《私は、海軍最強航空隊のパイロットだった》第一部 五航戦出撃! 第一章 ①著任

昭和17年2月5日    インド洋

    世界三大洋のひとつインド洋。

    古くよりヨーロッパとアジアを結ぶ重要な航路とされてきた。

    そして20世紀となった現在でも変わることはない。

   「メーンタンクブロー。潛鏡深度まで浮上せよ」

    潛水艦「伊62」艦長 古川 真希  佐は暗く狹苦しい艦でつぶやくように命じた。

    なぜはっきり命じないかといえば、聲を上げればたちまち敵に見つかってしまうからである。

    そう、「伊62」はまさに戦闘態勢にろうとしていたのだ。

   「また英船でしょうか?マレー戦が始まって以來さすがに補給船が多くなりましたから」

    副長である  武藤  一馬  大尉の問いに古川も賛同する。

  「恐らくそうでしょう。しかしこれだけ補給船が行き來するということは敵も相當資が不足しているようですね」

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     マレー半島で戦闘が始まって三カ月。日本軍の進撃は止まることを知らず、まもなく英軍最後の砦、シンガポールにせまらんという勢いである。

    その中でも英本國から送られる補給資は大きな脅威であった。

    そこで補給を遮斷する目的で「伊62」をはじめとする潛水艦隊が派遣されたのだった。

    実際、「伊62」はこれまでに二隻の英船を撃沈している。

   

  「潛鏡を上げて」

    司令塔に格納された二つの潛鏡のうち、偵察用の方を上げる。

    これは直徑が大きいため広い範囲を見られる反面、敵に見つかりやすいという欠點もある。         

    古川は海面から出された潛鏡をゆっくりと回しながら周囲を確認して行く。

    

  「曇っててよく見えないな」

    その時、古川の目がある一點に集中した。空は雲が垂れ込め、視界は芳しくないが、古川にはそれが補給船ではないことが瞬時に分かった。

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  「なんてこった。あれは空母じゃないか!」

    補給船とは比べにならない大きさ、上甲板がフラットになっていることから明らかに空母であった。

    しかも一隻だけではない。

    確認出來るだけでも空母が三隻、さらにそれを護衛する巡洋艦、駆逐艦の姿も見けられる。

  「敵大型空母二、小型空母一、および隨伴の巡洋艦、駆逐艦を確認。針路三〇〇、速力16ノット」

    古川は的確に判斷すると武藤はすぐさま意見申した。

  「艦長、直ちに攻撃しましょう。規模から見て恐らく敵東洋艦隊の生き殘りです。沈められなくともこの天候なら一撃を加えた後急速離できるはずです」

    確かに今の條件ならできなくともない。

    しかし。

  「無音潛行。深度九〇」

予想に反する答えに武藤は戸った。

  「何故です?!今攻撃しなければ敵艦は程外に離してしまいます!」

  「我々の目的はあくまで敵の補給船でしょ。それにこれだけの艦隊となると攻撃しても大したダメージは與えられないし、なにより発見される可能が高い。なら今はこの事を速やかに司令部に伝えることが第一」

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  「しかし・・・」

     武藤はさらに反論しようとするが、攻撃がどれだけ無謀なかとか気づき、やがて古川の意見に従った。

  「分かりました。敵艦隊離後直ちに司令部との連絡を取ります」

     潛鏡が格納されると「伊62」は再び暗い海の底に沈下していった。

昭和17年2月13日    九州沖

    晴朗ナレド波高シ。

    今日の天気はまさにそれである。

    空は永遠に先が見えそうなほど澄み渡っていた。

    しかし縦桿を握る彼には天気を楽しむ余裕など無かった。

  「あれが空母か・・・」

    眼下には荒れる海をともせず進む空母「瑞鶴」の姿が見える。

    海軍の空母としては最大の大きさを誇る「瑞鶴」も  武本  遙  一等飛行兵曹の眼には限りなく小さくそして狹く見えた。

  「大丈夫、教におそわったとおりやれば」

     やがてマストに「著艦良シ」の旗流信號が上がる。                                           

     

   (やっぱり前の機より軽い)

     

   武本は自らがる海軍主力戦闘機、零式艦上戦闘機二一型を著艦進路に乗せた。

                               ○

 

  「なかなか良いきだな」

       

    左弦からの旋回で著艦進路をとる機を見て空母「瑞鶴」飛行隊長  阪口  重正  佐は著艦しようと進してくる零戦を見て呟いた。

  「お前のところの新人は上玉のようだぞ」

  「いえ、まだわかりませんよ」

    阪口の問いに「瑞鶴」戦闘機第三小隊長  赤羽  郁恵  尉は機を目で追いながらながら答えた。

  「私たちと編隊を組むんです。あの程度ができてもらわねば困ります。」  

  「でも俺の勘ではかなりの腕利きだな」 

  「毎度ながら佐の勘はあてになりません。笹原もそう思うでしょ」

  「へぇ!あ、いや、それは・・・」

    機を凝視していた第三小隊所屬    笹原  由紀  一等飛行兵曹は小隊長からの突然の振りに思わずおかしな聲を上げてしまった。

  「はい、自分もそう思います!」   

  「おいおい、俺の勘は信用できないってか?」 

  「い、いや、そんなことは」

  「どっちなんだよ」

  「それより、もう來ますよ」

    発端のはずの赤羽に止められ、3人は再び機に目をやる。

   (ん?)

