《蒼空の守護》第13章(敵影見ゆ)

王都はかつてない混に陥っていた。ニュースは統宮暗殺事件一に染まっている。兄を殺されたメルの報復であるという噂が都中に流れていた。

 當主と宿老のグラーファを失った統宮家は完全に瓦解した。正妻との間に子がいなかった統宮はジビドを跡継ぎにするつもりだったのだが、メルに敗れた上に部下を置いて逃げ帰った後継者など誰も見向きもしなかった。僅か30分の間に2人の王子が統宮家の後継者爭いに名乗りを挙げ、とても王宮のまとめ役を擔うどころではなくなっていた。

 統宮暗殺のニュースが最南島に屆いた瞬間、真夜中だというのに最南鎮守府からは歓聲が上がった。護宮様を暗殺した天罰だと誰もが言い合う中、司令宮室は次のきを考えていた。

 「ノノウ、お前ならこの後どうする?」

 「統宮様が亡くなられても、蒼侯令は生きています。第二・第三艦隊が敵である以上速やかに黒の國の艦隊を叩き、南一空に第二・第三艦隊の牽制をしてもらうのがベストかと。」

 「だがなノノウ、ジビドを倒し統宮様が亡くなられた今、第二・第三艦隊と戦う意味はどこにもないのではないか?」

 「しかし、彼らからすれば我々は依然として敵です。」

 「降伏文書を送ったら?」

 「まさか…。」

 確かに、降伏すれば戦いはおきないだろう。しかし、それは最悪の事態になる可能も拭えなかった。

 「もし統宮様の一族が次の蒼侯になったら…。」

 「殺されるだろうな。」

 メルはあっさりと認めた。

 「でも、後悔はない。兄上も待っておられる。」

 「冗談じゃない!」

 ノノウは機を叩いた。

 「黒の國との決著も煌宮様との約束も、どうでもいいんですか!」

 メルは目を丸くした。ノノウに叱られるなんて、數日前までは考えられないことだった。

 「すまん、忘れてくれ。」

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 「いえ、こちらこそご無禮を…。」

 「でも安心しろ。その確率は限りなく低い。確かに、統宮様亡き後の王宮は大きく混するだろう。だが、父上がまとめにかかるはずだ。今回の事件の首謀者はおそらく父上だ。」

 「何故、そう言い切れるのです?」

 「これを見ろ。」

 メルはスマホをノノウに見せた。畫面に映し出されていたのは王國平均株価指數だった。統宮死去のニュースから既に30分以上が経過しているのに、大きな変化を見せていない。

 「これほどの事件が起きているのに、経済界は殆ど混していない。宮家が関わらないと、こんなことはあり得ん。」

 宮家は、いざとなれば経済界全てを牛耳ることが出來ると言われているくらいの大きな力を持っている。

 「宮様はかれるのでしょうか?」

 「分からん。元々は慎重な方だからな…。」

 なぜ宮が統宮を暗殺したのか、メルは分からなかった。こんな冒険的な行をとる人ではないはずだ。それだけに今後彼がどういうきをとるのか、想像もつかない。

 「とにかく、第二・第三艦隊と戦ってはならん。これ以上で爭いを続ければ、黒の國に対応できなくなる。」

 「講和という手があります。アブエロ様なら、道筋を見つけられるはずです。」

 「なるほど…。」

 第一艦隊との決戦の際はアブエロの調略によって大きく勝利を手繰り寄せた。第二・第三艦隊に彼と誼のある人間がいてもおかしくない。そこを通じて話し合いのテーブルを持てるのではないのかとノノウは考えていた。

 「早速、アブエロに頼んでみよう。」

 サッと立ち上がって司令宮室を後にする。き出すと速いのは戦時だけでなく、平時においてもそれは変わらなかった。

 メルと知り合ってから既に二ヶ月近くが経とうとしているのに、未だに彼と話すと張して口がカラカラに乾く。側に置いてあったグラスに手をばし、一気に飲み干した。部屋の片隅にあるウォーターサーバーに水をれにいこうとすると、機の上に置いてあったスマホがメロディを鳴らした。

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 (この音は…。)

