《バミューダ・トリガー》十三幕 決戦當日
遠くの山に朝日が差し蟬が獨唱を始める。
空は澄み、風も心地よく吹いている。
そんないつもの景が、今はどこか遠く霞んだように見える。
目の前に迫った怪校の危機が、俺の頭に警鐘を鳴らしていた。もう一度この景を見たいのならば、絶対に負けるわけにはいかない。
決戦は、今夜。
すでに怪校の生徒に報は伝えてあり、今日の日中に、警察もえて対策を練る手はずになっている。
とは言っても、いざ対能力者組織との闘爭が始まったときには、能力をもって戦うことが出來る俺たちが頼りだということだ。
午前七時。
高校生二年部の生徒が集結した。
そこに、警察に所屬し、僕たちに授業をしてくれている永井先生も到著し、いよいよ作戦會議が始まる―
のかと思ったのだが。
俺のクラスメイトたちはどうやら、別のことを気にしているらしい。
「人くん!今日集まったのは、來る決戦に向けて能力に名前をつけるためだよね!」
そう言うのは諒太だ。
(なんだか盛大に勘違いしてるーっ!!)
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諒太は、重度のシスコンであること以外に欠點のない好青年だと思っていたのだが、どうやら中二もっているらしい。
しかし実際、能力に名前をつける気になっている生徒もなくなかった。
「名前なんて、要らなくないか?」
俺も男であるため、格好いい名前をつけたいと思わなくもなかったが、今優先すべき事柄だとは思えなかった。
「でもでも、能力に名前があった方が締まらない?」
「そうそう!ビシッと決まるよね!」
俺のささやかな反論をおいて、植原諒太の妹、植原京子も加わり植原兄妹は二人で盛り上がる。
かと思えば、ちらほらと似たり寄ったりの意見が聞こえてくる。
「名前があったら、なんか雰囲気出るけんね!」
零が、普段はあまり見せない昂った様子で言う。
「私はまだ能力を覚醒出來てないけど、いわば自分の特技みたいなものでしょ?名前があった方が著わかない?」
別に著はわかなくても良いと思うのだが、鈴にもの申すといろいろ面倒なので、俺は黙っていることを選択した。
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そして、この選択は則ち、能力に名前をつけることへの暗黙の了解を示していた。
全員が名前をつけたがっているわけではないのだが、大半は賛のようであるし、先生も教師スマイルを貫いているだけだ。
「人、決まりだな!」
翔斗の一聲で、そんなに乗り気ではなかった若干名も、能力のネーミングに同意する。
「・・・ああ、そうだな。」
もう、反論する気にはならなかった。
そもそも絶対反対すべきことでもない。
(それに、ここであえて雰囲気を悪くするのは得策じゃないよな・・・)
「まあ、良いんじゃないか?能力を使うときに名前を言えば、誰がどこで応戦してるかも分かりやすいし。それに・・・」
俺の言葉にみんなが耳を傾けている中で言うのは恥ずかしいが―
「俺も名前をつけたくなってきた」
俺は打ち明けた。
こうして俺たちは、襲撃當日の朝であるというのに、呑気なことにも各々の技の名前付けを始めた。
「そう言えば、翔斗の技ってもう名前があるんじゃなかったか?」
これは素樸な疑問である。
「ん?ああ、そうだな。ベースは風読かざよみだ。冬の奴と戦ったときは、そっからの派生?みてぇなかんじで、親父に教わった裁斗さばとで攻撃したんだ。」
やはり、翔斗はすでに技名を持っていた。それに、「裁斗」に至っては親から習ったということなので、技名があって當然と言えば當然である。
「それならさ、影近さんも技名無かった?」
言われてみるとそうだ。先日能力を覚醒させたとき、影近も技名を口にしていたはずだ。
「まあ、そうだね。ボクの技にも名前はあるよ」
ボクっ子の影近は整った顔を傾けて笑う。
