《私は、海軍最強航空隊のパイロットだった》第二章 ②最終試験
昭和17年2月25日   橫須賀第一飛行場
  「と、いうことで瑞鶴への再搭載作業は3月1日とするので皆覚えておくようにな」
  
    空母「瑞鶴」飛行隊長 阪口 重正 佐は、飛行隊所屬搭乗員の集まる前でそう言った。
  「瑞鶴」は、インド洋作戦のため、3月7日に出撃することが、昨日決定された。
    そのため、「瑞鶴」飛行隊は、一週間前には、母艦に帰らなければならない。
  「それから武本、貴様に艦長から指示が出てるぞ」
  「はい?」
  「再搭載と同時に、最終試験を行うことになった。心しておくように」
  「はっ!」
    さすがににすんなり乗せてはもらえない。
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    しかし、そう心配にはならなかった。
    なぜなら、模擬空戦の時とは違い、武本には確かな縦技と自信があるからだ。
    つい一週間前の自分とは大違いだ。
    武本は確かにそうじた。
 
同日   セレベス島スターリング灣
  「錨水面切った!」
  「両舷前進原速、赤黒なし、進路90」
  「両舷前進げんそーく!」
  「進路90!」
    スターリング灣を出撃する第一航空艦隊の旗艦「赤城」の艦橋に次々と命令が響き渡る。
    この日、第一航空艦隊は、インド洋作戦に向けた前哨作戦として、インド洋周辺海域における連合軍艦船の殲滅を行うのだ。
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  「順調みたいね、艦長」
  「今のところはですが」
    第一航空艦隊司令長 東雲 佳代 中將は、「赤城」艦長 加藤 智花 大佐 に言った。
「しかし、加賀のこともある。慎重にね」
「もちろんです」
2月9日、空母「加賀」が座礁したのはちょうどこの灣の出口なのだ。
今回の出撃まではなんとか「加賀」も同行させることができるが、続くインド洋作戦には負傷の度合いから見て參加できそうにない。
「まあ、二航戦は殘ってくれそうだし、インド洋作戦の時には五航戦も參加するし、兵力に不足はないでしょ」
「慢心は大敵だぞ」
「あ、そうでしたね。失禮しまた」
必ず作戦を功させなければならない。
その思いは二人とも同じであった。
昭和17年3月1日   橫須賀
ついにこの日がやってきた。
そう、武本一飛曹の最終試験があるのだ。
しかし、一番心配しているのは本人より、むしろ笹原の方だ。
「遙ちゃん、大丈夫?」
「んー多分。でもやれるだけやってみる!」
「よし、しっかりやってこい武本!」
「瑞鶴で會いましょう武本さん」
「はい!頑張ります!」
赤羽、長谷川からも活をれてもらい、武本自も気合いをれなおした。
今までの努力が無駄にならないよう、なんとしても合格しなければ。
「笹原、しいいか」
「阪口佐、何でしょうか?」
「瑞鶴に著いたら副長に航路に注意しろと伝えてくれ。どうやら近くで機雷の敷設をやってるみたいだから」
「はっ、了解しました。じゃあ、私たちは先に行くわね」
「うん、由紀ちゃんたちも気をつけてね」
他のパイロット達は先に母艦に戻る。
武本は走路から飛び立って行く機を最後まで見送った。
「武本、そろそろだぞ」
「はい、よろしくお願いします」
阪口に呼ばれ、自分の機へと向かう。
いよいよ、最終試験が始まる。
今回の試験は、3機による編隊飛行が基本となる。
ただし、いつもの小隊編ではなく、武本機が隊長機となる。
また、零戦ではなく九七艦攻2機が続き、これに試験である阪口佐、中川大尉、「瑞鶴」艦長 西嶋大佐が分乗する。
そして、武本には「瑞鶴」の正確な位置は知らされていない。
方角と距離だけ伝えられ、洋上で母艦を見つけなければならない。
つまり、2機の九七艦攻を無事「瑞鶴」に導できれば合格となるのだ。
「発機始!」
「回せー!」
整備員の號令に合わせ、エニ人が回り始めた。
「発機回転良好。れなし。電気系よし。フラップ、方向舵作確認」