    3人に限らず機を見る者は皆悪い予がした。

    そしてその理由はすぐにわかる。

  「エンジン出力が足りてない!」  

  「あのままだと艦尾に激突するぞ!」

       

    その通りであった。

    零戦がまさに著艦しようとする直前、機が失速し甲板よりどんどんさがてゆき、ついに見えなくなってしまった。

  「ダメだ!」 

  「衝撃に備えろ!」

     誰もがそう思った。

    しかし、その機は寸前で機首を引き起こし、飛行甲板へ墮ちるように著艦した。

  「搭乗員は無事か!?」

  「整備員急げ!」

    すぐさま整備員達が機に駆け寄る。

     

  「私、行きます!」

    たまらず笹原も駆け出した。

    

  「やっぱり、佐の勘は相変わらずですね」

  「だな」

    殘された二人はそんな會話をしながら作業を見守っていた。

 

                             ○

  「痛ったぁ、やっちゃったよ」

    武本は著艦と同時に計盤に頭をぶつけた。

   

  「おい!大丈夫か!?」

  「しっかりしてください!」

    整備員達が次々に駆け寄って來てくれた。

  「ありがとうございます。私は大丈夫です」

    大丈夫だと繰り返し聲を掛けながら彼は機から降りる。

    と、突然背後から聲を掛けられた。

  「武本一飛曹ですよね?」

    振り向くとそこには、自分と同い年ぐらいの搭乗員が武本に向けピシッと敬禮していた。

  「あなたが所屬する第三小隊で、二番機を務めている笹原といいます。よろしくお願いします」

  「え、あ、こちらこそお願いします」 

    いきなり出迎えられた事に驚きつつ、答禮する。

    しかし笹原の表はすぐにほころびしまいには笑いだした。

    驚いたのは武本の方だ。

   

  「あの・・・」

  「アッハッハハ、ご、ごめんなさい、でも、あんな、あんな著艦方法初めて見た、から、その、アッハハ」

    武本は怒られたのかと思い、収まるのをまってから、

  「すいません。著艦は初めてだったので」

、と謝った。しかし。

  「いやいや、海に墮ちなかっただけでも十分だよ。では、改めまして笹原由紀っていいます。階級は一等飛行兵曹で年は十四。よろしくね」

  

    怒られたわけではないと分かりホッとした。

 「私は武本遙と申します。階級は同じ一飛曹で年も同じ十四です」

 「ホント!?すごーい!という事は同期って事だね」

 「確かに、そういうことになるのか・・・」

   

   なんだか変な事に心しつつ笹原はさらに続ける。

 「あっ、私の事は由紀でも何でも好きなように呼んで。堅苦しいのもなんだし」

 「はい、じゃなくて、分かった由紀ちゃん。じゃあ私のことも遙でいいよ」

 「うん、よろしくね、遙ちゃん」

   二人は挨拶もそこそこに、著任報告のため艦橋へと向かった。

同日    柱島泊地

   広島県呉軍港に隣接する柱島泊地には、新たに連合艦隊の旗艦となった戦艦「大和」に、一隻の火艇が近づいていく。

 「まもなく接舷します。準備を」

 「ああ、分かった」

    艇の舵員の言葉に連合艦隊司令部通信參謀  天宮  次郎  大佐は脇に置いていた黒革のカバンを手に取る。

  「接舷用意!」

  

    艇長指示で手際よく作業がすすめられる。

    それらが終わると同時に天宮は甲板上へと昇っていった。

 「天宮通信參謀ります!」

 「どうぞ」

   短い返事とともに天宮は艦の「司令長室」と書かれた室へとる。

   そこには男が一人だけ座っていた。 

   連合艦隊司令長  伊野部  元  大將そのひとである。

   室へるなり天宮は伊野部にカバンの中をわたした。

    

 「大和田通信所での敵電信傍記録です」

 「ご苦労だったね」

 「いえ、これも仕事ですので」

 「でもおかげで戦況分析が楽になる」

   伊野部は渡された報告書をパラパラめくりながらそう答えた。

   

