、恒が生まれた。
それは神の思し召しだったのよ。
そして、こんな世界にしてしまった私たちの意思そのものでさえ、神の意思でもあった。
あなたはそのお蔭で、また私の元に生まれ変われたのだから。
今起こった奇跡を験して、確信した。
神はにある。
私の意思もあなたの意思も、あの探偵でさえも、何もかも正に神の意思であり、その一部であった。
神はどこにでもおられるとは、そういう意味だったのでしょう。
なぜ、それに早く気が付かなかったのか…」
「何言ってるの。意味わかんないよ。
だから、この世界はゲームなんだよ。
神はいるけど、ゲームマスター。
ボクたちはそのゲームマスターのつくった伝子にられているだけ。
ママもそう言ったじゃない。
きっと、あの世じゃ大したことはないよ。ただのゲームの管理人…」
「うっうっうっ、その程度でもいいじゃない。
それでも、この世界では創造神…
ふぅ、あなたにもきっとわかるときが…うぅ」
「ママ、しっかり!」
「でも、最後に、神の…神様の奇跡が見れて、本當に良かった…私の神の証明は立証され…」
「――!?ママ?ママ!」
心音モニターの波がみるみる弱まり、間もなく、零は息を引き取った。
神の証明まで辿り著いた達、蘇りつつあった信仰心、それとともに蓋が外れて湧き出した罪の意識…
零の心は死へと向かい、ウィルスがその意思を汲み取ったのか…
マリアは泣いた。
「いや、いやだ、いやだいやだいやだ、もー!」
零と共に世界の終焉を見屆けた後、新しい世界を築こう、そして楽しもう、と思っていた。
駄目なら、また死んで生まれ変わればいい、とも。
<でも、なんで…なんでこんなに悲しいんだろう…
ママもボクが前世で死んだ時、こんなに悲しかったのかなあ…
それになんだろう、この悲しさ以外の気持ちは…
やっぱりやめときゃ良かったかなって思ってる…
一志がボクのお兄ちゃんで子供だったなんて…
ママが結局、神を認めて死んじゃうなんて…
だったら、そうなるってわかってたら、こんなことしなきゃ良かった…
これは…後悔?>
マリアは銃をとった。
<また、生まれ変わろう、また――>
その銃聲は池田たちには屆かなかった。
◇
「…ティマの奇跡って、こんなのじゃなかったかな」
靜の聲に池田は我に返った。
<て、天使?>
靜だけ、まだ輝いているように見えた、こんな世界になっても。
「な、なんか聲っていうか、頭ん中に宗教っぽい言葉、今聞こえませんでした?
それに服が乾いている。これはどういう…」
「え、やっぱり今の私だけじゃなかったんですね」
中津が驚いた顔で、池田に同調した。
「池田さん、昨日、大學のベンチで、どうして兄と仲が良いか聞かれた時に、私が言いかけてやめたこと、覚えています?」
靜が池田と中津の言葉に構わず言った。
「え?ああ、何か思い詰めた顔をされてたので、それ以上は訊けませんでしたが、それが何か?」
こんな狀況で靜はなぜそんな話をするのだろうと怪訝に思いながら、池田は言った。
「実は私、前世の記憶がしだけあるんですって言ったら、信じてもらえますか?」
「え?それはどういう…」
「普通、言えないじゃないですか、そんなこと。
あの時、言いかけたのはそれだったんです。
でも、今なら言えます。こんな奇跡が起こったんですもの」
「た、確かに、今起きたことは信じられない。
綿のようなものが降って、月が狂ったようにいて、眩しくなって、服が乾いて、けなくなって、頭に聲が響いて…もう、何がなんだか」
池田は両の掌を上に向けて肩を竦めた。
「私、い頃、一回死んでしまったんです」
「え?何を…現にこうして…」
「ね、信じられないでしょ。
そしたら、さっきのようなに包まれた場所に行って、この世界を上から覗いて、腹違いの兄がいることを知って、會いたいならやり直せるって。
それで、お兄ちゃんに會いたいって思ったら、今の私になって。
そんな記憶が心付いた頃にふと思い起こされたんですけど、大きくなるにつれて、夢か何かだと思うようにしてたんです。
本當の両親が亡くなった事故の時の記憶が混してるんじゃないかって。
でも、今のでやっぱり、この記憶は本當だったんだと、確信できました」
靜は空を見上げて言った。
「まさか…そう言えばさっき、不思議過ぎて言えないこともある、って有馬に言っていましたけど、もしかして、それ…」