今更ながら、容姿だけをとればマイエンジェル明日香にも負けない魅力を放っている。
「それで、なんて技名だったっけか?」
危うく彼の顔に見とれてしまいそうになり、即座に話を戻す。
「うーん、型で違うんだけど、ボクが見せたのは「白心」って型の、斬突系の技「尖剣」ってやつだ。ボクが習った型は二つしかなくて、もうひとつの型は「黒心こくしん」って言うんだけど、ボクはまだうまく出來なくてね」
「そーなのか・・・斬突系の技って言ったよな?他には何があるんだ?」
「そうだな・・・刺突系の千刺せんしだったり、斬撃系の斬爪ざんそうがあるけど、ボクの知らない派生も合わせるともっとあると思う」
剣(と言っても竹刀だが)を使うという時點で攻撃は高いと思っていたのだが、予想以上にバリエーションがあるようだ。今までの襲撃者は二人とも、斬撃を飛ばすことに特化した攻撃を持っていた。
今夜の襲撃でも似たような攻撃を持つ敵が現れると考えて良いだろう。だとすれば、同じく斬撃を飛ばせる影近の技は、主力になるように思えた。
(子に先陣切って戦ってもらうのは、男としては気が引けるが・・・)
影近の格からして先陣を切るのを拒んたりはしないだろうが、考えどころである。
「じゃあ、まだ能力に名前がないやつって誰だ?」
「はーい!私とお兄ちゃんでーす!」
「僕と京子がまだだよっ!」
植原兄妹が名乗りをあげる。
そして諒太のテンションが異常に高い。
(こいつほんとに諒太かよっ?!)
前々からがっつり気づいていた事だが、諒太は俺や翔斗と居るときと、妹の京子と居るときとでは人格が違う気がする。
(いつもはもっとテンション低めで、今の八割増しくらい優しくクールでらかなイメージなのにっ!)
「そ、そうか、じゃあ諒太たちの能力にはなんて名前つける?」
助けを乞うように周りを見渡す俺を橫目に、植原兄妹を除いた、その場にいる全員が目を伏せた。
(こ、他の生徒こいつら、俺に植原兄妹こいつらの面倒を全て押し付ける気でいやがるっ?!)
追い詰められた俺は決斷を下した。
「・・・二人で勝手に決めてくれ」
「やったねお兄ちゃん!」
「良い名前にしようねっ!」
「今日は風が心地良いな」
「そうだね」
目を瞑って呟く五影 貞命いつかげ さだめの聲に、隣を歩く五影 時々いつかげ これちかが同意を示す。
時刻は晝をまわっていた。
町に溶け込むようにTシャツとハーフパンツを著こなした二人の青年が歩いている。
それだけであれば仲の良い友人か兄弟にも見えるのだが、一點だけ、決定的に異質であった。
商店街を行く二人は、僅かな服裝の違いを除けば、ドッペルゲンガーのそれであるかのように、全く同じ容姿をしていた・・・・・・・・・・。
「それにしても、里音様は僕たちを過労死させるおつもりなのかな?」
「全くだ。このくらいの買い出し、ご自分で出來ると思うがな」
「今日の決戦に備えて豪華な食事をしないとね、って仰ったかと思えば、買い出しを押し付けるんだからね」
「今日は夜まで自由にしてて良い筈だったのにな」
呼応する二つの聲は、商店街のざわめきに溶け、いつしか二人の姿も、雑踏に紛れて消えていった。
それは、とある雙子が本來歩むべきであった平凡な日常であった。
―――――――――――――――――――――――――
「ふう、これでひとまず、現時點で能力を覚醒させたメンバーの技名は決まったな」
晝食をはさんで數十分。時刻は一時をまわったところだ。植原兄妹を放っておいて、やっとのことで、とりあえずその他の能力覚醒者の技名をつけ終えた。
折角なので、ここで紹介しておくとしよう。
と、思ったのだが、止めておこう。
それは今夜―
皆が強く気高く戦うときに、各々の口から聞けるだろうから。
3分小説
一話完結の短編集です。
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