 「楽になる?といいますと?」

 「味方の報だけでは戦爭などできんよ。大本営のように不確実な味方の報ばかりで作戦を立てるようではいずれまける」

 「だからこの記録を」

 「そのとおり。暗號は解読できなくとも、通信の頻度で敵の來攻予測はつけやすくなる」

 「なるほど、さすがは長です」

   と、そのとき伊野部の手があるページで止まった。

 「中部太平洋での活ないな」

 「はい、我が軍が真珠灣を奇襲してから、まだ三ヵ月しかたっていません。大規模な艦隊作戦はできないものかと」

 「天宮君ならどうする」

   報告書に目をやったまま問いかけた。

 「はっ、自分なら敵のきが取れないうちに、ハワイ攻略のための準備を完了させます」

 「南へは行かないのか?」

 「はい、長の基本方針である短期決戦、早期講和のためにはこれが一番と考えます」

   伊野部は報告書をとじると、心したようにこう言った。

 「さすがは天宮君だ。陸軍や大本営の連中なんかよりよっぽど分かっとる。確かにかにその準備は進めるつもりだ。だがそれと同時にもう一つ作戦を行う」

 「では南方に?」

 「南方などには行かんよ」

   そう言うと立ち上がり、壁にられた世界地図の一點を指した。

 「インド洋だよ」

 「インド洋、ですか!?」

 「そうだ」

 「しかしそれでは、ますます戦線が広がって・・・」

 「おいおい、なにもインド洋を占領するとは言っていないぞ。だがあそこにはもう一つ脅威が殘っている」

 「脅威ですか?」

 「我々の敵は米國だけではないよ」

 「では、英艦隊を」

 「その通り」

   マレー半島を防衛していたイギリス軍はつい昨日の2月8日、シンガポール陥落と共に全面降伏した。

   しかし、英國東洋艦隊の大半をとり逃し、インド洋での圧力となっていたのだ。

 「しかし、アメリカ空母はどうするんです。真珠灣では撃滅できませんでしたが・・・」

 「もちろん考えている」

 

    伊野部は再び地図の一點を指した。

    ミッドウェー環礁。

    日本とハワイの中間にポツンとある孤島である。

 「我々はここでアメリカ空母を迎え撃つ」

    天宮はじていた。

    この人が向ける視線は、自信と決意に満ちている、と。

同日   九州沖

   空母「瑞鶴」戦闘機隊所屬。武本 遙一飛曹は笹原と共に艦橋へのタラップを上っていた。

 「瑞鶴の艦長ってどんな人なの?」

 「誰にでも優しくしてくれるいい人

ですよ」

   タラップを上り切ると、二人は第一艦橋脇にある艦長控室をノックする。

   すると「誰か」と中から聞こえてきた。

 「笹原由紀一飛曹であります!新任の武本一飛曹を連れてまいりました!」

 「れ」

 「失禮します!」

 「失禮します!」

   

   二人がると艦長と搭乗員らしい二人組が。 

 「新任の武本一飛曹であります。指導鞭撻お願いいたします」

 「ご苦労。私が艦長の西嶋 宗一郎大佐だ。これからしっかり頼むぞ」

 「はい!全力を盡くします!」

そう言うと西嶋は向かい側に座る二人の搭乗員に目を向けた。

  「飛行隊長の阪口佐と君の所屬する第三小隊の赤羽尉だ」

  「飛行隊長をやってる阪口重正だ。よろしく頼む」

  「赤羽郁恵といいます。第三小隊長だからあなたの直屬の上司になるのかな?まあとにかく頑張ってね」

  「はい、お願いします」

  「それにしても、さっきの著艦はなかなか派手だったじゃないか」

  「すみません。私著艦ははじめてで・・・」

  「まあ、海に落ちなかっただけよかったってもんだ」

  「はあ・・・」

    ここで赤羽が慣れたように會話に割り込んできた。

  「佐、彼をあまりいじめないでください」

  「おっと、すまんすまん」

  「ごめんなさいね。佐はこういう人なのよ。それより笹原さん」

  「はい」

  「武本さんに艦を案してあげて」

  「わかりました」

    そういうと、二人は室を出ようとしたが西嶋に聲をかけられた。

  「それと今夜親睦會をやろうと思うから、待機室まで來てくれ」

  「私のためにですか?」

  「もちろん」

  「わざわざそんな事まで」

  「大切な事だぞ、楽しくやってくれればそれでいい」

  「ありがとうございます」

ここで阪口が付け加えた。

  「気楽にやってくれていいが、今日の著艦のことで話は持ちきりだろうな」

  「えぇ!?」

  「確かに、新任とはいえ私もあんな著艦ははじめてみましたから、いろいろ話題になりますね」

  「まあ、盛り上がりそうでいいじゃないか。な!」

  「そ、そんなぁ」

    武本は顔を赤くしながら笹原と控室を去った。

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