 メルのスマホの著信音である。彼を置き忘れていくのは珍しいことだった。慌ててスマホを手に取ってメルの元へ向かおうとすると、パソコンのコードに足を引っかけて転んでしまった。機の足に脛が直撃する。

 「アイタタタ…。」

 相當強くぶつけたようで、立ち上がれない。必死に痛みを耐えていると、スマホから聲が聞こえてきた。

 「おーい、繋がってる?」

 どうやら転んだ拍子にボタンを押してしまったようだ。どこか聞き覚えのある聲だなと思いながら、ノノウは転がったスマホを手に取った。

 「すみません、今から守宮様に渡しにいきます。」

 「もしかして、ノノウちゃん?」

 「そうですが…。」

 何故相手は自分の名前を知っているのだろう。不思議に思って畫面を見ると『テア』と表示されていた。脛の痛みが吹き飛ぶ。驚きのあまり、聲が裏返った。

 「す、すぐに代わりますので!」

 「あ、待って!」

 保留ボタンを押そうとしたノノウの指がピタリと止まった。

 「メルは忙しいんでしょう?」

 「は、はい…。」

 「ノノウちゃんは今大丈夫?」

 「大丈夫です…。」

 今にも消えそうな聲で返事を返す。

 「聞きたい事があるんだけど。」

 「私に…ですか?」

 「あなたなら分かるはずよ。メルは私にどういてしいと思う?」

 ノノウはしどろもどろになりながら答えた。

 「守宮様はひたすらに貴の無事を願っておられます。そのまま宮邸に留まり事態を靜観なされていれば、いずれは王宮に戻る事が出來るはずです。」

 「質問が悪かったわね。」

 テアの聲は納得していなかった。

 「私を使って王宮と最南鎮守府の関係をもとに戻す方法はないか?と聞いてるの。」

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 「私ごときが、煌宮様を使うなどと…」

 「今は王族かそうじゃないかを気にしている場合じゃないわ。メルをこのまま死なせちゃいけないことは、貴が一番分かってるでしょう!」

 痛烈な一言がノノウのに突き刺さる。その言葉はノノウの王族恐怖癥を吹き飛ばすだけの力があった。

 「どんなことをしてでもし遂げるつもりですか?」

 「もちろん。メルのためなら何だってやるわ。」

 ノノウは大きく深呼吸をして、覚悟を決めた。

 「私が煌宮様なら…」

 統宮暗殺の報が舞い込んだ後、王宮には大きな異変が起きていた。雲宮派(直宮派)の上級文が一掃された後、王宮の運営を取り仕切っていた統宮の取り巻きたちが続々と王都を出し始めたのである。王都に駐留していた宮陸軍が突如雲宮追討隊の屯所を襲い、盡く殺害・捕縛したためであった。このニュースで王都の人々は初めてこの事件の背後に宮がいることを知ったのである。雲宮追討隊が王都民を殺していたこともあり、多くの王都民がこの『違法行為』を歓迎した。次にやられるのは自分ではないか–。そう思った統宮派の上級文たちは、急いで親類の鎮守宮を頼りそれぞれの島へと逃れつつあった。

 有力者がいなくなった王宮に帝王・皇后だけが取り殘されていた。皇后であるルフレ(輝宮)は何度も実家の統宮家に救援の皇后命令を出したが、未だに何の返事もない。統宮家は長男の充宮(みつるのみや)と舊貴族のを引く糾宮(ただすのみや)の二派に分裂して小競り合いが始まっており、とても皇后の要請に応える余裕はなかったのである。