「ということは、靜さんは、岡嵜の死んだ娘の…」
中津に続いて、池田が言った。
「そうなのかもしれません。
有馬さんと初めて會ったとき、なぜかとても親近を覚えましたから。
懐かしさのような、何とも言えない…
先ほど、零さんを見た時もそうです。
でも、裏切られて、ショックも大きかったんです」
「そうだったんですか…」
「それに、それを前提とすれば、岡嵜夫妻が私の前世の両親ということになります。
ダブルでショックですね」
靜は池田に向き直ってそう言うと、淋しそうな笑顔を浮かべる。
「あ、あの、私は信じますよ、前世って奴を」
「え?」
「世の中、科學で解明できないことなんて、たくさんあるんですから。
今みたいなこともあるし、前世だって、來世だって、何があったって不思議じゃない。
使い古された言葉かもしれませんが…」
「なんのめにもなっていないですよね、それ。
靜さんの前提を肯定したら、ショックに追い打ちかけるようなものですよ、それ」
中津が相変わらずの口調に戻って言った。
「あ、いや、別にそういうつもりではなくて、な、なんというか、その…」
池田はまた悪い癖が出てしまったと、慌てて弁明しようとした。
「いいんですよ、わかります。
私の荒唐無稽の前世の話に、肯定的になっていただいたんですよね」
「それそれ、そうです、そうです」
「実は、前世の話を兄に話したら、兄は信じてくれました。
バカにされるかもって思っていたのに。
なんでも、私の本當の母も同じこと言ってたって。
母がまだ生きていた頃、兄に、生まれる前は何をしてたの、って聞いてきたことがあったそうで、兄が覚えてないと言うと、おばさんは覚えてるのよって言っていたそうです。
兄は私の話を聞く前まで、それを冗談半分と思ってたみたいですけど、母娘で同じ話をするんだから、偶然とは思えないって」
「そうだったんですか…もしかしたら、ウィルスが影響しているのかもしれませんね…」
「あ、そうですね、本當に私も母もウィルスに染していたとしたら…でも、結局、そのウィルスって、なんだったんですかね。
私なんて、生まれた時から染していたのに、ゾンビになんかなってませんし…」
「よくわかりませんが、宿主の意思を反映する力を持っていた、ということでしょうか。
それをうまく使えば進化できるし、悪く使えば、今回のような結果に…」
「なるほど…宿主の意思を反映…夕べ話したじゃないですか、あの、カンブリア発との関連について。
もし、佐藤教授のその仮定が正しければ、宿主の意思を反映するというも、あながち間違っていないのかもしれませんね…」
佐藤に続いて、中津も持論を述べたが、誰にも本當のところはわからず、場は靜まり返る。
「――そう言えば、あそこに銃を隠してましたけど、結局使わず終いでしたね」
中津がその靜けさを嫌って口を開くと、
「映畫じゃなんだから伏線が回収されないこともあるさ。
それに、今後使うことだってあるかもしれないし…
あの、それで、その今後のことですが、これからどうしましょうか?」
と池田が話題を変えた。
「電話もネットも使えなくなりましたし…私は父を探そうと思います。
警視庁で、無事でいてくれればいいんですが…」
「…わかりました。
ご一緒させていただきます」
「いえいえ、もう大丈夫ですよ。
これ以上、お付き合いいただく訳には。
それに、池田さんたちもご家族が心配なのでは?」
「私は一人っ子で獨ですし、先ほどお騒がせした通り、親父は行方不明でしたが、岡嵜に殺されたことがわかりましたし。
この歳で天涯孤獨って奴で」
「ちょっと、またそんなこと、靜さんも…」
すかさず、中津が咎めた。
「訊かれたから、言っただけだろ」
「いいんです。でも、兄を見つけていただきました」
「すみません…」
「母はあんなになってしまって覚悟はできているので、父を優先したいと思います。
兄の力が回復してからになるとは思いますが…
ああ、それと、さっき有馬さんが言ってた、不安をじなければ発癥しない、ということをまだ生きている人たちに伝えて行かないと…
もしかしたら、それが一番重要なことかもしれませんね」
「あ、そうか、そうだった。まだ救いはある。
それなら尚更、あなた一人をこんなところに放って帰るわけにも行けません。
引き続き、お手伝いさせていただきます。
あ、で、中津はどうするつもりだ?