司令所に合図を送ると、赤白の旗が振られた。
「離陸よし」の合図である。
同時に武本は、下にいる整備員に向け、両手を大きく広げた。
「チョーク外せ」、すなわち車止め外せの意味だ。
徐々に加速し始める。
空は曇り。
あまりいい天気とは言えないが、雨は降ってこないだろう。
走路脇の整備員たちに見守られながら、武本は橫須賀を飛び立った。
「う〜ん、本當にあってるのかなぁ?」
橫須賀を飛び立ってから1時間。
武本はすでに太平洋の真っ只中だ。
こうなれば、あとは羅針盤とパイロットの航法技がモノをいう。
「この方角のはずだけど」
正直にいうと、武本は航法が苦手だ。
編隊飛行ができなかったことからも分かる通り、要は真っ直ぐに飛ばせないのだ。
「やっぱり流されたかなぁ・・・」
今日は西からの風が強く、進路が狂いやすい。
普段は陸の形などから位置を確認したりもするが、この天気ではかすれてよく見えない。
(流されてるとした東だから、南南西に向かえば)
わずかに進路を変える。
もちろん後ろの二機も後に続く。
「どうかたどり著けますように・・・」
武本は祈る気持ちで飛び続けた。
さらに1時間が経った。
もうとっくに「瑞鶴」は見えるはずなのに、行く手には海が広がるばかり。
(迷ったかな・・・)
もし見つけられなかった場合、直ちに橫須賀へ引き返せとは言われている。
しかしそれは、今までの努力が水泡に帰すことを意味する。
(やっぱり、私なんかが・・・)
武本自、ここまでかと諦めかけていた。
その時。
(ん?あれは)
前方に何か見えてきた。
「瑞鶴」だろうか?
いや、大きさとしてあまりにも大きすぎる。
「あれは・・・島だ!」
それは小笠原諸島の島のひとつ、三宅島だった。
「ああ陸だ、よかったぁ」
これで一つの目印ができた。
しかし安心してはいられない。
三宅島は「瑞鶴」の航路とは全く違う位置にあるのだ。
つまり、風と航法ミスが重なり、進路が大幅にれてしまったのだ。
(てことは瑞鶴の位置は・・・」)
地図を引っ張りだす。
「瑞鶴」三宅島から北東の方角を進んでいるので進路を反転しなければならない。
「よし、行こう!」
武本は進路を北東に向けた。
(この辺りのはず)
航法に気をつけながら、ついに「瑞鶴」がいると思われる海域に著いた。
「もっと高度をあげられたら・・・」
今日の天気ではむやみに高度を上げられない。
「!?」
前方に小さな黒點が見えた。
あの大きさは間違いなく船だ。
「もしかして」
すぐさま向かう。
しかし。
(あれ?空母じゃない)
確かに海軍のものだが、それは巡洋艦サイズの中型艦だったのだ。
(もしかして、また航法が・・・)
今の武本にとって、十分あり得ることだった。
燃料の関係上、そろそろ限界が近づいている。
やはり、私には・・・。
武本の脳裏に浮かぶのは、今までのが滲むような訓練の數々だった。
たった一人の、しかも素人の搭乗員のため、阪口佐をはじめとして多くの人が私のために盡くしてくれた。
そう思うと、なんとも言えない気持ちになった。
しかし、時間は許してはくれない。
「帰投しよう・・・」
このままここにいても、燃料切れで落ちるだけ。
そう判斷したのだ。
(せめて艦じゃなくて島なら)
なぜだかわからないが、ふと橫須賀での會話を思い出した。
(たしか、近くで機雷の敷設作業があるって・・・機雷?)
もう一度あの艦を見た。
よく見ると、艦尾から何かを投下している。
球のような形をしている。
「あれは・・・機雷!」
まさにその艦は機雷の敷設作業中であったのだ。
「てことは、近くに」
周囲をもう一度よく見回した。
すると、西の方角に薄っすらとだが影があるのを捉えた。
「間違いない、あれだ!」
影のある方向へ全速力で向かう。
それはだんだん大きくなり、やがて空母獨特の平らな艦型になった。
「やった・・・」
空母の直上を通過する。
甲板には「瑞鶴」の識別記號、「ス」の文字が描かれていた。
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