《バミューダ・トリガー》二幕 我求む真相を
何が起きているというのだろうか。
《バミューダ》の発生時に失われたはずの《トリガー》が、それぞれのもとへと返ってきたのだ。
思考の主題がコロコロと変わっていく。
疑問に、困、焦燥。
思うところが多岐にわたりすぎている。
しばらくの間無言で考えたにも関わらず、ふと発してしまったのは凡百な疑問であった。
「つまるところ、どういう事だ?」
確かに、不可解な現狀に思わず口をついて出た言葉はわざわざ口にするほどのものでは無かった。しかしそれでいて、今この場にいる生徒の総意でもあった。
「お前にわかんねぇってことは、脳ミソでも取り替えねぇ限り俺にもわからねぇよ」
「正論だな」
「今の余計だったよな!?」
さて、この怪奇は何が引き金となったのか。それを知る生徒はいるのか、いないのか。
(どちらにせよ、皆にも話を聞いた方がいいだろうな)
「なあ翔斗、お前は今日、皆と話したか?厳には、この事について何か聞いたりしてないか?」
もしかすると、何か手がかりになりそうなことを聞いているかもしれない。
「いや、《トリガー》が返ってきたってことしか聞いてねぇよ」
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あくまでダメ元ではあったものの、案の定・・・ダメだった。
「今なんか失禮なこと思ったろ」
「いや、そんなことねぇよ」
危なくばれるところだった。俺としたことが顔にでも出してしまったのだろうか。
「とにかく俺は、皆と話してみる。お前も、お前なりに気づいたこととかあったら、話してくれ」
「おう、わかった」
(クラスのやつの中でも、比較的話しやすいやつから聞いてみるか・・・)
この狀況下にも関わらず我ながら無難かつ適當に方針を決めた俺は、中央前列へと歩いた。
「諒太、ちょっといいか」
考え事をしているようであったが、どうやら俺が近付いていたのに気づいていたらしく、呼び掛けると、待っていたとばかりに振り向いてくれた。
植原うえはら 諒太りょうた。
俺とも翔斗とも仲がよく、趣味も合う。
アニメ好きでありながら、スポーツも出來る上、頭も切れる。以上の説明を聞いた上で、諒太に萬能年的な気配をじてしまっている全ての人へ伝えておきたいことがある。
彼は、他に類をみないほどに極きわめられたシスコンである。
「人くん。なに?やっぱり《トリガー》のこと?」
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その高等な頭脳からか、あるいはさすがにタイムリー過ぎたのか、諒太にとってはお見通しのようであった。
だがまあ、話が早くて助かる。
「お前の《トリガー》も返ってきたのか?」
「うん、今朝目覚めるとすっかり。さすがに驚いたよ・・・けど、その《トリガー》って呼び方は、あまり好きじゃないな」
そう言って諒太は、リュックの小収納から銀一の小さな箱を取り出した。
続けて諒太は、俺から見やすいように開き口をこちらに向けてから、ゆっくりと開く。
銀の小箱の中。
室燈を反して、外裝と同じ、いや、一層艶やかな白銀の指がる。
それは、匠の趣向が発揮されたしく繊細な彫刻で裝飾されており、素人目を見張ってしまうほどの逸品であった。
(この指が、諒太の《トリガー》・・・)
「諒太お前、この歳で銀の指はさすがに珍しくないか?もしかして、そんな不良紛いまがいのフアッションセンスしてたのか?」
正直、出會ってからこの一ヶ月で、植原諒太という男子にそんな雰囲気はじていなかった。
銀の指を用するくらいで不良などと呼ぶのはさすがに気が憚はばかられる。
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だが、もしかしたら諒太には裏の顔があるのかもしれない。
