《複垢調査 飛騨亜禮》スパイたちの黃昏

「ハネケさん、あれでしょ? <メガロポリス>のあれでしょ?」

<飛禮>同盟の新加プレイヤーの夜桜が訊いてきた。

モニター越しのプレイヤーアバタ―の顔は左目が黒髪に隠れて見えないので、黒い右目がまるで一つ目小僧のような印象を與える。黒づくめの服は忍者が著る鎖帷子くさりかたびらである。

「夜桜も、<YUKI no JYOU>のあれでしょ?」

他人からみれば意味不明の會話だが、ふたりの間では阿吽の呼吸で理解されてるようだ。

「まあ、メガネ隊長には気づかれてるみたいですね。いつも俺たちコンビですもんねえ」

夜桜は人気ネットゲー<刀剣ロボパラ>の主要機裝甲兵裝≪ボトムストライカー≫の暗視スコープで敵軍を監視しながら世話話を続ける。≪ボトムストライカー≫はひとり乗りでドラム缶を組み合わせたようなずんぐりむっくりした機であり、二人とも闇夜に紛れる為か漆黒の機であった。

肩にあるオレンジの淡い認識ランプの數からすると、50機ぐらいの機が森に伏兵してるようだ。

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敵軍といっても、<YUKI no JYOU>同盟なので、夜桜にとっては実は味方だったりする。

「スパイは一ヶ所に固めておいた方が管理しやすいからね」

ハネケはハンドバズーカに照明弾をセットしながらエンジンをアイドリング狀態にした。

指示が出たらいつでもけるように≪ブレードローラー≫を出して待機する。

特殊合金製の鉄板ブレードをつけた左右の足に六個ずつのローラーがついていて、それが大地を蹴って力強く前進する。

上級者はこのタイプを選ぶ確率が高いが、立的なトリッキーなきができる代わりに作の難易度が高くなっている。

「しかも、人使いが荒いですね。いつも危険な強行偵察任務ばかりだし。あわよくば死なないかと思ってるとか?」

「それはない。逆に信頼されてると思うよ」

「え? そうなんですか?」

夜桜はモニター越しに意外そうな顔をした。

「全軍の攻撃のタイミングを計る斥候任務は通常、同盟の上級メンバーが任命されるし、スパイもそういう意味ではポジション的には同じだからね。裏切りのタイミングは絶妙にしないとね。適任すぎて怖いぐらいだよ」

ハネケはプレイヤーアバターのエメラルドグリーンの長い髪を掻き分けて、翠みどりいろの雙眸で遠くを見ていた。

純白の元スケスケドレスから見える白いが眩しい。

リアルでは日本語ペラペラのオランダ人という話だが、本當のところはわからない。

「でも、ハネケさん、結構、この<飛禮>同盟って居心地良くないですか?」

「重課金プレイヤーもなく、ゆるゆるが半端ないのに妙に強い」

「<YUKI no JYOU>はバリバリの重課金だし、<メガロポリス>も重課金多いようですね?」

「ネットゲーはお金をかければ強くなれる。ただ、そこで何か大事なものが失われるのかもしれないわ」

「それは何なんでしょうか?」

「創意工夫、奇想天外なアイデア。そんなとこじゃない」

「では、そろそろ、作戦開始といきますか」

「オーケー」

ハネケはハンドバズーカを構えて、<メガロポリス>同盟の伏兵50機の頭上に照明弾を打ち込んだ。

ダークグリーンの機が一瞬、闇の中に浮かび上がる。

メガネ隊主力の長距離ミサイルが伏兵に打ち込まれる。

數機が大破、炎上して黒煙が上がっている。

直後、ハネケと夜桜機は急速、反転。

≪ブレードローラー≫を全開にして遁走とんそうに転じる。

そこへ、森の中から新たなる伏兵100機が立ち塞がり、二人の行く手を阻んだ。

右翼に展開して逃れようとする。

右手は崖になっていて、追い詰められる二機。

だが、何のためらいもなく、崖を蹴って空中に機が舞う。

崖はさほど高くないので、このまま地面に著地することも可能だが、スカイダイビングユニットの翼を開いてゆっくりと空する。

それを見た敵機は崖を蹴って、そのまま地面に著地しようとする。

スピード勝負なら、空をゆっくりと飛ぶ二機に追いつくのは造作もないと思われた。

だが、地面に著地すると同時に、≪ブレードローラー≫が土煙を上げて地面に沈んでいき、全機が次々と奈落の底に落ちていった。

「今時、落としなんか掘る人いないと思ってた」

ハネケがけらけらと笑った。

「卑怯すぎます。しかし、この掘るのに、工兵部隊は二日がかりだったようですね」

夜桜もメガネ隊長のくだらない作戦を楽しんでるようだった。

「これがあるから、<飛禮>同盟は面白いのよ」

「でも、盟主にバレたら懲罰ものですよ」

「適當にごまかすわ。こんなくだらない作戦にひっかかる方が悪いのよ」

「まあ、そうですね」

ふたりは著地して翼をたたむと、≪ブレードローラー≫を全開にして本隊に合流していった。

こうして、その日の夜戦は終わりを告げた。

それはスパイたちにとっても楽しい日々だった。

子供の頃、夕方まで遊んだ黃昏の記憶のように。

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