 「煌宮様が帰ってこられました!」

 この報告は殘された王宮の人達にとって暗闇から一筋のを見つけたような希を與えた。すぐに皇后のいる広間に案される。

 「テアちゃん!」

 ルフレはテアを見た瞬間、人目も憚らず駆け寄って抱きしめた。

 「どこに行ってたのよ!」

 「ごめん、私を王宮で襲うって報がったからこっそり避難していたの。」

 噓はついていない。まさか、ルフレの父親が自分を狙っていたとは夢にも思わないだろう。

 「父上は死んじゃうし、兄上達は爭って王宮(こっち)に見向きもしない。私はこれからどうすればいいの!?」

 側近達は皆俯いた。僅か11歳で皇后になり、支える人が居なくなったルフレの孤獨は、テアが一番分かっていた。

 「助けを呼ぶのよ。家族以外にも、助けてくれる人はいるわ。」

 「誰よ、それ…。」

 ルフレは半泣きになっていた。テアは彼らかな黒髪をそっとでた。

 「私の一番の親友よ。私が話せば、きっとルーちゃんの味方になってくれる。」

 「でも、あの人は兄上を倒し、父上を殺したじゃないの!」

 メルが統宮を殺したという噂は、王宮でも流れていた。

 「私が絶対に貴を守るから。メルを信じられないなら、私を信じて…。」

 テアはギュッとルフレを抱きしめた。ルフレがテアのに顔を埋める。

 「あの人は逆賊よ。どうやって手を結べばいいの…?」

 「ルーちゃんは皇后陛下よ。今まで父上のために使ってきた力を、平和のために使うのよ。」

 「それは…。」

 「皇后令を使って、メルを許すのよ。」

 「嫌!」

 ルフレの聲が部屋に響いた。

 「私はどうしてもメルちゃんを許せない…。」

 ルフレは泣き出した。11歳のに、これだけの事を求めるのが酷なのは分かっていた。でも、このまま引き下がるわけにはいかない。

 「このまま戦えば、多くの兵士が死ぬでしょうね。そうしたら、貴と同じように父親を失くす人も沢山出るわ。私も小さい頃に父親を失くしたから、ルーちゃんの気持ちはよく分かる。こんなことを他の人達に味あわせてはダメ。貴方ならこの悲劇を止められるのよ!」

 「テアちゃん…。」

 ルフレは涙を拭った。彼の覚悟の表をみて、テアは決意を新たにした。

 王宮の急會見が行われたのは、統宮暗殺のニュースの5時間後、王都は晝過ぎになっていた。混の中でも多くのマスコミが駆けつけ、今後の王宮の出方に注目が集まっていた。

 王家の名代であるテアが大広間に現れると、雨のようなシャッター音が鳴り響いた。テアは全くじずに、ゆっくりと席にすわる。

 「本日未明、蒼侯殿下が何者かによって暗殺された。暗殺の首謀者は現在究明中である。蒼侯殿下には謹んで、哀悼の意を表したい。」

 テアは目を瞑ってに手をあてた。黙禱が済むと、テアは話を続けた。

 「王宮は今、困難な問題が山積みでありとても戦をしている場合ではない。第二・第三艦隊司令宮及び、最南鎮守宮に告ぐ。今すぐ停戦し、黒の國に対応するために協力せよ。尚、次期蒼侯が決まるまで最南鎮守宮を臨時の連合侯に任命する。これは、帝王・皇后両陛下共同の命令である。」

 テアが二通の命令書を掲げた。確かに、末尾には2人の印が押されている。記者達が質問を始めた。

 「つまり、守宮様は許されたということでしょうか?」

 「そうだ。これからは王國軍をまとめて黒の國に対応してもらう。」

 「護宮様の暗殺について、謝罪の意思はありますか?」

 「あれはジビドの私怨であり、帝王・皇后両陛下は全く関知されていない。だが、決して起きてはならない事が起きたことは事実だ。王宮を代表して憾の意を示したい。」

 再び目を瞑って手をに手をあてる。シャッター音が再び彼を襲った。

 テアの會見が行われている頃、最南島は夜明けを迎えていた。

 「テア…。」

 彼の會見からは、遠く離れていても自分の事を想ってくれていることが伝わってきた。形骸化しているとはいえ、武の頂點の座が連合侯である。これで、第二・第三艦隊を指揮下に置いて戦うことも可能になった。早期警戒管制機からの報が正しければ、艦隊の規模はほぼ同じになったのである。

 「起きておられましたか。」

 司令宮室にノノウがってくる。

 「アブエロ様との話が長引いている様でしたので、先に眠ってしまいました。」

 「テアのおかげで全くの無駄になったがな。まぁ、眠れる時は眠れ。そうでないと、がもたないからな。」

 イスカに続いてノノウにまで倒れられるわけにはいかなかった。

 「あ、そういえば…。」

 ノノウはポケットからスマホを取り出した。

 「忘れておられたので、預かっておきました。」

 「お前が持っていたのか、探していた。」

 メルはスマホをけ取ると、早速メールを開いた。テアから連絡がっていたのである。

 「なるほど…。」

 読み終わるとメルはニヤリと笑った。

 「どうりで、きが早かったわけだ。」

 (言うなっていったのに…。)

