《錬七剣神(セブンスソード)》第二章 無価値な希

時刻は深夜となり上空を深い闇が覆っている。

水門みなと市中心部では高層ビルが立ち並び、地上では夜空の星々が降りて來たかのようにり輝いている。

未だに眠らない人々がスクランブル差點を行きい、車道では幾つものランプが停止しては駆けて行く。

そんな街の一角、高層ビルの屋上に一人の男が立っていた。

年齢は二十代の前半か半ばで、全を覆う純白のコートにを包んでいる。は雪のように白く、対照的に髪は燃え上がるほどの金髪をしていた。

男は夜景を無言で見下ろしているが、その姿勢には人並み外れた威圧と気品があった。整った鼻筋、固く結ばれた口元、そして、氷細工のような冷徹な瞳。

そして、片手には一本の刀が握られていた。

そこへ來訪者が現れた。背後の暗闇から、それがドアであるかのように音もなく姿を現した。

「あら、待ちきれないってじね」

現れた人は全を覆う黒の外套がいとうでを隠し、フードで顔も覆っていた。

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見えるのは紫の前髪と、妖艶ようえんに結ばれた、すっとびた鼻筋である。

型は細く、にも関わらず元は外套でも隠せないほどに膨らんでいた。

「いよいよね。七人目が現れ、これでセブンスソードは開始。この街で殺し合いが起きる。あなたにとっては待ちに待ったイベントですもの、心待ちにしていた分、逸はやる気持ちを抑えるのも大変みたいね」

背後から現れたが男の隣に並んだ。

「皆あなたに期待しているけれど、せいぜい頑張って頂戴ね。どたばたの群集劇なんて見たくはないもの。周りはあなたから見れば小ばかりなのだから、余裕ぐらい見せて――」

は澄んだ聲で話すが、そこには妖ようびな気が混じっていた。男なら誰しもが引き寄せられるだろう。

しかし、男は鞘から刀を抜き放つとの首元に切っ先を向けたのだ。

「……どういうつもりかしら」

己に切っ先を向けられるという無禮には機嫌を傾けていく。怒気どきすら滲ませた口調で男に問い質した。

その問いへ、男が初めて口をかす。話すことすらも億劫おっくうだと言わんばかりに、吐かれた聲には呆れに似た念が込められていた。

「口のうるさいは好かん。立ち去れ」

重い、それでいて芯のある聲だった。

「そう。私なりの聲援だったのだけれど、殘念ね。邪魔をしたのならば申し訳ないわ。ただ、こうして足まで運んできたを帰すには、些か以上に禮儀がなって――」

「エルター」

そこで男が二度目の口を開く。エルターと呼ばれたは口を噤つぐむが、それは男の発言にされたからではない。

に照らされた白銀のが闇夜に翻ひるがえる。その後、斬ざん気きを湛たたえた刀が再びエルターの首元に固定されていた。

の目の前で、自の前髪がぱらぱらと落ちていく。職人に磨かれたようなしい髪が夜風に運ばれて消えていくのを、エルターは無に見つめる。

「頭が悪いも好かん。立ち去れ。そう言ったはずだ」

重苦しい聲が二人の間に響く。エルターもそれ以上は口にすることはなく、不のまま無言で元の刀を見下ろす。

エルターは恐怖でけないわけではない。むしろ今の高速の剣すら見切った上で躱さず、微すらしなかったのだ。

それだけで彼の膽力たんりょくが並外れたものであり、相當の修練しゅうれんを積んだ者だと察するに余りある。

だが、彼が不を保つその裏で、心は僅かな苛立ちをじていた。

(こいつ……)

エルターは目線を刀から男に向ける。そこには依然として街を見下ろし続けている男の橫顔があった。

男は一度たりとも街から目を離していない。すなわち、一度もエルターを視認していないのだ。

文字通り眼中にない。意中の外であり、関心など欠片もないと言外げんがいに告げていた。

エルターにしては、刀を向けられるよりも、むしろその態度の方が気にらなかった。

「分かったわ、これ以上嫌われる前に消えた方が良さそうね」

そう言い殘し、エルターは一歩後ろに下がり刀から距離を置くと、を反転させ歩き出した。そのままここから姿を消すその間際、今も街を俯瞰ふかんし続ける男に言葉をかける。

「それじゃあね。健闘を祈っているわ、未來の団長――魔堂まどう魔來名まきな」

その言葉を最後に、姿も聲も現れなくなる。この場は數分前の靜けさを取り戻し、男を取り殘したように夜は過ぎていく。

男は靜かな佇まいを保ちながら、何かを待っているかのように街を見下ろし続けている。

淡々と過ぎていく時間の中、男はなおも無言で佇まいを崩さない。

だが、獨り言どころか音一つ立てないこの男が、中では氷塊ひょうかいを溶かすほどの熱を噴出ふんしゅつさせていると誰が知ろう。

彼は無言の中、灼熱の心境に立っている。平靜を裝いながら、では猛りんでいる。

――強くなくてはならない。

誰に語ることもなく、己に言い聞かせるわけでもなく。

――力がしい。

無言の外裝を破り捨て、今にも生まれ出んほどの熱。無音の出で立ちすら、まるで津波の前兆、嵐の前の靜けさのようだ。

そうして、安寧あんねいのまま夜は過ぎ去っていく。彼方の空が白み始め、地平の底から源が現れる。そこで、

「……フッ」

男は、はじめて小さく笑うのだった。

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