正直なところ、諒太が不良だとは思いたくなかった。
しかし、もしもそんな一面を持ち合わせているのであれば、俺はありのままの諒太をけれようと思う。
「な、何をいっているのさ人くん!!この指は、妹の誕生日に買ったんだよ!僕との相っぷりを示したペアリングなんだ!」
「お、おう?そうか、そうだな。悪かった」
愚考に走ってしまったせいで失念していた。彼が重度のシスコンであるということを。
次に右端の前列。わりと広い教室とはいえ十人しかいないため、諒太との會話は大半に・・・特に・・彼には・・・・聞こえていたと思うが、何事も手順を踏むべきだろう。
「儚さん、今話せる?」
呼びかけに応えるように、ゆっくりとこちらを見つめてきた。
しかし、その黒瞳はどこか遠くを見ているようにじる。
骸木 儚むくろぎ はかな。
実は初めて會ったときに完全に無視されてしまったせいで、第一印象は最悪だった。
だが、それが誤解であったとわかってから、子のなかではわりとよく話すようになった。
まあ、このクラスには子も男子も五人しかいないのだが。
儚は、目が不自由だ。
俺が転して初めて儚に聲をかけたときは、さすがに名前で呼ぶ勇気を出せなかったため、「君」と二人稱で呼んだ。
だから、俺が儚に呼び掛けているということに気づいてもらえなかったのだ。
「神河くん。大丈夫、話せるよ」
儚は目が不自由である代わりに、耳がとてもいい。周囲の音と自分の聲の反響で、障害や他の生徒や職員との距離をとっている。
いわゆる「エコーロケーション」というものだ。
誰でも、練習すれば出來ないことではないといわれているが、ここまで卓越している人は限られているだろう。
「多分、だけど、神河くんの話って《バミューダ》に関係する事だよね?今日の《トリガー》のことも気になるし」
「まあ、そんなとこだ。ってかドンピシャだ。まるっきりそのまんまだ」
「やっぱりね。私の《トリガー》も、今朝戻ってきていたよ」
儚が手にしていたのは、薄紫を基調とした薄く桃の花柄が浮かんだ髪留めだった。
全的にし褪せているようだが、長年用していたからに違いない。
「四年前に中學校で、友だちにもらったんだ。私、ほとんどのがどんななのか判らないんだけどね、この髪留めだけは、何となくわかる気がするんだ」
そう言ってニッコリと笑う儚は、嬉しそうな語調の反面、どこかもの悲しそうに見えた。
ここに來てやっと、今日の事について一人ずつ順番に聞いていくことは非効率的だと気づいた俺。
俺は方針を改めて教卓に立ち、皆に向けて《バミューダ》と今日の事件との因果に関する報の有無と、それぞれの《トリガー》は戻ってきたのかについて問うことにした。
つもりであったが、前者を知るものはいないと當たりをつけ、俺は後者を議題に上げる事にした。
「皆、ちょっと聞きたいことがある。今朝起きたとき、《トリガー》が返ってきてたってやつはどれくらいいる?」
まずはそこだ。
翔斗は、ほとんど・・・・のやつに《トリガー》が返ってきたと言った。
返ってきていない生徒もいるのだろう。
「・・・俺には戻ってきた」
そう言って立ち上がったのは加賀 秋仁かが しゅうじ。
クラス(と言っても十人程度)の中では、特に目立った生徒でもないオタク系男子だった。秋仁は、両手にも機種も異なるスマートフォンを手にしていた。
「こっちが俺の《トリガー》だ」
そう言って秋仁は、天秤が傾くような所作で右手を軽く持ち上げる。
掌には、現代人にとって馴染み深いスマートフォンを持っている。ちなみに、余談の延長にはなるが、俺のスマホと同じ機種のものだ。
「それは、攜帯電話・・・スマホだよな?」
休日は家に籠ってそうな秋仁らしい《トリガー》である。アイデンティティの神。