 出來れば、全てテアが考えた事にしてしかった。2人の友に水を差したくないのもあるが、恐れていることがもう一つあった。

 「王宮で食事會しよう、だって。」

 (それだけは勘弁して下さい…。)

 ラディやイスカと食事した時の事を思い出す。あれだけでもかなり張したのに、今度は王宮に來いと言う。足を踏みれた瞬間、自分は倒れてしまうのではないか。

 「そんな顔をするな。第二・第三艦隊の司令宮ともこれから會わねばならないんだぞ。テアと會うくらいで張してたら、先が思いやられる。」

 艦隊の司令は皆王族である。メルよりもずっと年上の王族達が、參謀を引き連れて最南鎮守府に來るだろう。

 「お願いです。どうか表向きの參謀は、アブエロ様ということに…。」

 「お前は何になるんだ?」

 「お付きの侍とか…。」

 「バカ。」

 メルは取り合ってくれなかった。

 「お前には総參謀として、司令宮達の前で作戦の概要を説明してもらう。もうし自分に自信を持て。王族ので言うのもなんだが、我々が神の末裔なんていうのは妄想だ。奴らも私も所詮は人間。そう思えばお前もまともに話せるはずだ。」

 ノノウは途方にくれた。メルですらようやく普通に話せるようになってきたばかりである。人見知りの人間に人見知りを克服しろと言っているようなものだった。困り果てたノノウは、ダメ元で作戦を言ってみた。

 「一つ、考えがあるのですが…。」

 第二・第三艦隊の最南島港予定は明日の晝になっている。一方黒の國の艦隊は人工島まで殘り2500Kmに迫っており、事態はもはや一刻の猶予も許されない狀況になっていた。

 (ノノウ、流石にこれは悪手だぞ…。)

 資料の紙を口元にあてて、メルは隣にいる侍の格好をしたノノウに囁いた。

 第二・第三艦隊司令宮や參謀達が並ぶ中、前で説明しているのは総參謀『宮』である。と言っても中は僅か6歳のだった。知宮(とものみや)と名付けられたメルの妹ネメが急遽連合侯令で総參謀に任命され、今朝最南島に來たのである。ネメはノノウがあらかじめ作っておいた読み仮名付きの資料をハキハキと呼んでくれていたが、読めば読むほど第二艦隊司令宮・強宮(つよしのみや)の顔は怖くなっていった。

 作戦は至ってシンプルである。第二・第三・第六艦隊がそれぞれ敵艦隊を包囲するようにき、敵艦隊が人工島目掛けて突っ込んで來たら包囲殲滅、対応してきたら各個で撃破するというものだった。ネメが作戦を読み終えた時、強宮は靜かに切り出した。

 「この作戦は、本當に総參謀殿が考えたのか?」

 すました顔でメルが言葉を返す。

 「多の助言はしたが、作戦の骨子を考えたのは総參謀である。」

 「では尋ねる。なぜ敵の正面を擔當するのが我が第二艦隊でなく、第六艦隊なのか?」

 「それは、」

 「黙られよ!総參謀殿に聞いている!」

 ネメは怖くて泣き出した。苦蟲を噛み潰した様な顔で、メルが手を叩く。ネメお付きの侍が、彼を背負って會議室から出て行った。

 「あまり大きな聲を出されるな。総參謀宮はまだおさな…若いのだ。」

 「若い、ねぇ…。」

 強宮の顔にはお前こそ若輩者だと書かれていた。鋭い視線を無視してメルは話を続ける。

 「今までの戦闘から考えると、我が軍が包囲戦を仕掛けても敵は真っ直ぐ人工島に突っ込んでくる可能が高い。その場合最も多くの被害をけるのが正面を守る艦隊だ。第二・第三艦隊が出來るだけない被害で済むようにという『総參謀宮の』配慮である。」