もうこれ、仕事とは言えないから。こんな狀況だ。
當面、休暇でいい…って元の世界に戻るかどうかわからないが」
「このゾンビもどきだらけの狀況で、一人をほっぽり出すおつもりですか」
「別に、んなことは言っていないが…」
「私は両親や姉が心配ですが、田舎は秋田なので、すぐに帰るわけにもいきません。
ただ、こんな事態になる前に急いで逃げるようリネしておきましたし、無事を祈るのみです」
「つまり、一緒に來ると?」
「他にどうしろっていうんですか、ただ、取りあえずですよ、取りあえず」
「そりゃそうだな。と、言ういうことで靜さん、よろしいでしょうか」
「それはうれしいですが、お二人はさっき有馬さんが言っていた核シェルターにっていた方がいいんではないでしょうか」
「それは靜さんも同じでしょう。
そこで提案なんですが、この岡嵜の屋敷をみんなで拠點にしませんか。
すぐにお父さんが見つかればいいですが…あ、そうだ!
さっきの銃じゃないですが、結局使いそびれてたこのインカムの方が役に立つかも知れませんよ。
都に戻ったら、時々使って応答を待つのも手かもしれません」
池田はインカムのジェスチャーをえる。
「あ、それ使えそうですね、さすが池田さん…
でも、本當にお付き合いいただいてよろしいんですか?
本當に申し訳なくて…」
「まだお代を頂戴していないことですし、次の依頼ということで」
「また、そんなことを言って…」
そう言う中津を余所に、池田は続ける。
「"ただ"、靜さんはまだ未年なので、來年の五月十三日まで、あくまで準備というで」
その言葉に靜は、はっとし、池田の方を見る。
「ふふ、"ただ"が多いですね――じゃあ、その”てい”で!」
池田と靜は顔を見合わせて、通じ合ったように笑った。
「おおーい、今のなんだー?」
家の方から聞こえる一志の聲と、何がおかしいのかわからず、ふてくされる中津を置いて。
【書籍化】解雇された寫本係は、記憶したスクロールで魔術師を凌駕する ~ユニークスキル〈セーブアンドロード〉~【web版】
※書籍化決定しました!! 詳細は活動報告をご覧ください! ※1巻発売中です。2巻 9/25(土)に発売です。 ※第三章開始しました。 魔法は詠唱するか、スクロールと呼ばれる羊皮紙の巻物を使って発動するしかない。 ギルドにはスクロールを生産する寫本係がある。スティーヴンも寫本係の一人だ。 マップしか生産させてもらえない彼はいつかスクロール係になることを夢見て毎夜遅く、スクロールを盜み見てユニークスキル〈記録と読み取り〉を使い記憶していった。 5年マップを作らされた。 あるとき突然、貴族出身の新しいマップ係が現れ、スティーヴンは無能としてギルド『グーニー』を解雇される。 しかし、『グーニー』の人間は知らなかった。 スティーヴンのマップが異常なほど正確なことを。 それがどれだけ『グーニー』に影響を與えていたかということを。 さらに長年ユニークスキルで記憶してきたスクロールが目覚め、主人公と周囲の人々を救っていく。
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