「ああ、そうだ。新しく買い替えたってのに、まさか戻ってくるなんてな。まあ、一人で通信プレイもできるし、獲得効率が上がるから良いんだが」
(獲得効率・・・?うん、ゲームの話だな)
後半、秋仁が悲しいことを口走ったように思えたが、いかんせん聞かなかったことにしようと思う。
「私たちのも返ってきたわ」
一人の聲と同時に、立ち上がった生徒は三人。いずれも子であった。
聲をあげた、元気が現化したかのようなポニーテールの生徒は、雲雀 鈴ひばり すず。
「私のは、これ」
ポケットから鈴が取り出したのは・・・鈴・、だった。
「えと...ダジャレか?」
「んな訳ないでしょ!!なんでそうなるのよ!」
「だって鈴、まるで狙ったみてぇだぞ、それ」
「そうよ、鈴よ!悪い?故郷のお婆ちゃんにもらって、大切にしてたものなの!」
冷靜に突っ込む俺。
対して鈴は、駄灑落の要素に本人も自覚があったのか、痛いところに目をつけられたとばかりに赤面して言い返す。
なるほど。
どうやら本當に鈴が鈴の《トリガー》らしい。元気で勝ち気な彼の《トリガー》は、もっとこう、「必勝!!」的なプリントのしてある鉢巻きなんかかと思っていたので、し意外であった。
全く、人は見かけによらない。
つい今しがた「アイデンティティの神」とか思っていた自分が恥ずかしい。
気恥ずかしさに、今度は俺が、需要のない男の赤面を披してしまう。
「ウチのは、これ」
一人で恥ずかしさと葛藤していた俺をよそにそう言ったのは、鈴の左側に控えていた小柄な子、鷲頭 零わしづ れいだ。
手にしているのは何やら、絵と線とよく分からない點が書き込まれた方眼紙である。
所々、書き込みもしてあるようだが、これは恐らく―
「兄さんにもらったんよ。ウチがすぐ迷子になるもんやけん、「地図や」って言って渡してくれたんよ」
(それを大事にとっておいたっていうのか?)
「これをくれた日、兄は登山部の活中に行方不明になったんよ」
「そう、だったのか。すまねぇ、話させちまって」
「いいんよ、気にせんといて。報の共有は大切やけんね」
そうは言われたものの、零とて思い出して快い話ではないだろう。
申し訳ない気持ちは、しばらく収まりそうになかった。
「私の番、でいいのかな」
しばかり気まずい雰囲気の中手を挙げたのは、俺のエンジェル明日 明日香ぬくい あすか。
おっとりとした口調、天使のようなハニカムスマイル。あと、いい匂いがする。
別にずば抜けて容姿がいいわけでも、才気に溢れているわけでもないが、なんというかこう、「この子を守りたい!」的な男心をくすぐられるのだ。
言っておくが、まだ出會って一ヶ月ほどの明日香の事を俺に語らせた暁には、二日間話し続ける自信がある。
「私の《トリガー》は本なの。『奇想事件簿』って言うんだけど・・・」
明日香は、自分の機から一冊の本を取り出し、の前で掲げて見せた。
「『奇想事件簿』・・・って言ったら、不可能な手口の上にり立っている事件を題材にしたミステリー小説だよな。所々実話を元にしてて、読んでると、知らずのに話に引き込まれるから不思議だ」
「・・・!人くん、知ってるの?」
瞳を輝かせてこちらを見てくる。ああ、このまま明日香の線に焼かれて溶けて死ぬのならば、悔いはない。
「神河、あんた明日香の話きいてる?明日香が答えを待ってるでしょ」
鈴の言葉に目が覚めた。
危うく、折角問いかけてくれた明日香を無視するという、それこそ死に値する所業をやらかす事態になるところであった。
(ぐぅっ、俺としたことがっ・・・)
「あ、ああ、知ってるよ。もちろん。確か著者は「五月雨さみだれ」さん、だったよな?あの人のシリーズは好きなんだ。そう言えば來月も新刊が発売だよな」
(どうだ?何とか取り繕えたか・・・?)