 本當は、実戦経験もなく第六艦隊よりも舊式な艦が多い艦隊に正面を守らせたくないのだった。

 「それはありがたい。が、我が艦隊には必要のない配慮だ。」

 強宮は豪快に水を飲み干した。

「我が第二艦隊はこの私が手塩にかけて育ててきた自慢の艦隊である。かわいい子は厳しく育てなければならないものだ。よって、我が艦隊に正面を任せて貰いたい。」

 「…承知した。」

 メルは仕方ない、といったように頷いた。反論したいのは山々だが、今ここで爭っている場合ではない。本當に怖いのは、敵ではなく味方の部分裂だった。何せ、一昨日までは敵だった間柄である。

 「誓宮殿は、特に要はないのか?」

 「ないよー。」

 第三艦隊司令・誓宮フラールは元蒼侯・賢宮の一人息子で、以前は連合侯の地位にも就いていた。しかし統宮が蒼侯になった後、突然不慮の死を遂げた雲宮派(直宮派)の司令の後任として北方に飛ばされた。當の本人はこれで有名なアニメの聖地に行けると喜んでいたが、これは事実上の左遷であった。今も作戦資料はそっちのけでタブレットでアニメを見ている誓宮を見て、呆れたメルは隣にいる參謀達に目を向けたが、皆諦めたように首を振っていた。前任の司令は名指揮として名の通った王族だったが、雲宮の義弟だったから統宮に殺されてしまった。有能な指揮を亡き者にされ、無能な指揮を押し付けられた第三艦隊の幹部達の苦悩は察するに余りある。

 出撃は明朝と決まった。各艦燃料補給などの準備に勤しむ中、ノノウは強宮によって変えられてしまった作戦案にどう対応するかを考えていた。

 「どうじゃ、案はまとまりそうかのぅ?」

 「なんとか間に合いそうです。ところで、何かいいことでもありましたか?」

 アブエロが差しれをするのは、大抵何か良い事が起きた時だった。

 「煌宮様のおかげで仕事が1つ減ったのじゃよ。ありがたいことじゃ。」

 コトリ、と溫かいココアが機に置かれる。ノノウはラディと最後に話した時の事を思い出し、し悲しくなった。

 「なんじゃ、心配事でもあるのか?」

「…今回も、守宮様は出撃なさると思いますか?」

 「どうかのう…。」

 アブエロは椅子に座ると、ゆっくりとココアを味わった。

 「怖いのです。護宮様が亡くなってから、守宮様を見送る時は何故か騒ぎがして…。」

 カップを持つ手が僅かに震える。暗い黃赤の水面がノノウの気持ちを表すかのように、靜かに波だった。

 「ワシもそうじゃ。最初は年甲斐もなく取りしてしもうて…。今となっては恥ずかしいことじゃ。」

 「戦闘は慣れてきた時が一番危ないのです。第一艦隊との戦いでやられたパイロットの一人は、南二空で一番出撃回數の多いリラトル隊の人でした。」

 王統上將養校時代からずっと同じ空を飛んできた部下の死をメルはとても悼んだ。棺と対面した時、メルはそっと棺の上に自分の勲章を添えた。

 「いずれ、私も…。」

 ポツリと呟いかれたその言葉で、背筋に悪寒が走ったのを鮮明に覚えている。

 「出來れば守宮様には出撃してしくありません。ですが、もう私ではお止めする事が出來なくて…。」

 「自分を責めちゃならん。あの方はな、決めた事は絶対にやり通す。ナナもそんな奴じゃった…。」

 波島にいた頃を思い出す。家出するなんてどうせ口だけだと思っていた自分が、今となっては恨めしかった。

 ノノウがメルから思わぬ言葉をけ取ったのは、その日の夜のことだった。

 「出撃なさらない!?」

 ノノウの聲が裏返る。

 「なんだ、出撃してしいのか?」

 「あ、いえ…。」

 戸うノノウを見てメルは低い聲で笑った。

 「宮家の盜聴はな、腕時計だけじゃないんだぞ…。」

 ノノウは慌てて自分の服を調べ始めた。その反応を待っていたと言わんばかりに、メルが満面の笑みで頷く。

 「冗談だ。お前の顔に書いてあっただけだよ。それに、今回は飛び立つ訳にはいかない。」

 「何故です?」

 相変わらず人が悪いと思いながら、ノノウは聞き返した。

 「第二艦隊は強宮殿が育てただけあってきの良さは隨一だが、舊型艦が多く能は他の艦隊より大きく遅れている。もし第二艦隊が危うくなった時、バックアップする部隊が必要になる。」

 強宮は統宮派の人間である。統宮は名聲こそ高かったが、財力は直宮派や宮に比べて大きく劣っていた。政治面に多くのお金を使った統宮は、自分の側にいた將軍達に軍事面での支援があまり出來ていなかったのだ。

 「ノノウの作戦通りなら、我々の役割は第六艦隊だけで遂行出來るはずだ。第六艦隊はアブエロとお前に任せる。私は再編した第一艦隊を率いて後方に待機、いざという時は窮地に陥った部隊を支援する。」

 守宮様は第二艦隊を信用なされていないんだな、とノノウは思った。これまでに確認されている敵の能と比較すれば、いくら舊型艦が多いとはいえ十分に対応可能なはずだ。しかし、データでは測れないものがある事をノノウはこの戦爭を通じて痛いほどじている。メルの『戦場の勘』を軽んじる訳にはいかなかった。

 (しかし、またアブエロ様が指揮とは…)

 ノノウは心の中でクスリと笑った。アブエロからの差しれは、しばらくお預けになりそうである。

 翌早朝、快晴の空の下で蒼の國の艦隊は出撃した。敵艦隊と人工島の距離は2000Kmを切っている。南一空がスクランブルに備えて厳戒態勢を敷いているが、未だに敵の戦闘機は一機も上がって來ていない。靜かに北上を続ける敵艦隊は、かえって不気味だった。

 最南島から人工島までは2000Kmの距離がある。蒼の國の艦隊はとにかく急がなければならなかった。隊形を維持しながら出來る限りのスピードで人工島に向かう。艦隊が目標ポイントである人工島北部に到達したのは、出撃から30時間後のことだった。敵は今までよりもスピードを上げて北上しており、人工島の南1000Kmまで迫っていた。

 戦いの號砲は、先行していた潛水艦SO9の魚雷発音だった。今までは敵がくまで初弾を撃てなかったSO9だが、今回は先制攻撃に功したのである。SO9は勇敢にも敵艦隊深くに侵すると、敵空母目掛けて魚雷を放った。

 「SO9、魚雷4基発!距離3000!SO9は急速に潛航しています…敵護衛艦が一斉に魚雷発!敵潛も至る所で発しています!」

 「敵潛も?」

 「はい!」

 SO9が全弾回避出來るのか不安が過ぎる中、メルは冷靜に考えた。ここで敵潛が多數正を現してくれたのはかなりの幸運だ。前回とは違い、こちらも攻撃型潛水艦、護衛の潛水艦は多數用意されている。

 「各潛水艦に告ぐ。速やかに全ての魚雷発位置を特定し、有利位置に回り込んで魚雷を発せよ!」

 既に第三・第六艦隊は敵艦隊を包囲するように展開しつつあった。この狀況で一番危ぶまれるのが敵潛による魚雷攻撃である。敵艦隊との距離が700Kmを切ろうとしている中、敵がこちらを狙えない狀況に追い込む必要があった。

 「こちらの近くにも潛んでいるかもしれん。警戒は厳にせよ。」

 この戦いにるまでに駆逐艦1、フリゲート艦1が敵潛によって大破させられている。メルが敏になるのも無理はなかった。

 各艦隊の航空隊が発艦するのに呼応するかのように、敵戦闘機も空に上がった。驚いたのはその數である。

 「敵戦闘機の數、およそ1000!3つの編隊に分かれて各艦隊に接近していきます!」

 「1000…。」

 第六艦隊の航空隊は全て合わせて200機弱、第二・第三艦隊の航空隊を全て合わせても700機に満たない。敵艦隊はノノウの読み通り、人工島正面に構えている第二艦隊に真っ直ぐ向かっていた。數的不利を覆し、速やかに制空権を奪い取れるか。戦いの鍵は各航空隊の技量に委ねられていた。

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