「んんんっ!」
首が心配になるほど、肯定のヘッドバンキングを披する零。
よく分からないが喜んでるみたいだ。
(ナイス俺!グッジョブ俺!今夜は赤飯だ!・・・まあ、紗奈次第だが)
話を戻そう。
「後の二人には、返ってきてないのか?」
翔斗の言ったように、もし《トリガー》が返っていない生徒がいるならば、それがなにかの手がかりになるかもしれない。
その是非は、気になるところだ。
「ボクには、返ってきてない」
そう言いながら、まっすぐにこちらに視線を送るのは稲丸 影近いなどうまる かげちか。
彼、一人稱はボクだが、容姿の整った、れっきとしたの子である。
いわゆるボクっ子だ。
「あの日、ボクがに付けていたもので無くなったものと言えば、お爺ちゃんから譲ってもらった竹刀だ。でも、それは今朝になっても返ってきてなかった」
「そう、なのか」
どうやら本當に、《トリガー》が返ってきた生徒と、そうでない生徒がいるようである。そして、殘る一人の生徒は・・・
「頼矢、おまえのは?」
一雙 頼矢いっそう らいや。
クラスのなかで唯一、未だほとんど話したことのない生徒だ。
しれっと名前で呼んでみたが、特に気にされてはいないようである。
「・・・オレには《トリガー》自、無い」
頼矢は端的に、しかし的確に答えを告げる。
「えっ?それってどういう・・・?」
素直な疑問だ。
この學校に來るのは、怪異事件《バミューダ》に遭った年に限る。
そのため、《バミューダ》の副産たる《トリガー》を持たないことは、本來あり得ないことなのだ。
「そのまんまさ。無いんだ、オレには。《トリガー》が」
(倒置法っ!)
古典得意な一面がチラリズムしてしまうところであったが、言葉には出さない。
「なんか今の、面白ぇ言い方だな!」
唐突な橫槍は、翔斗によるものだった。
「倒置法だぞ?倒置法って、習ってるだろ。さすがに」
「わっ、忘れることだってあんだよ!人間なんだからな!」
皆の前で突っ込まれたということへの恥からか、いつもより若干當たりがつよい。
それにしても、《トリガー》が無いとは。
「本當に《トリガー》が無いのか?」
問いに対し、頼矢は眉をひそめる。
「正確には、分からない。と言った方が良いのかもしれないが・・・なくとも俺がに付けていたもののなかで、事件後に無くなったものは無い」
かなり仏頂面ではあったものの、わりとしっかりとした解説をしてくれた。
(皆の《トリガー》がどうなってんのかは大わかったが、返ってきてないやつもいるわけだし、本は解らずってとこか)
「我求む、真相を。だな」
「おお、わかるぞ!倒置法だよな!」
高校生らしからぬ興の基準値を満たしながら、先の失態を取り戻そうとする翔斗に優しい苦笑いを向ける。
夏の口。
地下であるこの怪校にも、倦怠を催す蒸した熱気がじられる。
一刻と迫る事件の足音に、これからのことを考えずにはいられない。
【書籍化&コミカライズ化】婚約破棄された飯炊き令嬢の私は冷酷公爵と専屬契約しました~ですが胃袋を摑んだ結果、冷たかった公爵様がどんどん優しくなっています~
【書籍化&コミカライズ化決定しました!】 義妹たちにいじめられているメルフィーは、“飯炊き令嬢”として日々料理をさせられていた。 そんなある日、メルフィーは婚約破棄されてしまう。 婚約者の伯爵家嫡男が、義妹と浮気していたのだ。 そのまま実家を追放され、“心まで氷の魔術師”と呼ばれる冷酷公爵に売り飛ばされる。 冷酷公爵は食にうるさく、今まで何人もシェフが解雇されていた。 だが、メルフィーの食事は口に合ったようで、専屬契約を結ぶ。 そして、義妹たちは知らなかったが、メルフィーの作った料理には『聖女の加護』があった。 メルフィーは病気の魔狼を料理で癒したり、繁殖していた厄介な植物でおいしい食事を作ったりと、料理で大活躍する。 やがて、健気に頑張るメルフィーを見て、最初は冷たかった冷酷公爵も少しずつ心を開いていく。 反対に、義妹たちは『聖女の加護』が無くなり、徐々に體がおかしくなっていく。 元婚約者は得意なはずの魔法が使えなくなり、義妹は聖女としての力が消えてしまい――彼らの生活には暗い影が差していく。
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